第25話 窮地~漣の浮気?
俺の新しい支社での仕事も香緒莉の大学生活も順調な滑り出しでスタートした札幌の生活だった。
私生活も幸せな日常を送っていた。
香緒莉の躰も快楽を覚え、一度ベッドに入ると中々許してしてくれない事が多い。
だから、平日はなるべくパスする様にしている最近だが、その反動で週末に一週間分の体力を使うものだから、月曜の朝、鏡を見て張りの無い顔にガッカリする。
しかし香緒莉は元気だ。
大学では、何処のサークルにも入らず、また合コンの誘いはすべて断り、スーパーによってから帰宅する毎日だ。
料理の腕も格段に上がり、俺の胃袋は香緒莉の手料理の虜になっている。
雪融けを待つように行われた、札幌発祥の祭りも終わり、ライラックの花も散り北海道にも遅い夏が訪れ始めた。
雪が融けた頃から、休みには香緒莉を連れまわし、いろんなイベントや景勝地に出かけた。
何処へ行っても初めての体験に香緒莉はとても喜んでくれた。
そんなふたりの平穏で幸せな生活が、まさか崩壊の方へ向かうとは――
俺の転勤前に、前任者が残したある役所向けの施設建設の見積もり事案に問題が発生した。
我が社が入札で落札したのだが、その後で一部の材料選定に強度計算の間違いがあった事が判明したのである。
原因は、前任者の係数選定のミスだった。
事案を引き継いだ俺が間違いに気付かなかった事も社内では問題視されていた。
当然、その部分の計算直しと材料の選び直しの急務が求められた。
幸いな事にまだ材料の発注前だったので、それさえクリアすれば、ごく僅かな損失で済むらしい。
しかし、その日から多大な量の業務が待ち受けていた。
俺はその案件に掛かり切りで身動きが取れなくなってしまった。
毎日の残業は当たり前で、時には香緒莉の待つ家へ帰れない日もあった。
他の職員もそれぞれに仕事を持っていて、協力しくれる人もいなくほとんど一人の作業だった。
只、峰岸麻衣だけが自分の仕事が終わってから毎日残業に付き合ってくれた。
香緒莉には心配かけたくなかったので、只『仕事が忙しい』とだけ伝えてあった。
その夫婦のコミュ不足と、その時は有難かった麻衣の協力が
ある日の朝の会話である。
「漣、最近凄く帰りが遅いけど、仕事大変なの?」
「ああ、ちょっと大変なんだ」
「体、大丈夫?とても心配だわ」
「ありがとう、でももう少しだから、
「それならいいけど、あとどのくらいなの?」
「だから、もう少しだよ!」
心配してくれる香緒莉に、つい声を荒げてしまった。
「……………………」
香緒莉は黙ってしまった。
「あっ、ごめん。せっかく心配してくれているのに」
そして家を出る時
「それじゃ行ってきます」
「行ってらっしゃい」の小さな声は聞こえたが、いつものキスは無かった。
それから少し経った土曜日、休日出勤をしてその事案の業務は終了した。
時刻は18時だった。
その広いフロアには、俺の他にもう一人いた。
麻衣がいつもの残業で手伝うだけでなく、今日の休日出勤まで付き合ってくれたのだ。
実はもう1人協力者がいた、それは仙台の樹所貴美だった。
会社のイントラネットで、残業時間にその事案の中でも自分の得意な項目をやってくれた。
業務完遂後、先輩と麻衣に電話と言葉で感謝とお礼を伝えた。
それと同時に俺は放心状態に成ってしまい、暫くその場を動けなかった。
「先輩、打ち上げに行きましょう」
麻衣の声で我に返った。
「あ、でも」
香緒莉が家で待っている情景が浮かんでつい言ってしまった。
でも、こんなに協力してくれた麻衣の誘いを断るのは人間として駄目だと思い、
「いや、お礼をするよ、俺の奢りで」と訂正をする。
香緒莉に『少しだけ遅くなる』と連絡しようとスマホを取り出すと電池が切れていた。
車だと電源を摂れるのだけど、これから飲むので車は泊まりだし、
「峰岸さん、モバイルバッテリー有る?」と聞いたが
「持ってないです、店で充電させてもらったら?」
そう答える麻衣に従って後で連絡する事にした。
会社の近くの居酒屋で、麻衣と二人で打ち上げをした。
仕事が終わった脱力感で、スマホの充電を忘れてしまう大失態をしてしまった。
そして飲み食いしているうちに気が遠くなってしまった。
そこまでの記憶しかが無かった。
気が付いたらと言うのか、目が覚めたら、見た事のない天井の模様が見える。
見た事の無いベッドに寝ているらしい。
しかも、身に着けているのはトランクスだけだった。
更に驚いたのは、横にショーツだけの姿の麻衣が寝ていたことだ。
素早くベッドから飛び起きて、慌てて周りにあったズボンをはくと、横で眠っていた麻衣も起きた。
「あら、おはよう」
「これは…………いったい」
「ああ、先輩かなりお疲れだったみたい、ここまで運ぶのに苦労したのよ」
「先輩、重いからタクシーの運ちゃんに運んでもらったのよ」
「…………………………」
腕時計を見ると朝の4時だった。
『香緒莉になんていえば…………』
それ事だけが、頭の中で堂々巡りをしていた。
「…………………………」
「峰岸さん、聞きたいのだけど…………」
「昨夜、俺は何もしなかったよね」
「何って?」
「だから、俺と峰岸さんは只眠っただけで、そういう事は無かったということだよね」
「先輩は何もしなかったわ」
「そ、そうだよな、記憶が無いのだから」
「でも、私が…………ごめんなさい」
「そんな事出来る訳ないじゃないか」
「第一、 そんな爆眠と泥酔の状態なら不能に決まっているし」
「ごめんなさい、私、札幌に来てから相手が居なくて、ほとんどエッチしてないからすっかり乾いてしまって」
「仙台の彼からくすねたバイアグラ、先輩に飲ませてしまった」
「先輩は何もしていないよ、只、私が上になってしただけ」
と言ってゴミ箱から、何か白い液体が入った使用済みのスキンを取って俺に見せた。
「おかげで、スッキリしたわ」
――うっ、このおんな――
「それと、スマホ充電しておいたから」
スマホの電源を入れると、香緒莉からの着信とメッセージの履歴がそれぞれ20件くらい残っていた。
タクシーを使い愛車に乗り換えて、家には朝6時に着いた。
香緒莉は、包装紙が広げられその下に用意された食事が置いてある、ダイニングテーブルに顔をうずめて寝ていたが俺が近づくと目を覚ました。
「香緒莉すまん、仕事が大詰めでスマホの電源が落ちているの気が付かなかった」
「良かった無事に帰って来て、事故にでもあったかと…………」
そこまで言うと香緒莉は泣き出してしまった。
「すまない、心配かけて」
「でも、ようやく終わったから、来週から早く帰って来れるから」
「良かった。またいつもの生活に戻れるね」
そこまでは、香緒莉は笑顔だった。
俺は、麻衣の匂いを消そうと浴室でシャワーを浴びた。
シャワーから出ると、香緒莉が怖い顔をして泣いていた。
――どうしたんだ香緒莉…………まさか――
「……………………」
「……………………」
暫く怖い顔をして、泣きながら黙っていた香緒莉だったが
「漣、浮気したでしょ」
「そんな事、する訳が無いじゃないか」
「……………………」
「だって、このレシート昨日の20時だよ」
――うっ、――
「それに、この中身、二人分だよね」
「仕事の息抜きに会社の近くの店に入っただけだから」
「けど仕事中にお酒飲む?」
「それに、スマホ満充電になっているよ」
「電源切れたのじゃなくて、切ったのでは?」
香緒莉には嘘は吐けないのを改めて悟った。
「じゃ、最初から説明するから」と言って、
前任者の失敗から話を始めると、
その話が最初の段階の途中で、香緒莉は、
「もう言い訳はいいから!」
と言って、家を出て行ってしまった。
俺は疲労の蓄積と後ろめたさで、
香緒莉を追う事が出来なかった。
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