第20話


 しばらく歩いていた時だった。

 喜多がくいくい、と手を引いてきた。

 そこで気づいた。俺はずっと喜多の手を握っていたことに。


「わ、悪い!」


 俺が慌てて彼女の手を離して喜多を見る。

 ……ここまで、無理やり引きずるように来てしまった。

 おかげで、陽菜に追われることはなかったが、喜多には悪いことをしてしまった。


「だ、大丈夫です……ただ、そのいきなりだったので……」

「……いきなりじゃなかったらいいみたいな言い方しないでくれ。悪かったって」

「いきなりじゃなかったら、いいですよ?」


 喜多は頬を赤くしながら、俺のほうに右手を差し出してきた。

 ……本当に喜多は、どうして俺を好きになったのだろうか。

 これほど可愛らしく、良い子がどうして俺に告白したのか。


 ……気にはなったが、それを直接本人に聞くわけにもいかなかった。

 俺なんか、と口にするのは喜多の感性までも否定することになるからな……。


「さすがに、恥ずかしいから……無理だ」

「……でも、さっきまでは私がその恥ずかしい思いをしていたんですよ」


 喜多はそういって頬を膨らましてから、えいっと俺の手を握ってきた。

 ……俺が手を引っ込めようとしたが、ダメ、とばかりに彼女が力を込める。

 そして、こちらを見つめてくる。


 逃げられる様子はなさそうだった。

 すでに高校に近くなってきたため、周囲には学校の生徒もかなりいた。

 ……こちらを嫉妬に狂ったように睨みつけてくる生徒もいて、居心地の悪さを感じていた。

 相変わらず、なぜか女性からの視線もかなりあった。……喜多が俺なんかと仲良くしていることが気に食わないとかなのだろうか? それともやはりレズ……?


 とにかく、さっさと下駄箱にたどり着き、この手繋ぎから解放されよう。

 いつもよりも早足で行こうとしたが、喜多はゆっくりだった。


「先輩……逃げようとするなんてずるいですよ」


 頬を僅かに膨らませる。

 ……そうか。これが喜多の仕返しなんだな。



 〇



 何とか学校にたどりつき、俺はクラスへと入った。

 その瞬間だった。クラスメートたちに詰め寄られた。


「お、おい! 一真! おまえやっぱり喜多さんと付き合ってるんだろ!!」


 第一声がそれか。

 クラスにいたほぼ全員の視線がこちらへと集まる。

 ……こいつら、色恋話が好きすぎる!


「付き合ってないって」

「嘘つけ! 美男美女のカップルでお似合いとか、ずるすぎんぞ!」


 誰が美男だ誰が。

 こいつらの笑えない冗談にため息をつきながら、首を振った。


「……朝のは罰ゲームみたいなものだ。本当に俺たちは付き合っちゃいねぇよ」


 俺がそういうと、男子たちは顔を見合わせた。

 それから、俺に顔を寄せる。


「……おまえ、本気でいってるのか? 喜多さんの何が不満なんだよ?」

「別に、不満ってわけじゃねぇが――」


 そんなに恋人を作らないことが理解できないのだろうか?

 今はこの平穏な高校生活をのんびりと楽しみたいだけだ。

 しかし、それが彼らには理解できないようだった。


 あれか。陽菜の世話係にでもなれば、この感情が理解できるかもしれない。


 ただ普通に登校して、普通に授業を聞き、帰りに友人と下校する……。

 この当たり前の幸せに気づくには、過酷な状況に身を置いたものにしか分からないのかもしれない。


「俺は今、自由なんだ」

「お、おう?」

「だから、この自由な時間を楽しみたいんだよ。以上だ」

「……一真って時々良くわからねぇな」

「うるせぇよ。おまえも、陽菜のわがままに付き合わされてみればわかるぞ。頼んでこようか?」

「や、やめてくれ……」


 引きつったように笑って、クラスメートが離れた。

 席を立ったところで、クラスメートの女子たちの話し声が聞こえてきた。

  

「……ま、まだ付き合ってないみたいで良かった」

「う、うん……で、でも早くしないと、どんどんライバル増えちゃうし」

「……私も、告白だけしてみようかなぁ」


 ……また喜多のことか?

 気になってしまい足を止めたのだが、そこで女子グループと目が合う。

 彼女らがこちらに気づくと、気まずそうに口を閉ざした。


 ……一体なんだっていうんだろうな。

 俺も特に聞こえなかったふりをして、廊下に出る。

 トイレに行ってから、クラスに戻ろうとしたところで、委員長を見かけた。


 委員長はプリントとノートの束を持っていた。

 ……さすがに、一人で持つには大変そうだ。

 たぶん、職員室に行ったときに押し付けられたんだろうな。


「委員長、手伝うぞ」


 そういって、俺は彼女の前をふさぎノートを奪うように手にした。

 委員長はだいたい、自分で仕事をしたがるからな。

 無理やり仕事をとるようにしないとダメだ。


「……あっ、後藤くん。別にいいわよ、このくらい」

「どうせこのまま教室戻るんだ。一人で歩いて、他の人のノート落としたら悪いだろ」


 そういうと、委員長は苦笑の後に残っていたノートを持ち直した。

 俺たちは揃って廊下を歩いていると、委員長がこちらを見てきた。


「……そ、その後藤くん。ちょっと、いいかしら?」

「……なんだ?」

「私、あなたに……その、大事な話があって」


 言いよどむ委員長。

 ……大事な話? 


「なんだ?」

「あ、あーその……また放課後に話をさせてくれないかしら?」

「放課後、か。分かった」

「それまでに、決意……しておくから」

「お、おう」


 ……なんだか、滅茶苦茶気合のこもった目をしていた。

 一体何の話をするんだろうか?

 あれだけ、気合のこもった目だ……結構重要な話をするんじゃないだろうか?


 委員長の表情から何かが読み取れないかとみていたが、頬が真っ赤に染まっているだけで特にそれ以外の情報は手に入らなかった。

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