第23話 いざ札幌へ

 ついこの前正月だった暦も、明日から三月だ。

 俺と香緒莉は、アツアツの婚約時代のはずが、かなり忙しい日程を過ごしている。


 俺は年度末の仕事が立て込んでいて、毎日残業の激務が続いている。


 香緒莉は、北海道から帰って来て間もなくセンター試験を受け、

 その後は、日を刻むように三つの大学を受験した。

 札幌での受験は姉の家に泊まって受け、東京の受験はホテル泊、あと仙台の短大も受験した。


 香緒莉が泊りがけで受験する為に出発する時、毎回言われた。


「漣、行ってくるね」

「私が居ないからと言って浮気しないでね」


「当たり前だよ、俺は香緒莉だけを愛しているのだから」

「あ、それと受験頑張ってね」


 と、いつも同じように答える。


 ――これって、まさかの倦怠期?な訳ないよな?――



 そして後は合格発表を待つだけとなった。


 明日は香緒莉の卒業式だ。

 パンツ丸見えの朝が明日で最後になる、少し残念だ。


 ――あっ、何も制服でなくても時々頼もうかな――


 卒業式には保護者として当然俺も出席する。




 香緒莉はやるべき事がすべて終わると、夜に俺のベッドに滑り込んで来る日が多くなってきた。

 俺は勿論拒否はしないが、多少お疲れ気味の毎日なので、簡単に済ませるのが香緒莉は気に入らない様だ。


 まさか、こんな事で反省するとは以前には考えられないことだった。






 そして今日は卒業式。


 卒業証書を受け取る凛々しい香緒莉を後ろの父兄席から見ていたら、この半年の出来事が走馬灯の様に蘇ってきて瞼が滲んできた。


 そして何と、卒業生代表としてマイクのまえに立ったのが、香緒莉であった。

 たった半年の勉強で、入学時に保持していた主席の座を奪い返したみたいだ。

 


 その挨拶も凛としていて、誇らしく見えた。


 その夜は明日が休みなので、お祝いの意味も込めて朝まで愛してしまった。

 勿論香緒莉は、体も心も大満足していた。



 その日から暫く経つと、香緒莉の受験校の合格発表が次々とされた。

 香緒莉は特に心配していなかった様だったが、予想どおりすべての大学に合格した。






 そんな中、俺の移動内示が出た。

 正式な辞令は後で出るが、ほとんど間違いない。


 移動先は札幌の北海道支社だった。

 想定内とはいえ、ここを離れるのに、多少の感情が動いた。



 その日、家に帰り

「香緒莉、今日転勤の内示が出た!」

「4月から札幌勤務になった」


 そう報告すると香緒莉は、

「わーい、陽菜ちゃん達やお母さん達と近くなった」

「私も北海道ならいいなと思っていたの」

「それじゃ、大学と会社に通いやすい物件探さなくちゃ」


 直ぐ行動に移そうとする香緒莉に驚く。


「大学は、札幌に決めて本当にいいのかい?」


「はい、漣と一緒だったらどこでも良いのです」

「でも、ちゃんと勉強はするよ」



「香緒莉、入籍は今度の大安の日と思っていたけど、引っ越した後で札幌の役所で出す方が良いかな?」


「私もその方が良いと思います」

「て言うか、何にも分からないので漣にお任せします」


「分かった、近くなったら香緒莉の戸籍謄本だけ用意してね、婚姻届けに必要だから」


「こ・ん・い・ん・と・ど・け?」

「あっ、これって『嘘から出た誠』って言うのかな」


「いや、最初にこの言葉を使った時に何となくだけど『こういう結果になるかも?』とは思っていたよ」




 

 それから暫くして正式な辞令が降りた。

 何と、今回の辞令で峰岸麻衣も同じく札幌への転勤だった。

 峰岸麻衣が札幌出身だった事は知っていたが、女子社員の転勤はまれな事だったので少し驚いた。




 * * * * * 




 後で樹所から聞いたのだが、

 峰岸麻衣は此処の支社長の愛人だったらしい。


 入社試験の面接で、当時の人事部長だった今の支社長にその容姿と豊かな胸を気に入られて、合格基準に達していない麻衣に内定をちらつかせて、愛人になる条件で入社したそうだ。

 そして、本社から此処仙台への移動にも愛人毎転勤してきたそうだ。


 それが最近、支社長の奥さんにバレて麻衣は飛ばされたそうだ。

 麻衣にとっても札幌勤務は入社からの希望だったのと、支社長の相手にも嫌気がさしてきた頃だったらしい。


 ここからは樹所の推測だが、

 麻衣自身が、支社長の奥さんに愛人の存在が判るように仕組んだ様だった。

 何とも恐ろしい女だ。




 * * * * * 




 その恐ろしい女と一緒に札幌へ転勤する事が、この後、俺と香緒莉の楽しいはずの新婚生活に陰を落とす事になるとは、この時はまったく予想していなかった。

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