第21話 使い魔と仲良しすぎてモテない説


 妖艶に笑いかけるその瞳とその胸元に、俺の背筋が寒くなる。

 俺がこの手の巨乳美女に弱くなったのは誰のせいなのか、言うまでもない。あの年増のせいだ。その様子を見てメルティが女の前に立ちはだかった。

 冷や汗に不快感を覚えつつも、冷静に自分に言い聞かせる。


(落ち着け。こいつがリリカのわけがない……!)


 『イイコトしない?』だって!?あの、おどおどした弱気魔女の鏡みたいなあいつが、あんな笑みでそんなことを言うわけがないだろう!?そもそもリリカは勇者にお熱だったし、そんなあいつが――


(待てよ?でもあいつ、さっき『パーティ抜けた』って言ったか?)


 首を傾げる俺と、不思議そうに視線を合わせる美女。


(いやいやいや!)


 俺は首をぶんぶんと横に振って答える。


「お前、そんな胸デカくなかっただろ?」


「……はぁ!?ほんとに失礼ね、ジェラスって!そりゃあ、あの頃は猫背で俯いてばっかりでしたけどぉ!?そういう女の子の見た目にずけずけ言ってくるところ、どうにかならないわけ!?」


「は!?ふざけっ……!俺はお前の恋愛相談に乗ってアドバイスしてやってただけで――」


(あ。この、容姿に言及すると逆ギレし出すノリ。懐かし――)


「やっぱ、覚えてるんじゃない?」


「みたい、だな……」


 俺は大人しく目の前の女がリリカであることを認めた。


「で?そのリリカが急に何だよ?つか、どうしたその露出度カッコ


「見てわからない?イメチェンよ、イメチェン♡」


 ぱちこん♡ と投げられるウインクに思わず『うげぇ』とため息が出る。リリカは呆れたようにため息を吐くと俺に向き直った。


「ねぇ、パーティ抜けて暇なんでしょ?あたしと合コンしてよ?それか、誰かイイひと紹介して?」


「は!?お前、そういうパリピっぽいの超苦手じゃ――そもそも、合コンに連れて行ける男友達なんて俺にはいないから無理だし」


「はぁ~、そういうとこ全然変わってないのね?あたし今パーティも抜けて退屈してるのよ。ハル君は結婚しちゃったし、もう人生何を追い求めていけばいいのかわかんない~!!新しい出会いが欲しい~!!」


「うわ……」


 わんわんと嘆き出すその姿に、まるでどこかの誰かを見ているような心地になる。ぶっちゃけいたたまれない。


 リリカからはかつて、事あるごとに勇者にまつわる恋愛相談に乗らされていた。なんだかあか抜けないリリカをどうにかして勇者とくっつけてやりたい(そうなればマヤはフリーになるし一石二鳥)と考えては共に試行錯誤し、バレンタインに惚れ薬入りのチョコレートを開発したり、勇者に入浴時間をあえて間違って教えてリリカとバッティングさせたりとあれこれした仲だからな。


 だが、結局勇者は聖女と結婚したのだからまぁこうなるわな。

 俺はぴぃぴぃと嘆くリリカに問いかける。


「お前……ひょっとしてハルが結婚したからパーティ抜けたのか?」


「うん……」


二番めかけじゃダメなのか?ほら、同じようにハルに惚れてた女騎士も『あの方をこの手でお守りする事こそ我が誉』とか言って宮中パーティに残ったんだろ?この際愛人でも……つか、東にハーレムの文化は無いの?」


 この世界では、そういうモテ勇者はハーレムエンドなのが典型だ。

 純粋に疑問だったので問いかけたのだが、帰ってきたのは斜め上の回答だった。


「ハル君の傍に居れるのはいいけど、マヤと新婚イチャラブ生活してるのは見るに堪えない……」


「それは俺もだ」


 つか、聞きたくなかったわ。もうちょっとオブラートに包めなかったわけ?

 そういうとこ、リリカらしいけどさ。


「だから腹いせにイメチェンして、宮中の男を食い荒らして国政をグチャグチャにしたの」


「その露出度で誑かして?性的に?」


「うん」


 ハルが言ってた『妖怪』は、こいつだったらしい。


「で?今は新しい出会いを探してると?」


「うん。やらかしたのがバレて宮中追い出されたし……ね?」


「なるほどな」


 おおよその事情とリリカの胸中を察して、俺は話を切り上げた。

 今までとは打って変わって、真面目なトーンで聞き返す。


「それで、どうしてQB再生機構にいる?」


「パーティのお仕事♡なんでも、ここで悪だくみしてる狐の毛皮が欲しいんですって。私、新しく『ヴァルプルギス』ってとこに所属することにしたのよ。いいわよ~!男がいないパーティは!魔女ばっかりで安全、安心、下世話な話もし放題!」


「『ヴァルプルギス』!?『ヴァルプルギス』ってあの『無限錬成』で有名な伝説の錬金術師メタモニカのところか!?それはまた凄いとこにスカウトされたな!」


「そうそう♡ジェラスが女の子だったら誘ってあげたのにね♡入りたいなら性転換薬あげようか?根暗で粘着質な銀髪ヤンデレ女、案外モテるかもよ?」


「いや要らない。つか、俺はヤンデレじゃないし」


「え~?どうして?」


 不思議そうに首を傾げるリリカに、巨乳魔女が苦手になったとか実は最近気になる女の子ができたとは言いづらい。そもそも――


「女になったらサキュバスメアリィの面倒みれないし」


「ほぉんと好きね?ちょっと使い魔多すぎじゃない?そもそも、ヤリチンでもないのにどうしてサキュバスちゃんなんか従えてるの?」


「だって、魔力切れで野垂れ死にかけてたらほっとけないだろ……」


「今はもう元気になったんでしょ?サキュバスとの契約は術者の身体に負担もかかるのに。どうして契約してあげちゃったの?」


「なんか気に入られたから」


「そうなの!?」


 あまりに場当たり的な理由に驚いたのはメルティだった。


「メルティ知らなかった!メアリィとマスター仲良しだなって思ってたけど、そんな単純な理由だったの!?てっきり、マスターが森で出会った美少女に一目惚れしたらサキュバスで、騙されて食べられちゃいました!的なアレかと思ってたわ?」


「そっちこそしょうもないじゃないか!?」


「でも、男を誑かすのもサキュバスの実力のうちよ?お兄様がモテるのと一緒ね?」


 そこで何故か兄を自慢しだすメルティ。どや!と張った胸は残念ながら十七歳フォルムでも平均以下だ。だが、おバカな子ほど可愛いと思うのは俺だけなんだろうか。


「あのな?俺はメアリィのこと大切に思ってるけど、他の皆も同じくらいに好きだし大切なんだぞ?」


 諭すように答えると、メルティは『えへへぇ♡』と蕩けそうな顔をしてご機嫌に背中の羽をパタつかせた。その様子に呆れたようなリリカ。


「ジェラスってさぁ……使い魔のことが好き過ぎて人間の女の子が寄ってこないんじゃないの?」


「え――」


「だって、そんな仲良しな光景見せられたら、誰だって『自分の入る隙間なんて無い』って思っちゃうわよ?」


「うそ」


「ほんと」


 まさかのまさか。俺がモテない理由に新たな可能性が浮上した。


「いや、別に俺は使い魔みんなのことを家族のように思っているだけで……!入る隙間なんてむしろゆるガバなんですけど!?」


「でもそうは見えないわ?どうなの?メルティちゃん?」


 不意に問いかけられたメルティは冷や汗を垂らしながら明後日の方向を見やる。

 そして――


「メルティは、マスターに彼女ができなければ構って貰えて嬉しいなんて思ってないわよ?」


 いや。その言い草だと絶対思ってるだろ?


 だが、俺はジト目で聞き返す。


「……ほんとに?」


「ほんとよ?マスターを朝から晩まで独り占めしたいシルキィや、マスターとずっと一緒にいたいからって自分に都合の良さそうな女を見繕ってオススメするようなメアリィと一緒にしないで欲しいわ?」


 みんな、そんなこと思ってたのか。


 シルキィはともかく、メアリィのマッチング打診にそんな作為的なチョイスがあったなんて初耳だ。さすがはサキュバス。魔族の中でも狡猾で愛の策士と言われるだけはある。嬉しいような呆れたような。ため息しか出ない俺に、リリカはにやっと笑いかける。


「あらぁ♡モテモテね、ジェラスくん♡」


「……うるせ」


 だって、そんなこと言われても使い魔かぞくとは結婚できないし。でも、皆が俺をそこまで好きでいてくれるのは純粋に嬉しい。

 俺は恥ずかしさを隠すように奥の扉に手をかけた。懐かしい顔を相手にすっかり話こんでしまったが、今日の目的はこのおぞましい地下実験施設の破壊にある。


「それっぽい資料も手に入れたし、こんな胸糞悪い施設、とっとと破壊しておさらばするか」


「いいわよ。あたしもここに来るまでに欲しい情報は手に入ったし、『ヴァルプルギス』の目的は『九尾の毛皮』。あとで情報交換しましょ?」


「いいのか?いくら顔なじみとはいえ『ヴァルプルギス』のメンバーと情報を交換して貰えるなんて願ってもない――」


 言いかけていると、リリカはにやりと顔を歪ませた。


「その手に持ってる『箱舟計画』。『アーク』でしょ? 総帥はイケメンって、魔女の間ではもっぱらの噂なのよ?ふふふ……♡」


 俺は同様に歪んだ笑みを返す。


「へぇ……表向きは製薬会社の御曹司。若くして表裏ともに組織の長で金持ちで、おまけにイケメン?気に食わないな」


「あら、要らないならちょーだいよ?『ヴァルプルギス』で責任もって飼い殺すから♡」


「ああ。あいつにはちょっと因縁があるんでな。俺の手で制裁を加えた後なら好きにしてくれ」


 もとよりそのつもりで――俺は奴を追ってきたんだから。

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