第15話 帰省 其の1 豪華フェリー

「ねえ、漣の田舎って何処にあるの?」


「北海道だよ」


「お墓も北海道?」


「あたりまえだ!」


「じゃ、お盆休みにお墓参りに行くって言っていたよね」


「ああ、そうだね」


「私も一緒に行ってもいい?」


 そんな会話から始まった。夕食後のフリータイムである。



「いや、実は飛行機のチケット、早割で3か月前に取ってあるんだ」

「当然ひとり分だ」


「じゃ、漣が居ない間私はお留守番?」


「そうなるな」


「じゃ朝言っていた『連れて行ってくれる』と言うのは」


「すまん、日帰りで一日ぐらいを想定していた」


「だって、5連休って言ってたじゃない!最低でも3泊4日でしょ」


「…………」

「そうかも…………言葉が足らなかった様だ」

「うーん…………飛行機は今のお盆時期に空いている訳無いし」

「………………」

「ちょっと待ってて」



 ややふくれっ面の香緒莉を居間に残し寝室のパソコンに向かった。

 暫くして、香緒莉の傍に戻り、


「香緒莉、北海道に一緒に行くか!」


「えっ、いいの?」


「船がまだ空いていた!船でもいいか?」


「漣と一緒なら何でもいいです」


「北海道に行くと言う事は、俺の実家に泊まると言う事だけど、それでもいいのか?」


「ちょうどいいじゃないですか、ちゃんと挨拶が出来ますので」


「何の挨拶?」


「だから将来の為、」


 ――何の将来なんだ――


 そういえば、別れた元妻の実鈴は結婚した年の一度だけしか実家に挨拶には来なかった。

 しかもたったの1時間だけの訪問だった。


 両家顔合わせ、結納、挙式と披露宴とその1時間、合計しても両親と顔を合わせたのは10時間にも満たない。

 俺は、何かにつけて実鈴の実家には顔を出していたのに…………。 

 今更ながら、そんな女の本性を見抜けなかった自分自身に腹が立つ。


 そういう意味では、香緒莉は素晴らしい女性だ。

 というよりも、人としては実鈴の何億倍も出来ている。 

 年齢は関係ない。



 俺は、素早く往復の車ごとのフェリーを予約する作業に入った。

 行きは取れたが、帰りの直通フェリーはそうこうして要る内に満室になってしまって、やむなく八戸着のフェリーを予約した。

 そちらのフェリーも最後のひと部屋だった。

 幸運に感謝する。


 それから航空券をキャンセルした。

 料金は掛かったが半分以上は戻って来るので良しとしよう。




 香緒莉と一緒に旅行に行ける事に嬉しさが湧き出てくるのは何故だろう?


 まさか?…………えっ…………




 * * * * *



 そしてあっという間に金曜日になった。

 出航は夜だというのに香緒莉は朝から大はしゃぎだ。


「そうだ、漣、私練習しなくちゃ」

「えーと、ふつつかものですが…………よろしく…………」


「いったい何の練習だ!」


「だって、漣のご両親に会うのでしょ」


「そんなのはいいから」

「『こんにちは』だけでいいから」


「漣がそう言うのなら、わかったわ」



 そんなやりとりをしているとインターフォンのチャイムが鳴った。

 モニターを見ると、そこに映っていたのは香緒莉の母親だった。



 香緒莉ママは入って来るなり周りを観察しながら、

「あら、中々いい部屋ね、きれいだしそれに片付いているのね」


「あ、部屋が綺麗なのは全部、香緒莉の仕事の成果です」


 すると香緒莉ママは香緒莉に向かって、

「あんた、前はこんなに綺麗好きじゃ無かったのに変わるもんだね、好きな人と一緒だと」


「お母さん、そんな事より、何の用なの」


「お邪魔虫だとでも言いたいのかい」

「心配しなくてもお邪魔虫は直ぐ帰るよ、私は結城さんに用があってきたの」


「私に何か?」


「この娘がこちらに来てから、すっかり明るくなっちまってね、毎日の様に私にlineが来るのよ。今日北海道に行くんだってね」

「ま、殆んど幸せの報告と、献立の相談なんだけど、明るいのが目に見えるの」

「一度、ちゃんとお礼をと思ってね」

「それもこれも結城さんのお陰です。親として感謝します、ありがとうございます」


「さてと、堅ぐるしい挨拶はこれぐらいにしてと」

「今まで結城さんには結構お金使わしてしまって、少しばかりだけど」

 そう言って香緒莉ママは封筒を差し出した。


「いえ、そんな事いいですから」


「何言ってんだよ、受け取らなくていいのは夫婦に成った時だけだよ」

「それまで、これで足りるかどうか判らないけど」

「長引くようだったら又持ってくるから」


 ――くー、親子して決めつけているのかい――


「それと、あんた新しい保護者なんだから学校の費用も頼むよ、その分も入っているからね」


 そう言って香緒莉ママは退散した。


 封筒には100萬入っていた。



 俺は、直ぐ香緒莉を近くの銀行まで連れて行って香緒莉の口座を開設させた。

 そして香緒莉ママの持ってきた額をすべてその口座に入金させた。


「香緒莉、学校の経費はこの口座から引き落としされる様に手続きしなさい、あと学校でお金がいる時もこの口座から引き出して使いなさい」


「お金の話だからついでに言うけど、食材のお金は家に置いてある財布に常に1万以上にして置くからそれでお願いします」

「あと、買い忘れた食材については、lineくれたら帰りに買ってくるから」

「それと香緒莉のお小遣いだけど、それは毎月俺から渡します」


「分かりました」

「それじゃ家計簿付ける様にします」

「アプリ共有して、漣もいつでもチェック出来る様にします」


 今まで有耶無耶になっていた、共同生活に係る金銭問題が香緒莉ママのお陰ですっきりした。





 そんな事があった昼間だったが今は夜の8時過ぎ、フェリーの中にいます。

 人生経験が香緒莉より多少多い私でも、車ごとのフェリーは初めてでした。

 想像より遥かに豪華で広い船内に香緒莉は大興奮しています。


 世間の民族大移動の時期に偶然取れた部屋は特等洋室だった。

 ツインルームで、バス・トイレ付のその辺のビジネスホテルより豪華だ。

 その部屋に入り、香緒莉のテンションは最大まで上昇したみたいです。


「れーん、凄い ありがとう」の言葉は聞こえたが、とにかく一人で騒ぎまくっていた。


 睡眠にはまだ早い時間帯だったので、二人で船内見学を兼ねてカフェにでも行って、たかぶった気持ちを静める事にした。

 ふたりでケーキを食べながら、いつもの珈琲と林檎果実汁を飲んでいる時だった。


 後ろから聞こえた、聞き覚えのある声で俺の中のが一気に崩れていった。




「あれ、結城くんじゃない?」

「やっぱり結城くんだ!こんな所で何してるの?」


 今日はお邪魔虫のオンパレードだ。

 しかも今回のは、大邪魔である。


 その女は、出身が太平洋沿いの小さな町と言うだけでなく、中学・高校まで同じだった先輩、そして大学は違ったが支社に転勤して来たら、そこに居た!


 そう、樹所貴美 KK先輩だった。



 そして詮索心満開の言葉で、






「あら、そちらのお嬢様は?」

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