第13話 遅れた Happy Birthday

 段ボール箱を車から次々と降ろしエレベーターの前に運ぶ俺、それをエレベーターの中に入れて部屋まで運ぶ香緒莉、そんな作業は20分で終了した。

 車を所定のスペースに置いて最後に少し冷たい小さめの箱とコンビニ袋を持って香緒莉の居る俺の部屋へと向かう。


 荷物の一時置場となったリビングは、ちょっと通行が大変だ。

 まず、これから香緒莉の部屋となる5帖程の物置部屋の整理から始めるしかない。

 こんな事になるのだったら、断捨離をしておけば良かったと今更後悔しても始まらない。


 捨てるものをとりあえずベランダに追いやる。

 要る物は、俺の寝室へと振り分ける。

 そんな作業をしていると、家具屋からベッド一式と他の品が届いた。


 配送員が、『組み立てる』と言っていたが部屋の状態がその大きな荷を受け入れる状態で無かったので、『自分で組み立てます』と言って彼らを返した。

 荷物の中の隙間で二人は目が合い、どちらからでもなく自然に小さく笑ったがそれはあっという間に大爆笑になった。


「香緒莉、なんか一区切りついた様だから、ご飯にするかい?」


「そうだね、なんか気が抜けたらお腹すいたね」


 そう言って帰り道でコンビニ調達した弁当を、引っ越しの被害をまだ受けてないダイニングテーブルの上に置いた。

 ペットボトルの飲み物は、決められたようにコーヒーとアップルジュースだ。


 周りの荷物を見て大笑いしながら楽しい食事は終わり、香緒莉が作業に戻ろうとした時、


「香緒莉ちょっと待って、まだ座っていて」

「デザートがあるから」


 俺はそう言うと、段ボールの積まれた中から、ひとつの箱を取り、その中に保冷シートと保冷剤に包まれた正方形の箱を取りだしてテーブルの上に置いた。




 * * * * * 




 昨日ラブホで美彩から半強制的に俺のスマホが友達に追加された。

 今朝その繋がりを不本意にも俺の方から連絡してしまったのである。


 一般的は挨拶文の後

〖すまないが、今日の午後に香緒莉の荷物を取りに行くので、ひとつ頼みがあります〗

〖香緒莉のバースディケーキをひとつ用意しておいてほしいです〗

〖荷物のひとつとして俺に渡してほしい、保冷を忘れずに〗


【分かったわ、用意しときます。香緒莉も幸せだね、羨ましい】

 その後の台詞が不気味だった

【貸しひとつだね】




 * * * * * 




 昨日、一人ずつ面会し、その間の空き時間にジュエリー店へ寄った。

 接客員に『18歳の女子への誕生日のプレゼント』とだけ告げて、その店員に選んでもらった包装紙に包まっている小さな箱を香緒莉に渡しながら言った。


「少し遅れたけど、18歳の誕生日おめでとう」


 すると、さっきまで大笑いしていた香緒莉の笑顔が泣き顔に変わり、鼻水交じりの声を出して、俺に抱きついてきた。


「れーーん、あ り が…………と…………」


「誕生日のケーキなんて小学生の時以来だよ」

「あの時は、お父さんとお母さんでお祝いしてくれて…………」


 と言うと、泣き止みそうだった香緒莉の瞼から又水滴が溢れてきた。

 泣きだすとなかなか止まらない香緒莉の習性が又出た。

 その習性が終了すると、今度はおもいっきりの笑顔炸裂だ。


 ――うん、こっちの方が可愛い、いや凄く可愛い――


「じゃ今日だけは俺の事、お父さんだと思ってもいいよ」


「いやです、漣の事は彼氏だと思います」



 ――あっ、藪蛇だ 又余計な事を言ってしまった――





 そのオープンハートのネックレスを首からげて、無邪気に箱からケーキを取り出す香緒莉の屈託のない笑顔に、俺のハートが射貫かれそうになるが、何とかこらえられた。


「わーい、ちゃんと書いてある」

 ケーキの上面には happy birthday to kaori とチョコレートで書いてあった。


 ――さすが美彩、気が利く――


「ありがとう漣」そう言ってまた涙ぐんだ。



 ふたりだけの誕生会が終わると又香緒莉の部屋の配置設定作業を再開した。

 香緒莉は、自分の部屋に今まで俺が使っていたベッドを置くと言ってきかなかった。


 家具屋で、『わたし寝相が悪いから』と理由をつけて譲らなかったセミダブルのベッドは、俺の寝室に置く作戦だった事をその時初めて知った。


 そのベッドの上で後々に繰り広げられるかもしれない、二人の共同運動を見据えての選択だったとは思いたくないが、果たしてどうだろう?


 ふたりのそれぞれの寝場所が完成した所で、今日の作業は終了する事とした。


 就寝前に香緒莉が俺の部屋に来て言った。


「凄く長くて短かった一週間でした」

「でも、漣のお陰でこんなに幸せな一週間の終わりを迎えられて凄く嬉しいです」

「これからもよろしくお願いします」


「それと、お母さんが言っていた『女にしてもらう』のはちょっと待ってください」

「その、せ い り になっちゃって」


 ――うっ、――


 慌てて俺は

「いやっ、そんな事は考えなくていいから」



「終わったら言うから、その時は優しくしてね」


 と言って、今日から自分の部屋となった場所へと戻っていった。

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