第5話 同志
昨夜は久しぶりに『家庭料理』を味わった。
味はと言うと『凄く』は付けられないけど美味しかった。
香緒莉の誠意が感じられた料理だった。
『美味しい』の言葉を何回言ったか覚えて無いけど、お世辞抜きで連発した。
香緒莉は俺が褒める度に、愛くるしくて一寸照れた笑顔で答えてくれた。
「こんなにお世話になって、少しぐらい返さないと思い頑張ってみました」
と、香緒莉は申し訳なさそうに言った。
香緒莉には、今日も外泊の連絡をさせて、23時頃には、就寝した。
寝る前のフリータイムは、昨日と違って二人とも緊張感が無くなって、随分話をした。
それでもお互い、相手の触れてはいけない部分に入り込む事はなかった。
夜半、睡眠中の俺の聴覚に、誰かのすすり泣くような音が聞こえて目を覚ました。
俺のすぐ横に香緒莉が居た。俺の右腕のパジャマに顔を付けて泣いている様だ。
俺は、話し掛けると事の次第によって俺の理性が吹き飛ぶのを恐れて、寝たふりを続けた。
それでも、香緒莉は一向に泣き止まない。
しびれを切らして俺は話し掛けた。
「香緒莉ちゃん、どうしたの」
「あっ、起こしてしまった、ごめんなさい」
「ソファー眠れなかった?ここで寝ていいよ、俺がソファーに行くから」
「あのぉ…………一緒に寝てもらえませんか」
「夢…………凄く怖かったの」
「でも、一緒だと…………」
「おねがいします…………でも、眠るだけにしてください」
「分かったよ、その代わり俺はこっち向くから」
と言って、俺は左側へ90度体を回した。
結局、小さな右腕が俺の上からかぶさり、背中には柔らかい異物が二つ当たった状態で、俺は身体の反応を抑えながらの寝たふりが朝まで続いた。
香緒莉のすすり泣きはそれから直ぐ治まって寝息が聞こえた。
おかげ様で寝不足気味の朝を迎えた。
次の日の火曜日、15時半頃に白井からlineが来た。
全て判ったのでメールで詳しく書いてあるとの事だった。
丁寧にお礼を書いてからメールを見た。
俺はそのメールを見て、一瞬頭が白くなった。
それでも、心の隅の方の俺から、言われた。
『お前は第三者だ』
『お前が決める事では無い』
そして香緒莉に連絡した。
〖お父さんの事すべて判ったよ〗
〖帰ってから話すからあと2時間待って〗
〖気になると思うから、今日の食事は用意しなくても良いよ〗
【分かりました。気を付けて帰って来て下さい】
その一行で、香緒莉の不安そうな顔が浮かんだ。
17時35分に家に着いた。途中コンビニで弁当を買ったから少し帰宅が遅れた。
香緒莉が家に来た初日と同じように、ソファーと椅子で対峙した。
香緒莉の緊張がその視線を通して伝わって来る。
そして、メールを見ながらゆっくりと話した。
廣瀬太蔵さんは4年前、墨田区のマンションから九州の福岡市に引っ越した。
勤め先は同じ会社の福岡支店に転勤希望を出したそうだ。
そして同時期に再婚したそうだ。
太蔵より2歳年下で初婚の女性が新しい奥さんだ。
今、4歳と2歳の子供がいるそうだ。
此処までは、区役所で判ったそうだ。
弁護士でなければ、ここまで調べるのは難しいみたいだ。
奥さんの実家が福岡で、お母さんの介護が必要な状態で、お父さん一人では大変なので向こうに渡ったそうだ。
この情報は、区役所の近くに有る太蔵が以前勤めていた配送センターで聞いた様だ。
そう話し終えると、
香緒莉は暫く黙っていた。
その表情から無念さに近い感情が読み取れた。
そして暫くして口を開いた。
両親が離婚した4年生の頃から高3の現在迄の苦労と言うか絶望話を。
俺はその話を涙ぐみながら聞いていた。
しかし、香緒莉だけに悲しい話をさせて、申し訳ない気持ちから、
自分の離婚に
そして、
二人の話が終わったら
自然に二人は、抱き合って泣いていた。
その抱擁は、決して愛のある抱擁でも悲しみから来る抱擁でもなかった。
それは、同情と言うより、まさに同志の抱擁だった。
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