第9話 香緒莉side ただいま
真夏の車内は涼しくて気持ちが良いです。
新幹線に乗ると、あの日母と二人で逃げるように北へ向かった日を思い出します。
私は今、九州に向かっています。
実際に行動に移してみると、昨夜の意気込みは影を潜め、不安だけが
勢いだけで九州行きを決めた事を後悔しても、前に進むしかないと自分に言い聞かせています。
久し振りの東京駅も、あの煌びやかな世界へと入り込む事はなく、ただの通過駅でしかありません。
5日前の日曜日、私は漣さんと出会いました。
会ってから二人の間に色々と混乱は有りましたが、漣さんはとても良い人でした。
振り返るとその時の自分の行動に、我ながら驚いています。
東京のお父さんに会いに行く理由を告白してお願いしたら、東京までの交通費を貸して頂ける事とお父さんの消息調査も引き受けてくれました。
その時の漣さんは、渋々の了解だったと思いますが、私の希望を聞いてくれました。
そして3日前の夕方、お父さんの消息を漣さんから聞かされました。
以前のままのお父さんでいてほしいと願っていた私にとって、その真実を聞かされた時は、想定の中のひとつだったとはいえ、私の
それでもお父さんに会いたい気持ちと、これ以上漣さんに迷惑をかけられない気持ちで九州行きを決断しました。
そしてその夜、私は漣さんが寝ているベッドに黙って入り込みました。
こんなに尽くしてもらっても、私には何も返せない、せめて抱いてもらう事しか私には出来ないと言う気持ちからでした。
すると漣さんは、『お金は返してもらう、初めてのHは好きな人としなさい』と言い、受け入れてくれませんでした。
漣さんから『好きな人』の言葉を聞かされて、はっとしました。
今私が好きな人は、間違いなく漣さん!
そう思いましたが、まだ漣さんの事は何も知らない、知っているのは凄く優しい人だと云う事だけでした。
だから、漣さんに『たぶん好きです』と中途半端な告白をしてしまいました。
漣さんも、私の事を同じ言葉で言ってくれました。
それだけでも私は凄く嬉しくなり、朝まで漣さんに張り付いて眠りました。
夕方に漣さんが予約してくれた博多駅近くのビジネスホテルに着きました。
そして漣さんに無事着いた事を電話で伝えました。
それと、車中ずっと気になっていたことを漣さんに聞いて貰いました。
いきなり訪ねても、もしお父さんが留守だった時の事を相談したら、漣さんはお父さんの友達にキャラ設定してお父さんの会社に電話をして、お父さんが休みの日を聞き出してくれました。
次の日の朝、昨日ドン曇りだった空が、九州晴れに変わっていました。
私は、スマホを使える様にしてくれた漣さんに感謝をしながら、下見を兼ねてお父さんがどんな所に住んでいるのか見に行く事にしました。
博多駅から地下鉄で6つめの駅で降りてスマホの徒歩ナビのアプリを頼りに見知らぬ住宅街を歩いて、一軒の家の前に着きました。
その家は、住宅前に庭がある二階建ての高級そうな住宅でした。
門の奥には車が3台位停められる駐車場も有りました。
黄色い軽自動車と白い少し大きめの車が停まっていました。
『お父さん幸せなのかな』等と考えながら、暫く見ていると、玄関の引き戸が開けられて車椅子を押した男性が出て来ました。
一瞬、お父さんかと思い、顔をよく見るとお父さんではなかったです。
車椅子に乗っているのは老婦人の様でした。押しているのはきっと老婦人の旦那様だと察しました。
その老人は、白い車のハッチバックを開けて車椅子ごと老婦人を乗せて車椅子を固定してハッチバックを閉めると、家の方に何か言っていました。
すると、家の中から、小さい子を抱いた女性と女の子が出てきて見送っていました。
その光景の会話は遠くて聞こえませんでしたが、女の子が手を振りながら言った言葉は、はっきり聞こえました。
「おじいちゃんいってらっしゃい」
「おばあちゃんがんばってね」
病院か、どこかの施設に送って行く様に思われました。
私が遠巻きに見ていて、立ち去ろうとしたとき、母親と目が合った様にも感じられました。
幸せそうな、私の異母姉妹と彼女達の母親を見て、私の決意は揺らぎましたが、もう引き返す事は出来ないと再度心に誓いその場を後にしました。
次の日の朝9時頃、私は昨日と同じ場所に傘を差し乍ら居ました。
駐車場には、昨日の2台の他に黒いコンパクトカーがありました。
間違いなく、お父さんは居ると思いました。
それでもインターホーンを押す勇気が出ず暫く躊躇していましたが、意を決し一歩踏み出したその時の玄関の引き戸が開きました。
家の中から幼い子を抱いた昨日見た婦人と、その後から女の子と手を繋ぎながら出てきた男性。
間違いなくお父さんでした。
雨が止みかけたその時、
私の存在に気が付いた婦人は、私の方に向かってきました。
「あなた、昨日も居ませんでした?」
「うちに何かご用?」と尋ねられると、
「いえ…………」
すると、お父さんが女の子と手を繋ぎながらこっちに来ました。
「お母さんどうしたの?」
「この子、うちに用事でもあるのかしら、昨日も居た様で」
するとお父さんは、私の顔を見ました。
――きっと判ってくれるはず――
お父さんは言いました。
「君、若いみたいだけど、うちに何か用?」
――私は香緒莉です、わかって!――
「いえ、一寸道に迷ったみたいです」
何故、名乗らずにそう言ったのか自分でもわからないです。
「パパ はやくすいぞくかん いこ」
父の隣の義妹が言った言葉に負けたとは思いたくなかったです。
「どこを探しているの?」
と言う父の言葉が、頭のず~~と上で微かに聞こえたようです。
「いえ、大丈夫です。スマホのナビで行きますから」
そう言うのがやっとでした。
歩き出した2歩目から、止みかけた雨が又降りだして、私の流れ出した泪を
気が付くと私は東へ向かう新幹線に乗っていました。
そして今、私の前には漣さんがいます。
そして自然と言えました。
「『ただいま』って言ってもいいですか?」
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