第24話 マスターとしての決意

 突如として告げられた真実に、理解が追いつかない。


「ふたりが俺を結婚させないつもりって……どういうことだよ?シルキィもメアリィも俺のこと大好きで、いつもくっついてきたり、なんだかんだで俺のこと心配してくれるのに。ふたりが俺の幸せを願ってくれないなんて、そんな――」


 混乱する俺に、ブラッディは静かに言い放った。


「胸に手を当てて考えてみろ。契約者にとっては当たり前に思えるその光景。仮に結婚したとして、愛する妻を持つ男がするものとしては些か疑問を覚えるものなのでは?」


「?」


「自覚がないのか。少なくとも、周囲の人間には知られるべきではないだろうな。妻帯者の夫が、常時年若い女を屋敷に侍らせるような者であると」


「いや、俺はシルキィとメアリィを侍らせてなんか――!」


「その有様で?」


 ちらりとため息交じりに向けられた視線を追うと、胸元のシルキィはぴったり♡ みたいな感じで銀髪をふわふわとすり寄せてくるし、脇に居たメアリィも背後から盛大に覆いかぶさっては俺の肩に胸をたぷんと乗せる。というより、首をおっぱいで挟んでいる。


「…………」


 言われてみれば、もし俺に奥さんがいたらこの光景を見てなんと言うだろうか。いくら俺にその気がないとはいっても、これではただの好色魔術師だ。今まで気づかなかったが、俺はなんという生活を。こんなんハーレム勇者のことディスれた口じゃない。俺はぴったりとくっついて頬をすり寄せるふたりをぐいと押しのけた。


「暑いって。もう少し離れ――」


「マスターようやく気づいたの?やめなって。今更メアリィたちを拒んだところで朝起きて隣に誰もいない生活はさみしいよぉ?もう諦めてメアリィたちと幸せになろ?」


「そうですわ?シルキィはたとえ何があってもずぅっと傍におりますのよ?あたたかいご飯に、いつも綺麗なシャツやお部屋。マスタァの為なら、シルキィはどんなことだってしてみせますわ!だって、マスタァにとっての喜びはシルキィの全てなんですもの!」


「うっ……」


(愛が重い……)


 今まで普通だと思っていた距離は家族としても近すぎたらしいし、俺に向けられる愛情も冷静に考えればかなりヘビィだった。ふたりのそんな様子にブラッディは再びため息を吐く。


「そら見たことか。契約者がそうやって情にほだされてばかりいたせいで、使い魔にぐずぐずに甘やかされて溶かされる。このままでは我ら無しでの生活には戻れまい。常識的な暮らしを取り戻すなら、今しかないのだ――」


 その言葉を遮るように、俺は声をあげた。


「それは違うよ、ブラッディ。確かに俺は、今までこれでもかってくらいに皆に甘やかされて生きてきた。けど、決して情にほだされたとかじゃないんだ。俺は、皆が俺を想ってくれるのと同じくらい皆のことが好きだから。本当の家族だと思ってるから。皆がいなくなったら、もう俺は俺ではいられない。だから……そんなさみしいこと言うなよ?まるでここから居なくなるみたいじゃないか?」


「マスター……」


「俺、そんなのは嫌だ」


 静かに告げると、ブラッディは『すまない。言い方が悪かった』と呟いてベッドに腰掛けた。俺はこれ以上皆が仲違いしないよう、思っていることをぽつりぽつりと口にする。


「俺はさ……十二歳で初めてシルキィと契約したときから、シルキィがいないと何もできないくらいに生活力が無い。メアリィみたいに気軽に話ができる友達もいないし、ブラッディみたいに大事なことを打ち明けられる人もいない。かといって自分から人に関わるのはキライで、それを改善しようともしてこなかった。いくら魔術師として優秀でも、本当はどうしようもない奴なんだ。俺は……」


 罪を告白するような面持ちに、使い魔たちは皆一様に言葉を飲み込んだ。ただ、『そんなことない』と否定するように握る手に力を込める。


「でも、だからこそ皆との生活を守りたくて、恥を忍んで魔術を金に変えるような真似してがんばって稼いできたんだよ。クエストをこなしたり、薬や魔道具を開発して街に納品したり。俺には魔術それしかできないからさ」


「マスタァ……」


「シルキィとふたりで暮らし始めた頃なんて、どうしたらいいか右も左もわからなくて、悪い商人に赤字同然の価格をふっかけられたり、割に合わないクエストしか紹介してもらえなかったり。姉さんが残してくれたこの屋敷は改修前で冬は寒くて。それでも、シルキィは少しでもあったかいようにって杖の外に出て一緒に寝てくれたよな?」


「そんな顔なさらないで?シルキィはあの頃もずーっと幸せでしたのよ?マスタァは小さな身体で一生懸命がんばっていましたもの!お姉さまが残したお金を使い切らないようにって、魔術学院でも奨学金を得られるように教師へのナメきった態度を改めて。亡くなったお姉さまと瓜二つのシルキィがお化け扱いされて退治されそうになったときは、庇ってくださいましたわ!?」


「それは、だって……俺にはシルキィを造り出した責任があるから……」


 言いかける俺を否定するように、シルキィは首を横に振る。


「そんなことはありませんわ?マスタァはあの頃からシルキィの大好きなマスタァでした。生まれたばかりのシルキィに人間のこと、魔術のことを沢山教えてくれて、シルキィが街へお買い物へ行く際は必ずついてきてくださいましたわね?だから――」


 徐々に小さくなるシルキィの言葉。俺との思い出を語る小さな唇は次第に震え、最後には嗚咽を漏らしだした。


「ふぇっ、ぐすっ。シルキィは、シルキィは……!マスタァが他の女のものになるのはイヤですわぁ……!ずっと一緒にいて、マスタァ!!」


 そこに、出会った頃の頼もしい姉さん似なフェイスは無い。見た目年齢は変わらずとも、この十数年で心は幼児退行を覚えたらしくぐしゅぐしゅのべそべそだ。そんな顔の姉さん見たことないよ。やっぱりシルキィはシルキィだ。そして、つられるようにメアリィも腕をぐいぐいと引く。


「メアリィも!マスターに会わなかったら死んでた!サキュバスみたいに危ない魔族、使い魔にしてくれる人なんて誰もいないのに。男の引っかけ方がわからなくて餓死寸前だったメアリィを助けてくれて、おまけに契約してくれるなんて!」


「だって、あのときメアリィ『契約してよ!』って超しつこかったし……」


「それでも!契約しちゃうなんてとんだお人好しだよ!?ヤダヤダ!マスターみたいな優しいひと他にはいないよぉ!メアリィたちのこと見捨てないでぇ!!」


「「ふぇえええ……!!」」


「あああ……!泣くなよ!頼むから泣かないで……!」


 どうしたらいいか、わからなくなるだろう!?

 そんな俺を庇うように、ブラッディがフォローに入る。


「ふたりとも、女の涙は卑怯だぞ」


「別に好きで泣いているわけじゃありませんわ!?」


「いずれにせよ、我らの我儘で縛るわけにもいくまい。マスター、先程我らに『いなくならないで欲しい』と言ったな?であれば今一度、真の望みを聞かせて貰おうか。言っておくが、シルキィやメアリィのようなマスターにべったりな使い魔を容認するような女子はそうそういない――」


「いや、いる」


「……?」


「ひとりだけ心当たりがあるんだ。使い魔みんなに理解があって、一緒にいても苦にならない人が、ひとりだけ……」


「それは?」


 決意を確かめるような問いかけに、俺は小さく、確かに頷いた。


「アーニャさんだ。俺が今、一番気になっている女性。彼女なら、シルキィたちと無理なくずっと一緒にいられるはずだ。それこそが俺の求める理想の女性で、理想の生活……」


 ぎりぃ……と音がするシルキィの口を、ブラッディはさっと抑える。それを見なかったことにして、俺は深呼吸をした。


「これが最後の戦いになる。俺は、次のデートでアーニャさんに告白する。それでダメなら、もう一生独身でいい」

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