第24話 新しい生活

 東京よりひと月遅いソメイヨシノの開花宣言が昨日発表された。

 そして明後日からはゴールデンウイークが始まる。


「結城主任、この書類なんだけど、ちょっと見てください」

 と言って、書類を持った峰岸麻衣が豊乳を揺らしながら俺に近づいてくる。


 ――うっ、胸だけなら香緒莉に勝っている、但し胸だけだ――


 此処は北海道支社、しくも俺と麻衣は同じフロアで割と近い位置に机を構えている。

 そして転勤に伴い、俺は主任に昇格した。


 ご丁寧にと言うか、ご迷惑と言うか、俺の前任者が残した仕事を片付ける事から此処の支社の仕事が始まった。

 只、他県には無い国の役所で北海道開発局の存在に慣れるのに多少苦慮した。


 先週、研修を終え配属された新入社員4名に俺と麻衣が加わった6名がゲスト待遇の歓迎会が、俺にとっては久しぶりのすすきので催しされた。


 差しさわりの無い自己紹介を済ませ、最後に既婚で有る事も伝えたら、女性社員の俺を見る目が、それまでと変わった様にも見えたのは気のせいだ。



 ◆



 四月最初の土曜日が大安だったので、香緒莉と二人で区役所に行き、婚姻届けを出した。

 市の職員さんから祝福の言葉を頂いたが、只の事務的な手続きに少し落胆したふたりだったが、その足で姉の家に報告に行ったら、盛大にお祝いしてくれた。


 行く事を連絡していたから、それなりに用意していたみたいだ。

 車だからアルコールは飲めなかったけど、姉の真心のこもった手料理と四人の心からの祝いの言葉を頂いて、感極まったのは俺だけでは無かった。


 陽菜を右側、花奈を左側に従えた香緒莉は、泣き笑いであった。


 陽菜が言った。

「香緒莉お姉ちゃん、本当は今日から叔母さんなんだけど、今まで通りお姉ちゃんと呼んでいい?」


 花奈も、

「お姉ちゃんが叔母さんな訳ないでしょ!」


「二人共ありがとう、これからも姉妹みたいによろしくね」

 とニッコニコで答えていた。


「陽菜ちゃん、花奈ちゃん、それじゃおじさんは、お兄ちゃんかい?」

 と、俺が突っ込むと、見事なハーモニーで返された。


「おじさんは、おじさんだよ!」





 新しい住いは香緒莉が通う大学の徒歩圏内のマンションの15階の部屋を借りた。

 2LDKだが収納も有って使いやすい部屋だ。


 窓から見える景色は、ジャンプ競技が行われるシャンツェが見えるし、反対側の窓からの街の夜景が凄く綺麗だ。

 それらを見た香緒莉が凄く喜んだのは言うまででも無い。


 こんな絶景な物件の割に賃料がそれほどでないのは、やはり地方都市なのか。


 二桁の数の段ボール箱があちこちの部屋に積みあがった状態だが、とりあえずの生活に必要な、調理・料理関係の荷物と、ただ寝るだけでなく愛を確かめるのに必要なベッド・寝具関係はその場所に収まった。


 勿論、法律上紛れもなく夫婦になったその日の夜は、夫婦の営みを、夫婦の感慨に浸りながら、長々と悦び尽くしたのである。






 ゴールデンウイークに入り、俺たち夫婦は胆振いぶり東部にある実家に挨拶に行った。

 この時期は田植え前の準備の農作業で大忙しのはずだ。


 気を使わせたくないので、アポなしで訪ねると、納屋の前で作業している父母は少し驚いた様だったが、いつもと同じ歓迎を受けた。


 作業を停めるのを、時間が勿体ないと言って手を止めずに話をしていた両親だったが、それを見ていた香緒莉が作業を手伝うと言い出した。

 両親が遠慮して止めるのを振り切って作業を手伝い出した。


 ――嫁の勤めと思っているのか?コイツ――


 慌てて俺は、野良着に着替える様に諭し、俺が多少なりとも持っている農作業のノウハウを教えながら、二組の夫婦で作業する羽目になった。


 それから間もなく昼になったので休憩に入ったら、特に打ち合わせはしていないのに、もう一台の車が結城家に着いた。姉の一家であった。

 最近姉一家は、毎年春と秋には手伝いに来ているらしい。


 その日の午後は8人での農作業だった。

 その夜、全員で地元の温泉で風呂と夕食を頂いて、次の日もみんなでの農作業で盛り上がった。


 香緒莉は、夜の水田で開催されている蛙の大合唱を初めて聞いて、やはり驚いていたが、直ぐ寝付いたのは、それが子守歌に聞こえたのか、昼間の労働が若い体を痛めたのかは分からない。


 今年のゴールデンウイークは、香緒莉の初めての農作業体験であったが、多少体にこたえたみたいだった。


 そんな少し長い休みも終わり、又、仕事、学校にと通う夫婦だった。

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