第12話



 ずんずん、とやってくる陽菜は私服である。

 部屋着だな。落ち着いた服装である。

 ……というか、よく俺たちに気づいたな。

 部屋から覗いていたのだろうか? 陽菜の部屋があった場所を思い出していると、陽菜はさらに詰め寄ってきた。


「一真! その女は何よ!?」


 ……何その浮気している男に対して言うようなセリフは。

 俺の内心ではそんな冗談めかした言葉が浮かんでいたのだが、当の陽菜は滅茶苦茶不機嫌だった。


 俺は努めて冷静な口調で、陽菜を見た。


「……別に、友人だ。というか、そんなことおまえに説明する必要もないだろ?」

「あ、あるわよぉっ! な、なんであんた他の女と一緒に帰っているのよ!? 意味わかんない!」

「別に……友達と一緒に帰ることはおかしくないだろ?」

「あ、あたしは幼馴染よ!? 幼馴染のあたしが一緒に帰ってあげるって言ったのに、それを放り出して友達を優先するわけ!?」

「ああ、幼馴染だ。友達じゃない」


 俺がはっきりと伝えると、陽菜はぎゅうっと唇を噛んだ。


「……今は違う。俺はおまえのわがままに付き合いたくないだけだ。まずは、その自分勝手な態度を――」


 やめたらどうだ? 今の俺がどうしてこのように振舞っているのか、その限りなく答えに近い言葉を口にしようとした瞬間、陽菜が真っすぐに喜多へと近づく。


 そして、きつく睨みつけた。

 まさか、手は出さないよな? 心配して、間に入ろうとした瞬間、陽菜がびしっと俺を睨みつけてきた。


「あんた、一真と一緒にいたっていいことないわよ! あんたにきっと迷惑かけるんだから!」


 ……おいおい。

 理不尽すぎる物言いに、俺は軽く呆れてしまった。

 とりあえず、落ち着かせないといけない。


 陽菜の眼光は、初見には恐ろしいはずだ。

 喜多にも後で謝らないといけないな……なんて考えていると、喜多がきっと陽菜を睨みつけた。


「一真先輩と一緒にいて嫌なのかどうか、それを決めるのはあなたじゃありませんよ、有坂先輩」


 こ、怖い……。

 喜多は笑顔とともにそう返してみせた。

 ……こ、この子、案外こういう状況に慣れているのか、平然とした様子で陽菜を睨み返している。


 ニコニコ、と笑顔をさらに深める。

 その態度に、陽菜もさすがに気おされたようだ。

 ……いつも、ああやって声を荒らげていれば、だいたい自分のわがままが通ったからな。


 こういう相手は初めてなのかもしれない。


「ぜ、絶対後悔するわよ!」

「忠告ありがとうございます。ですが、悪いのは見る目のなかった私、ということです。そこまですべて、覚悟して今こうして……先輩と一緒にいるんです」


 喜多のその発言に、俺は滅茶苦茶恥ずかしくなってしまった。

 ……ま、まさかそこまで想ってくれていただなんて、俺は考えてもいなかった。

 それだけの想いをぶつけられた陽菜は、困惑した様子で俺を見てきた。


「なら、勝手にすればいいじゃない! ま、あたしにはどうでもいいことだけど!」


 そんな捨て台詞を残し、家へと戻っていった。

 陽菜の目じりに、僅かに涙が見えた。……よっぽど、自分のわがままが通用しなかったことが悲しかったのだろう。


 ……完全に予想外ではあったが、陽菜にとっては良い薬になっただろう。

 これで多少なりとも、丸くなってくれればいいのだが。

 俺がちらと喜多を見ると、満面の笑みである。


「……なんだか、楽しそうだな」

「え? い、いや……その、そんなことないですよ。……なんとか、笑顔を張り付かせて誤魔化していましたけど……滅茶苦茶怖かったですよ」

「悪いな。あいつの代わりに謝っておくよ……。そうだ、家近くまで送ろうか?」

「……え? そんな悪いですよ。先輩が遠くなってしまいますよ」

「気にするな。……暗くなってから何かあっても困るからな」

「この辺りで何か、なんて起こりませんよ」

「まあ、そうかもしれないがな……一応な」


 俺がもう一度そういうと、喜多は口元を緩めた。


「……それじゃあ、お願いします」 

「ああ」


 再び、喜多とともに歩いていく。

 ……さっきの陽菜に対しての言葉。それを思いだして、俺のほうが恥ずかしくなってきてしまった。

 何か、別の話題でも、と思い、高校生活について聞いてみることにした。

 陽菜の今後の参考になるかもしれないしな。


「そういえば、部活とかって入っているのか?」

「高校では入らなくてもいいかな? と思っています。中学のときと違って、強制でもありませんしね」

「……確かに、そうだな。中学の時は何か入っていたのか?」

「私は……陸上をしていましたよ」

「へぇ……ってことは、陽菜のこともしっていたんだな?」


 陽菜も陸上部だったからだ。

 俺の言葉に、喜多はこくりと頷いた。


「凄い先輩でしたよね。私、運動はそれなりに得意でしたけど、一度も勝てたことありませんでしたし」

「一応、あれでも先輩ってことだな」

「……そうですね」

「……陽菜って、部活中はどうだったんだ? 友達……とかいたのか?」


 部活の応援に来なさい、といわれて何度か大会を見に行ったことはある。

 だが、彼女の練習を見たことはなかった。


「……いえ、その――誰の名前も覚えている様子はなかったですね」

「……そ、そうか」


 喜多は困ったように笑った。

 ……周りにまったく興味ないもんな、陽菜。

 喜多には答えにくい質問をしてしまったな。


「あっ、ここで大丈夫ですよ。あそこが私の家ですから」


 そういって、喜多が一つの一軒家を指さした。


「そうか。それじゃあ、また」

「……はい。その、寝る前とかに少し、ラインとかしても……いいですか?」

「……まあいいけど。気づかなかったらごめんな」

「大丈夫です、気にしないでください。……それじゃあ、またあした」

「ああ」


 喜多が軽く手を振り、俺はそこで彼女と別れた。

 ……それにしても、陸上部、か。

 喜多の反応を見るに、あまり良い先輩ではなかったんだろうな陽菜の奴。


 確かに、俺が応援に行っても、尊敬はされているようだが、仲が良い奴はいそうになかったからな。

 それでも、陽菜は県記録を出す程度には才能に溢れていたなぁ。


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