第28話 香緒莉side 霧のち晴れ

 ――どうして? 樹所さん?――


 私は玄関を開けた。

 やはり樹所貴美さんでした。


「こんにちは、香緒莉ちゃん、お久しぶりね」

「おっと、結城香緒莉さんだよね」


「…………こんにちは…………きどころさん」

「えーと、ごぶさたしてます」

「どうして…………ですか?」


「あー、私が此処に居るのが不思議なんだ」

 続けて、 

「結城家と樹所家は同じ田舎でしょ」

「私の姉と結城くんのお姉さんが親友なんだ」

「私は姉の付録だけど、良枝さんとは昔からの知り合いなのよ」

「一時期は憧れでもあったわ」

「それで、良枝さんから頼まれて、様子を見に来たのよ」


 そう言ってお姉さんとの繋がりを説明した後、

「ちょっと、出ようか、付き合ってくれない?」

「それと、今日泊まるかも?その用意もして来て」

「私、車で待ってるから、それと戸締り忘れずにね」


 私は言われるままに戸締りをして、小さな荷物を持ってお姉さんの家を出ました。

 停まっていたのは、赤いハイブリッド車で、そのナンバーからレンタカーだと思いました。

 私が助手席に乗ると貴美さんは静かに車を出しました。


「あのー、何処に行くのでしょうか?」


「まだ決まってないよ、それよりお腹すいてない?」


 そういえば、昼時でした。

 朝もあんまり食べていなかったので、私の体は空腹を極めていました。


「ええ、少し」

 と言った後に私のお腹が勝手にしゃべりました。


 それが聞こえて、ふたりで大笑いに成りました。


 ――エンジンが静かな車だから聞こえちゃった――


 貴美さんは、ふたりきりの話をしたいらしく、昼食はドライブスルーに成りました。

 そして駐車場で、バリューセットを二人で黙々とたいらげました。


 そして車は再発進しました。


 私は当たり障りのない話から始めました。

「この車って、レンタカーですよね?」


「そうだよ、空港から借りて来たのよ」


「今日着いたのですか?」


「そうだよ、まっすぐここに来た」


「じゃ、田舎に帰省するのですね?」


「まだ分からないわ、一応そのつもりでは来たけど」


 会話に詰まって少し間が開いてしまった。


 ――やばいかも?――





「私の事はいいから、一寸いいかい?」


「あ、はい」


「あなたたち、離婚でもするの」


「えっー、りこん!」


「だって、今、別居しているんでしょ?」


「いえ、只ちょっと離れているだけです」

 不思議とわたしの口調が高くなってしまった。


「それを世間では別居と言うのだけど」


「いえ、離婚なんて…………」


「そうだよね、去年のフェリーの中で、あんたが私に大見得切ったんだもの」

「あの時のあんたは、純粋でまっすぐだったわ」

「その大見得で私はあんたに結城くんを譲ったのよ」

「そんなあんたの愛情が、あんな女狐のに負ける訳無いでしょ」


 気が付いたら車はサービスエリアに入って停められた。

 車が高速道路に入ったのも気が付かない程、私は動揺していたみたいです。

 方向的には又空港の方に戻っているみたいでした。


「ちょっと、トイレタイム」

 と言って貴美さんは降りて行きました。


 ひとりになって、去年のフェリー内での貴美さんとのバトルを思い出し、思わず心の中で吹き出していました。


 貴美さんはソフトクリームを二つ持って戻ってきました。

 溶けるからと言って、先に食べる事にしました。

 すごく美味しく感じたのは、貴美さんの優しさのせいだったかもしれません。


 その優しさを食べ終わり、私は、

「あのーさっき言っていた女狐の子芝居て言うのは?」


「あー、その浮気騒動を良枝さんから聞いて、子芝居だと思って麻衣を問い詰めたのよ」

「そしたら、白状したわ」

「途中までは本当だったけど、入れる状態には成らなかったそうよ、結城くん」


「えーと…………それは、どういう」


「あんたも鈍いわね、つまり、口で刺激しても反応が無かったと言う事」

「薬の話も作り話で、腹いせに、スキンに冷蔵庫に有ったカルピスを入れたの」


「あーそうだったのですか、良かった」


「あんたもまだ若いから、もう少し人生経験を積んだら人の裏も分かって来るんだけどね、まだ18だったっけ?」


「あっ、最近のごたごたで忘れてました、ついこの前19歳に成りました」


「それはおめでとう、それと結城くんは、あんただけを愛しているみたいだよ、残念だけど」





「それと、もう一つ聞いてもいいですか?」


「ついでだから、何でもいいよ」


「実は先日、私、レイプ被害に遭ったのです」


「えーそうだったの、大変だったわね」

「それで」


「偶然なんですけど、漣が通りがかって、寸前の所で助けてくれました」


「あーやっぱり、あんたと結城くんは赤い糸でつながっているんだわ」


「私もそう思います」

「……………………」

「でも、その時犯人から言われた言葉で、ちょっと」


「なんて言われたんだい」


「この事は漣には言わないでほしいのですが…………」


「分かったよ、言わないよ」


「私…………犯人から…………あそこ攻められて」

「自分の意思じゃ無いのに…………その…………濡れちゃって」

「そして犯人が『お前も好きなんだろ、体は抵抗してもここは受け入れ態勢十分じゃないか、このヤリマン女』って言われて、凄くショックで、そうなってしまった事が、漣に悪くて」


 やっとそう言うと、私は泣き出してしまった。



 すると貴美さんは、

「ばっかだねー、あんたも」

「そんなの只の生理現象じゃないの、あれだよあれ、男の人が朝立するじゃない、あれとおんなじ、簡単にいえば、おしっこや便と同じ事だよ」

「大事なのは、気持ちと体が拒絶する事だよ」


 そう言ってくれました。

 やはり、貴美さんは凄い。


 貴美さんのお陰で、私の心の中の霧はすっかり消えて、晴れ渡りました。



 それからしばらく、漣の昔話などを聞かされ、私と貴美さんはいつの間にか仲良くなっていました。




「着いたよ」

 突然貴美さんが車を停めて言いました。


 停めた向こう側には煙が立ち昇っていて、大勢の人達がバーベキューをしている様に見えました。


「早く行きなさい」


 貴美さんに促され、車を降りてそのバーベキューグループの方に駆け出す私が居ました。


「お父さん、お母さん、遅くなりました」

 私は大声で叫んでいました。


 すると陽菜ちゃんと花奈ちゃんが駆け寄ってきます。

 後ろのグループの中に、笑顔の漣も居ました。


 漣の傍に着くと、人目もはばからず抱きついて、また泣いてしまいました。

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