第19話 進路
幸せな帰省旅行も、その終わりが見えて来た。
車は東北道を杜の都へと南下しているところだ。
サービスエリアで前沢牛のステーキ丼を頬張る香緒莉が目の前にいる。
その顔は、どこか満足感が漂っているようにも見える。
それは牛丼だけのせいではないのが良く判る。
この旅行で得たものは大きい、決して躰だけでなく心の繋がり度数が出発前よりも格段にアップした。
その度合いは、香緒莉の方が俺よりも大きかったようにも感じる。
香緒莉は実家からも認められて、もう嫁気分でいるのが横から見ていても判る。
俺もこの娘とだったら第二の人生を共に生きていけそうな気がしてきた。
香緒莉の、牛丼を食べる笑顔を見ながら、そんな感慨にふける自分がそこに居た。
そんなお盆休みも終わり、今日から又サラリーマン生活が再開した。
樹所先輩は、あまり絡んでこなくなった。
あのフェリーでの女の闘いに敗北したことがその原因だった事を俺は知らない。
て言うか、先輩が俺に対して好意があることさえ想定していない自分だった。
香緒莉と出会う前の生活に比べて、仕事が終わると直ぐ家に帰る日が格段に多くなって、まるで新婚生活の様な日常を過ごしている。
でも、凄く楽しい旅行から帰って来てから香緒莉の表情が冴えないのが気に掛かった。
そして、夕食後のフリータイムに尋ねてみた。
「香緒莉、北海道から帰って来てから何か悩み事?」
「もしかして、北海道の事?」
「いえ、北海道は最高でした!」
「内定も頂けたし」
――何の内定だよ――
続けて香緒莉は、
「…………えーと、進路の事なんだけど」
「お母さんは、『国公立なら学費は何とかなるから進学しても良いよ』と言ってくれるのだけど、就職しようかとも考えているの」
「そうだったのか、えーと香緒莉は将来就きたい職業とか有るの?」
「それによって大学とか専門学校を選ぶのが普通だけど」
「将来の職業はもう決定しているよ!」
「…………えーと、主婦です。つまり漣のお嫁さんです」
更に香緒莉は、
「逆に漣に聞きたいのだけど、漣は今の会社に定年まで居るの?」
「それと、来春の転勤は有りそうなの?」
――何のためにそんな事!――
「それが香緒莉の進路に関係するの?」
「するよ!だって私は、ずっと漣と一緒に居たいから凄く大事な事だよ」
「分かった、一応参考までに答えておくけど、俺に左右されずに自分の好きな道を選びなさい」
「定年までかどうかは分からないけど、今は会社を退職する気は無いよ」
「それと、転勤の件だけどこっちの支社に来て来春で4年になるのでそろそろ有るかも?」
「会社の慣例だと、俺が北海道出身なので先ず関西はないはずだ。移動するなら東京本社か北海道支社だろう」
「勿論、移動しないでこのままもあり得る」
「…………………………」
暫く香緒莉の無言状態が続いた。
そして再び口を開いた。
「私、決めた」
「将来、看護師になる!そして、その為の学校に行くわ」
「その学部がある仙台と東京と札幌の大学を受験します」
「そしてすべて合格して、漣の居る場所の大学へ進学する!」
「看護師なら、就職しても、転勤族に付いて行けるし」
――何という考え方だ!――
「香緒莉がそう決めたのなら、別に構わないけど、本当にそれでいいのか?」
「はい、いいです」
「別に今閃いた訳では無いよ。前から考えていた選択肢の中のひとつだよ」
「看護師の職業も中学時代に憧れていた仕事だったし」
そして小さな声で何か言っていた。
「
「最後、何か言った?」
「いえ、別に」
「そう決めたので漣にお願いが有ります」
「何」
「明日から受験勉強を猛烈にするので、少し協力してほしい事があります」
「家事が少し疎かになっても目をつぶって頂きたいのと」
「えーと…………」
「その、夜に愛してもらう回数をセーブしてもらえないかと」
「…………しゅういちくらいに」
――うっ、そう来たか――
「ああ、家事は俺もなるべく協力するよ。勉強に励みなさい」
「それと夜は、俺から誘う事はしないから、香緒莉が勉強等でストレス溜まった時でも香緒莉のペースでいいよ」
そして香緒莉は、仙台の短大と東京と札幌の4年制大学を受験する事に決めた。
後日、俺も同席した三者面談で先生から不自然な受験校選定に付いて、やはり問われた。
すると香緒莉は、
「大学はどこでもいいのですが、東京と札幌の街に憧れているんです」
「今はまだ、決められないので、滑り止めの仙台と合わせて受験する事にしました」
と、答えを用意していたかの様に言い放った。
先生の話によると、香緒莉の学力は学年では上の中くらいに位置し、仙台は余裕だが、東京と札幌に合格するには少し勉強が必要だそうだ。
そのとき先生から聞いた話だが、
香緒莉は元々頭のいい子で、今の高校に入った時の成績は入学式で新入生代表の挨拶人に選ばれた位だそうだ。
斯くして、改めて受験生との同居が始まった。
そして香緒莉の波乱万丈の夏休みも終わった。
「れーん!見てぇー」
――うっ、かわいい――
それは眩しい香緒莉の制服姿だった、しかもスカートがかなり短い。
香緒莉が女子高生だったのを、今更ながら再確認した瞬間であった。
「可愛いよ、香緒莉」
「けど、そのスカートちょっと短くない?」
「この長さは家だけ、て言うか漣だけに見せるの!」
「この制服姿を思い出して、お仕事頑張れるようにね」
「家出る時はちゃんと戻すよ。そうしないと学校の中に入れないもの」
「じゃ許すよ。俺以外の人にはその見えそうで見えるパンツ見せないでくれ」
そんな朝の日常会話から始まり、朝食の後二人一緒に家を出る。
途中の地下鉄駅で香緒莉を降ろして会社へ向かう、そんな朝の日常が今日から始まった。
季節は過ぎて10月の暦も残り少なく、街路樹のイチョウの葉も色ずいてきた。
そんな通勤と通学に慣れて、もうふた月になる。
会社では樹所先輩は相変わらず俺と距離を取っている様だが、後輩の峰岸麻衣が話し掛けてくる回数が多くなってきた。
今まで、樹所先輩に対して遠慮していたのかも?
それとも、帰省以降俺と先輩の距離がかなり
「結城先輩、最近笑顔が目立つのですが、いい事でもあったんですか?」
「別に何もないよ、気のせいだよ」
俺の答えが聞こえたらしい、樹所がこっちをの方に顔を向ける。
――睨まれた――
「えー、絶対なんかありますよ、彼女ができたとか」
「だって先輩のお昼、弁当の方が多いですよね!誰かに作ってもらっているとか」
学校が始まってから、香緒莉は毎朝弁当を作っている。
ひとつもふたつも手間が同じだと言って俺も手づくり弁当を持たされている最近だ。
「女の勘は鋭いのですよ」
「でも、少し残念、先輩の事狙っていたのに」
少し困惑な顔を見せると、
「勿論冗談ですよ」
「でも、その彼女さんと別れたら教えてくださいね」
――ありえない事を言うな、コイツ――
自然に、そう思う自分がいる事に『やはりそうなんだ』と自分の心を再確認した
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