第7話
玄関の前についたときだった。
……陽菜がいた。
彼女は制服ではなく、私服に着替えていた。
黙っていれば、良く似合っていた。
……黙っていればな。
出来れば、他人のふりをしてやり過ごしたかったが、陽菜がこちらに気づいた。
彼女は、じとっと睨むようにこちらを見ていた。
「あんた、何してたのよ?」
「……別に何をしててもいいだろ?」
「良くないわよ! あたしと一緒に帰らなかったのに、何してたのよ!?」
どうやら、陽菜はまともに言葉が通じないようだ。
……さて、どこからどう説明するか。
「陽菜、今からお前に一から説明する。だから、余計なことを言うな」
「……はぁ!? あたしに何て言い方するのよ!?」
「もしも、これ以上余計なことを言うのなら、今後一切話さないからな?」
「……っ!?」
陽菜は慌てた様子で口を押さえた。
……とりあえず、黙らせることには成功したな。
「……まず、俺が放課後どこで何をしていたのかというと、友人と一緒にラーメンを食べてきた。これで、とりあえずのおまえの疑問は解消されたな?」
「……」
こくこく、と首を縦に振る。
……まったく。
普段もこのくらい素直なら、俺も苦労はしないんだがな……。
ついでに、教えてやるとしようか。
「次に、俺は今後……おまえのわがままに付き合うつもりはないから。その理由もちゃんとある。だから、俺と関わるな。以上」
「……ちょ、ちょっと! 待ちなさいよ!」
腕を伸ばしてきたが、俺は敷地に入って門を閉める。
さすがに、こじ開けてまで中には入ってこない。
しばらく、こちらを睨んでいた陽菜は、唇をぎゅっと結んでから、舌を出した。
「あたしから、願い下げよ! あんたなんか、もう幼馴染じゃないから!」
「そうか。それじゃあな」
陽菜は腕を組み、そっぽを向いて去っていった。
……驚いたな。陽菜があそこまで言うとは。
……これで、陽菜は完全に一人となったな。
俺への依存がなくなり、晴れて明日からは陽菜も周りを見る余裕が出てくるだろう。
そうすれば、きっと友達もでき、やがては真人間に戻っていくだろう。
俺はほっと小さく息を吐いてから、家へと入る。
「あれ? さっき外で陽菜ちゃんと話してなかった?」
「話してたけど、それがどうしたんだよ」
「一緒に夕食食べていかないの?」
「母さんが誘いたいなら誘えばいいだろ? 俺は、もう関わらないからな」
「またあんたそんなこと言って……」
母さんがじろっとこちらを見てくる。
俺はその視線を無視して、階段を上がる。
そこで、はてと気づく。
そもそも、陽菜が俺の家で食事をするのは、家に誰もいないからだ。
陽菜は母子家庭だ。そして、彼女の母はそれなりに有名なデザイナーらしく、だいたいいつも陽菜は家に一人である。
……そういや、陽菜って料理できるのか?
たぶん、できないんじゃないだろうか? 少なくとも、小学校の頃は家庭科でまったく料理を作らなかった。
面倒なことはすべて俺に押し付ける女王様っぷりを発揮していたのは、昨日のことのように思いだせるが……。
「まあ、金はあるしな」
陽菜の家はかなり裕福だ。
たぶん、うちなんかよりも稼いでいるんじゃないだろうか?
だから、自分で飯くらい食えるだろう。
〇
次の日。
朝起きると、いつものようにカーテンが開け放たれた。
「お、起きなさい! 朝よ!」
……マジか。
陽菜は笑顔とともに、俺の部屋のカーテンを開け放った。
なぜ? こいつは三歩歩くと記憶が飛ぶのか? それとも、寝るとすべてリセットされるのか? そいつは人生幸せそうだ。羨ましいね。
なぜかいる陽菜を俺がジトリとみると、彼女はびくっと肩をあげた。
……この反応から察するに、昨日俺に言われたことを忘れたということではなさそうだ。
さすがにそこまでお花畑ではなくて助かったぜ。
「どうして、ここにいるんだ? 昨日言っただろ? おまえだって、幼馴染じゃないって言ったよな?」
「ええ、言ったわよ! けど、あたしは寛大な心を持っているの! だから、あんたのことを許してあげようと思ったのよ!」
……どうしてそうなる?
まあ、昨日の会話だけに関して言えば、どちらにも非はあり、謝罪するのはどちらか一方ではないだろうとも思う。
ただ、どうして陽菜は常に上から目線なのだろうか?
例えば、ここで陽菜が俺に『昨日のことを謝罪する』ことができれば、感心する。
……ただ、どうやら陽菜は俺がどうして、彼女に今みたいな態度をとっているのか、欠片も理解できていないようだ。
人の機微を察する力……それが陽菜からは欠落しているんだ。
「陽菜。悪いが、俺は昨日の言葉に関して取り消すつもりはない。だから、部屋から出て言ってくれ」
「え……? ちょ、ちょっと! あたしが許してあげるっていっているのよ!?」
「勝手に許せばいいだろ? けど、俺はおまえを許さない。……俺がどうして、おまえに今みたいな態度をとっているか、わかるか?」
「……分からないわよ! なんでよ!」
「おまえのわがままが嫌いだからだ。……早く部屋を出ていってくれないか?」
……少しのヒントともに、俺は陽菜を拒絶する。
陽菜は目を見開き、それから唇をぎゅっと噛んだ。
「バーカ!」
陽菜はそれだけを言い残し、部屋の扉を勢いよくしめて去っていった。
俺の言葉の意味を、少しでも理解してくれればそれでいいんだがな。
それで陽菜が少しでも成長できるのなら、俺はいくらでも彼女に敵対する。
それが、幼馴染としての最後の務めだからな。
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