第11話 国分町のママ

 夏とはいえど、夜になると風が気持ちいい。

 やはり多少緯度の数字が多いせいなのか、幾分暑さからは解放される。


 昼間には少々体力を使った俺だったが、今は20時30分過ぎだ。

 国分町のスナックに居る。

 30分ほど前に店に入ったが、すでにカップルと思われる中年の先客がふたり居た。


 耳に入ってくるママとの会話から察すると常連の客の様だ。

 誰もいない事を願って来たのだが、やはり常連さんには勝てない。


 カウンター席に座って一人で飲んでいる俺に、執拗にママが話しかけてくる。


 30代後半の年齢のはずなのに、どう見ても高校生の子供がいる年齢には見えず、俺より少し上位にしか見えない。

 やはり顔は香緒莉によく似ていて美人だし、胸も香緒莉よりかなり豊かに見える。


 ――この親のDNAなら香緒莉の胸もこれから発達するのかな?――


 よからぬ想像をする俺に対して、さらに尋問は続く。

 

「お兄さんどうしてこの店知ったの」とか

「若い人なのにこんな店に来るの珍しいね」とか

「お兄さん独身?」等々


「只の通りすがりです」とか

「若いと来ては駄目なんですか?」

「想像にお任せします」

 と適当にあしらう時間が続いた。


 先客の携帯に着信が入って、程なく店の中は、ママと俺の二人きりになった。


 意を決して俺はママに話した。


「比内絵美子さん、私は結城漣と申します」

「あなたの娘さんの香緒莉さんの事でお話をさせてもらう為に来ました」


「香緒莉、あぁーそんな娘いたわね」


「………………」

「そんな言い方」


「それじゃ、何かい、可愛い娘の事でどんな御用件でしょうか?」

「とでも言った方が良かったかしら」


「いえ」

「実はあなたの娘さん、一週間前から私の家に居るのです」


「へー、誘拐でもしたの?」

「身代金なら無いわよ」

「それとも、孕ませた報告とか?」


「ち 違います!」


「実は香緒莉さん、先週、家に居る叔父さんにレイプされて、その時は従姉の人に間一髪のところで助けられたと言っていました」

「それで、家に居づらくなって、東京のお父さんの所へ行こうとしたのです」


「たまたま近くのコンビニに居た、赤の他人の私に交通費の借用を頼んできたのです」

「もうその時は、荷物を持っていました」

「香緒莉さんが必死な表情だったので、つい話を聞いてあげたのがきっかけでした」


 出会い系の話は入れられなかった。




 その後、お父さんの調査や香緒莉が九州へ行って帰って来た事など話した。

 勿論、俺と香緒莉はまだ体の関係は無い事も付け加えた。


「ふーん あの人幸せにやっているんだ」

「私と別れて正解だったよね」


「話は戻しますが」

「もし、お母さんのお許しを頂けるのなら、暫く私に香緒莉さんを預からせて頂きたいとお願いに来た次第です」


「うーん 別に良いわよ、あの子が望んでいるなら」

「あのスケベ親父よりあんたの方が良い人みたいだし」

「それで、いつまで預かってくれるの?」


「はい、あなたが新しい住いに引っ越しするまでです」

「いつ頃に成りそうですか」


「あー、まだ分からない、決まったら連絡するわ」


「分かりました、それじゃこれ同意書です。署名と捺印をお願いします」

「これが無いと私も逮捕される可能性があるので」

「別に食費とかは宜しいので、学校の分はそちらでお願いします」


「分かったわ。けどあんたも変わり者だね、赤の他人にそこまでする?普通」

「私にとっては都合のいい話だけど、それとあの娘にとってもあの家に居るより居心地は良さそうみたいだけど」


「もし私が同意しなかったら、あなたどうしたの?」


「同意してくれない事は考えていませんでした」

「万が一の時の覚悟は、一応用意はしていましたけど」


「ほー、用意って」


「私はすでにバツイチなので、私の戸籍は何回書き替えても特に目立たないのです」


「ほー、結婚の覚悟?会って一週間で!」


「だから、全部救助の為です」


「分かったわ。そしてありがとう」

「私も出来る事はなるべくするよ。あの娘の事よろしくね」



「それじゃ、失礼します。明日にでも荷物引き取りに行きます」

「お勘定をお願いします」


「別に良いよ。婿から代金なんて取れないから」

「また来なさい。只酒飲ましてあげるから」


「あ それと、もしあの娘が望んだら女にしてやってね!あなたが」



 ――想定外の事を頼まれてしまったなぁ――



 俺が店を出るのと、アルバイトの女の子が入って来るのが殆んど同時だった。

 タイミングが良かった事に感謝しよう。



 タクシーで香緒莉の待つ我が家に帰った。

 部屋の前まで来て、カードキーで開錠せず、インターフォンを押してみた。

 足音が近くなってきてドアスコープで確認された様だ。


 ドアを開けると


「おかえりなさい!漣」といって


 俺の肩までしか背丈が無い香緒莉が抱き着いて来た。

 


 ――呼び捨てかよ、それとハグも――



 一瞬の幸せ感が漂った時間でもあった。

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