第22話 新年

 超幸せな一週間があっという間に過ぎ、今日は大晦日。

 今、俺と香緒莉が居るのは新千歳空港到着ロビー、間もなく午後になろうとしている時刻だ。



「香緒莉お姉ちゃん!おかえり」


 ――何故おかえり?――


 姪の陽菜の出迎えの声が聞こえる。

 花奈も手を振っている。

 後ろには姉夫婦 木村孝則、良枝夫妻も笑顔で待ち構えている。


 姉夫婦に会釈して視線を再び姉妹に向けると、香緒莉と陽菜と花奈は三角抱擁の再会祝福モードに突入している。


 そして陽菜が香緒莉の左薬指に光るリングに気付いた。


「あっ、香緒莉お姉ちゃん、やったね!」


「うん、もらっちゃった!」


「やった!おめでとう」


 すると花奈が

「お姉ちゃん、何がめでたいの」と陽菜に聞く。


「お子様には後で教えてあげるよ」


「えー、もう子供じゃないよ、教えてー」


 そんな会話を聞きながら空港を後にした。

 空港から一歩外へ出ると、やはり雪国の景色が待ち受けていた。


 香緒莉は、初めて見る銀世界の大地に舞い踊る白い妖精に少し興奮していた。


「うぁー、本物の雪だ!すっごーい!!」


 義兄の運転するワゴン車で市内のファミレスで皆と昼食を摂り、それから実家へと向かった。

 姉夫婦も札幌から実家へ行く途中だったので、空港で拾ってもらう手筈が付いていた。


 まもなく、白一色の世界を疾走してきたワゴン車は北海道の結城家に着いた。


 そのディーゼル車が停まる音を聞きつけて、父 結城昇が玄関の戸を開けて迎えてくれた。

 後ろの方には、母 結城孝子が笑顔で立っている。


 横殴りの雪の洗礼の中、六人は各自の荷を持って家の中へ一目散と入った。


「よく来たね、香緒莉ちゃん」

「陽菜ちゃんと花奈ちゃんもご苦労さん」


 孫よりも先に名を出すほど、香緒莉は気に入られている様だ。



 荷を降ろし、コートを脱ぐと六人は一斉に奥の部屋の仏壇の前に座り、ご先祖様への挨拶をする。



 その後、大きな座卓を囲むように座り、和やかな談笑が始まりかけた時、俺は少し大きな声で言った。



「父さん、母さん、それに姉さんの家族の皆さん」と呼びかけて一呼吸置いてから、


「俺事、結城漣は、此処に居る比内香緒莉さんと婚約を致しました」

「来春に香緒莉の卒業を待って籍を入れようと思っています」

「これからもご迷惑をかけると思いますが、よろしくお願いします」


 冷や汗をかきながら言い終わると、自然に拍手が起こった。


 そして、各自それぞれのお祝いの言葉をもらったが、それは俺に対する量より香緒莉に向けた祝福の言葉が圧倒的に上回っていた。


 すると、また香緒莉の習性が出た。

 泣いている香緒莉を両脇から祝いながら、もらい泣きする姪たち、その光景を暖かく見守る二組の夫婦、何故か俺だけが蚊帳の外にいることに気が付いた。



 ――良かった、香緒莉が受け入れられて――




 大きな座卓の面には、溢れんばかりの御馳走が、場を競うように置かれている。

 そして缶ビールも点在している。

 テレビのモニターには、大晦日恒例の歌番組が映っている。


 八人も居ると、それぞれの話声が時には雑音になる事もあるが、何故か香緒莉が喋り出すとその声を聞こうとする6人がいた。なんとも不思議な光景だ。


 新しい年を迎える15分前に、陽菜が初詣に行くと言い出した。

 当然の様に香緒莉を誘っていた。

 必然的に花奈も一緒だ。


 ここで問題が生じた。

 此処は田舎なのだ。

 一番近い神社までは歩いても30分、いや雪道と寒さを考えると40分係る。


 当然の如く、車での送迎を迫られるが、運転手の男どもは皆アルコールが入っていた。


「あっ、私運転出来ます。お酒飲んでないので、って言うかお酒飲めないので」

 と言っておもむろにバッグから若葉マークを取り出したのは姉であった。


「まだ免許取って一週間だけどね」と付け加えた言葉に俺は身震いした。


 くして両親を除いた6人を乗せた車は地元の神社へと向かったが、着いた頃には、世間が新年を迎えていたばかりでなく、その運転技術の恐怖で免許保有人のふたりの酔いがすっかり醒めていたのは言うまでも無い。


 田舎とはいえど、やはり新年早々の境内は混んでいた。


 俺はこれから始まる新しい生活の安泰と香緒莉の合格を祈願した。



「ちゃんと合格のお願いした?」と香緒莉に聞いてみた。


すると、

「合格は自分の力でするから神様に頼まなかったよ」

「それより大事な事お願いしたよ、自分の力ではできない事!」


「それって何?」


「それは漣にも内緒だよ」


 そんなちぐはぐな会話の後、皆でそれぞれ御神籤を引く事になった。


 結果は、大吉が香緒莉と花奈、中吉が陽菜と義兄、姉が吉、そして俺は凶だった。


 そのが何を意味するのか、しないのかはわからなかった。



 外はまだ暗くて、空気も凍てつく寒さだったが、昨夜からの雪もすっかり止んで清々しい新年の幕開けだった。



 しかし、幸せ絶頂期で有るはずの俺の心の奥に、何だか解せないモヤモヤが引っ掛かり気味だったのは何だったのだろう。



 そして、二度目の香緒莉との同伴帰省が終わり、仙台の空港からまっすぐ香緒莉の母の所へ挨拶に行った。

 新年の挨拶と言うより、香緒莉を貰う為のお願いのあいさつであった。


 香緒莉ママは相変わらず、店の中の奥の部屋で生活していた。


 形式的に、

「比内絵美子さん、あなたの娘さんの香緒莉さんを嫁として私結城漣に頂きたいです。よろしくお願いします」とお願いした。


 香緒莉ママは、

「あら、意外と早かったわね」

「こんな娘で良かったら、もらってやってください」


 と、簡単に言われた。


 その後香緒莉に、

「あんた良かったね、幸せになるんだよ」


 そう言われた香緒莉は、

「お母さんありがとう」と言った後、又習性が出てしまった。


 その後、香緒莉の卒業を待って入籍する事と香緒莉が妻になったら大学の学費は夫である自分が受け持つ事なども報告した。



 そして我が家に着いた瞬間から、香緒莉の正念場に向けての再スタートスイッチが押された。

 



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