第22話


 驚いて、俺の脳が一瞬フリーズした。

 時計の音が響き、そこでようやく俺は……彼女の言葉を理解し、頬が熱くなった。

 

「い、委員長!? す、好きって……どういうことだ!?」

「そんなの……もちろん、異性として好き、ということよ。……あなたにたくさん助けてもらって、それでもう……ずっと、ずーっと、後藤くんのことが好きなの」


 委員長は頬を赤らめながら、そう言った。

 ……し、知らなかった。少なくとも、これまでに俺を好きな素振りなんて一度も見せてこなかった。


「返事を、聞いてもいいかしら?」


 緊張した様子でそう問いかけてきた委員長に、俺はこくりと頷く。


「……委員長。告白……そのありがとう、嬉しかった」

「そう、かしら?」

「ああ……ただ、その。俺はいま、誰かと付き合うつもりはないんだ」

「……そう、なのね。……喜多さんと付き合っているから、とかではなくて?」

「喜多にもそういって断ったんだ」


 ……俺は、喜多に告白されたときのことを思いだし、頬が熱くなっていた。

 委員長は少しだけ残念そうに、目を伏せ、俺から一歩離れた。

 俺はまだ、過去と決別しきってはいない。


 陽菜の性格を矯正し、完全に彼女との関係を終わらせてから、恋人とかそういうものは考えたかった。


「その、ほら俺陽菜に絡まれてたろ? 今は普通の高校生らしい生活を満喫したいとおもってな……悪いな」


 それっぽい理由を並べて誤魔化そうとしたのだが、そこで委員長がぴくりと眉尻をあげた。

 そして、ふふ、と口元を緩め、舌なめずりとともにこちらに一歩近づいてきた。


「い、委員長?」

「……普通の高校生なら、恋人がいるのも普通じゃないかしら?」

「……」

 

 そういった委員長はさらに俺へと距離を詰めて来た。

 ま、待て待て! 俺は慌てて委員長から距離をとる。


「し、知っているか委員長?」

「……なにをかしら?」

「男子高校生ってのはな……恋人がいない奴のほうが多いんだよ!」

 

 少なくとも、俺の周りの男子たちはそうだ。

 口癖は、「彼女ほしー」である。

 委員長が驚いたように目を見開いた後、くっと声をあげた。


「……さすが、後藤くんね。このくらいの嘘は、容易に見抜けるわね」

「まあ、な……。そういうわけで、だ。ごめん、委員長。今は……その、興味ないんだ」

「それなら――」


 委員長はそういったあと、俺のほうに近づいてきて、それからぎゅっと抱きついてきた。

 い、色々と柔らかいものが当たっている! 反射的に彼女の体から逃れようとしたのだが、その柔らかさに負け、抵抗する力が弱まる。


 そして、委員長が顔をあげる。上目遣いにこちらを見てきた。


「……それなら、興味をもったときに私に告白してもらえるように、アピールするというのはいいわね?」

「うえ!?」


 何を言っているんだ委員長は!?

 彼女の突拍子もない発言に、俺の脳がパニックを起こす。

 そうして、委員長の体を軽く押したとき、彼女の胸をぎゅっと掴んでしまった。


「ひゃん!?」

「わ、悪い委員長!」


 委員長はそれまでもだいぶ頬が赤かったのだが、今の一撃で耳まですべて真っ赤だ。

 委員長が数歩後退して、恥ずかしそうに顔を俯かせる。

 そして、目尻に涙をため、ぎゅっとこちらを見てきた。


「……委員長」


 ぽつり、と委員長が呟いた。

 なんだ? 唐突な自己紹介か?


「ど、どうしたんだ?」

「……私は真理というのよ。委員長じゃなくて、真理、と呼んでくれない?」

「え? で、でも委員長だし――」

「胸、触った……」

「それは不可抗力じゃねぇか……」

「さ、触ったの! 触ったのだから、名前で、呼んで!」


 ……委員長が駄々っ子のように言ってきた。

 ……これまで、ずっと委員長と呼んでいたからな。

 いきなり、呼び方を……それも名前呼びにするのは、かなり照れ臭い。

 それでも、委員長は許してくれそうにない。

 俺は頬を一度かいてから、彼女をじっと見た。


「わかったよ……その、真理」

「ひゃ、ひゃい!」


 真理は……びくんと跳ねてから、こちらをみてきた。

 

「……どんな反応だよ」

「だ、だって、ご、後藤くんの声かっこよくて……好きだし、その名前で呼ばれるの嬉しいの!」


 ……声は人によって好みあるしな。

 俺が恥ずかしがっていると、真理はスマホを取り出しながら叫んだ。


「も、もう一度言ってくれない!」

「……真理ってか?」

「え、ええ! できれば、『真理、おはよう』って」

「……なんだそれは」

「お、お願い!」


 ……真理がせがむようにそう言ってきたので、俺は小さく息を吐いてから言う。


「真理、おはよう」

「……目覚ましにするわ」

「するんじゃねぇ!」


 感動した様子の委員長を慌てて止める。

 真理がいつものクールな委員長に戻るまで、それから十分ほどがかかった。

 ……余計なこと言わなければ良かったな。



 

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