第36話 勇者と聖女と同窓会@魔王城 後編


 『東の魔王を何故殺した?』という問いに勇者のハルはつい俯く。


「俺は……」


「契約者は言っていた筈だ。『魔王にも家族がいる』と。確かに東の魔王は民が崇める神を殺した。それによって東の地が損害を被ったことも否定はできん。しかし、そこで何故復讐に走った?」


 ハルを責め立てるようなブラッディの言葉。だが、ブラッディはハルに怒っているのではない。あのとき閣下を説得できなかった自分自身の後悔と、俺への申し訳なさを噛み潰すように。そして、俺を庇うように――


「答えろ、勇者」


 その問いに、ハルが顔をあげた。


「俺が……勇者だったから」


「?」


「俺が、東の皆の気持ちを背負ってた。もうどうすることもできなかった。魔王を倒すことでしか、あの地の熱は収まらなかったんだ……」


「ハル……」


(そうか、お前も板挟みだったのか。民衆の期待と、勇者としての責任と……)


 俺はそれらを理解したうえで、もう一度だけハルとマヤに頭を下げた。


「……ごめん。直前で抜けたことは申し訳ないと思ってる。けど、俺は魔王の討伐に加わらなかったことを後悔はしていない。俺にとって大切なのは、東の民の無念を晴らすことじゃなかった。俺はブラッディとの、家族との繋がりを選んだんだ。自分の意思で、お前たちを裏切った」


「そんな……!」


「だから許してくれとは言わない。ただ、もし許されるなら……俺はふたりとまた友人になりたい……」


 女々しくも正直にそう口にすると、ハルも俺に頭を下げる。


「ジェラス……お前の助言どおりにできなくてごめん。俺は、勇者として剣を取った。誰かを殺すことに悲しみはあったけど、『民衆のために』って目の前の命を切り捨てて、背負うのを決めたのは俺だ。そんな残酷な決断しかできなかった俺にこんなことを願う資格は無いかもしれないけど。もし許されるなら……また、友達になって欲しい」


 らしくもなく自信のなさそうな右手。

 俺は感謝の気持ちを込めてその手を取った。


「――いいよ。ふたりの結婚式で俺にそう言ってくれたのは……お前の方だっただろう?」


 その様子を見て、ブラッディは纏っていた威圧感を解いた。『ふぅ』とため息を吐くとソファの俺の隣に腰掛ける。


「我の方こそ……過ぎたことを蒸し返すような真似をして悪かった。つい一度問うてみたくてな。許せ、勇者」


 だが、俺にはわかる。ブラッディは俺の為にハルに問うてくれたのだ。俺がパーティから抜けたことは仕方の無かったことだと、その原因の一端が勇者にもあると指摘してくれたのだろう。俺たちが仲直りした姿を見て、満足そうに紅茶に口をつけるブラッディ。


「して、西の宰相?ここまで言えば、契約者が貴様らに与する訳にはいかぬのが理解できたであろう?助力は潔く諦めろ」


 その言葉に、宰相のユウヤは笑った。


「では、こういうのはどうでしょう――?」


      ◇


 結局、俺は冥界との戦線に加わらないことで話には片がついた。

 ハルはどうやらユウヤに恩義があるらしく友人として力を貸すらしいが、東を治める聖女であるマヤも『東は魔王との戦が収束したばかりだから、国の復興が優先』ということで、聖女としての協力は見送りするらしい。まぁ、聖女っていうと国の象徴シンボルみたいなものだから、正しい判断と言えるだろう。


 そこで宰相が俺に提案してきたのが、『ハルのピンチに駆けつける』という妥協案だった。


 宰相にうまいこと乗せられた気はするが、俺は『その際にブラッディとメルティは同行させないこと』を絶対条件としてその妥協案を受け入れた。無論友人のピンチに助けに行くだけなので書面等のやり取りは一切ない。ただの口約束。それでも、宰相は『十分です』と不敵に笑ったのだった。


 それから俺達は宰相に気を遣われて、しばし三人で昔話に花を咲かせた。リリカが伝説の魔女ギルド『ヴァルプルギス』に入ったことや、昔踏破したダンジョンのこと。そんな他愛ない話をしているうちに夕方になり、俺達は西の魔王城を後にした。夕陽に染まる城門前でハルとマヤに手を振る。


「それじゃあ、また」


「ああ!今日は久しぶりに会えて嬉しかったよ!」


「いつでも遊びにきてねジェラス君!美味しい和菓子用意して待っとるから!」


「遊びにって……まぁいいや。気が向いたらな?」


「「つれな~い!」」


 そんな仲良さげな声に口元を綻ばせつつ、俺はそれを隠すように詠唱をして帰宅したのだった。


      ◇


「ただいま~」


 帰ってくると、リビングから漂う夕飯のいい匂い。


「今日はシチュー?」


 その問いに、ぱたぱたと嬉しそうな足音が近づいてくる。


「いいえグラタンですわ!マスタァの好きな、ポテトとマカロニが両方入ったやつですの!」


「おお、いいな。チーズは増し増し?」


「もっちろん!あと少しで焼きあがりますから、ちょっと待っててください。メルティ~!お皿を出してくださいな~!」


「はぁ~い!あ、マスターおかえりなさい!」


「ただいまメルティ。お手伝いしてるのか?偉い偉い」


「えへへっ。メルティもう立派なレディだから!」


「レディって……そういや、メアリィは?」


(確か今日は、アーニャさんとのデートに使えそうな店をチェックしに行ってもらってたはず……)


 以前もメアリィには同様のおつかいを頼んだが、四年も経っていればレストランなんて様変わりしている。それに、何故かメアリィはアーニャさんと面識があって話ができるみたいだし、彼女の好みをそれとなくリサーチしていいお店を探すようにとお願いしていたのだが……

 そんなことを考えていると、ふらふらとへべれけなメアリィが帰宅した。


「たら~いまぁ~!ああ、マスタぁおかえり~!!ねぇ~、今日久しぶりにシてよぉ♡」


「うわ、帰って早々……ヤだよ。俺、今日疲れてるんだから」


 だが、そんな言葉酔っ払いの耳には入らない。玄関の扉も閉めずにむにゅむにゅと胸を顔面に押し付けるサキュバス。ここまで欲求不満なメアリィは久しぶりに見る。てゆーか……


「酒くっさ!!いったい何処行ってきたんだよ!?」


「えぇ~?マスターのお気に入りのバルと、焼き鳥屋と、ジビエのお店でまむし酒飲んじゃったぁ♡えへへ♡」


「『えへへ♡』じゃねぇよ!食い過ぎだろ!?つか、肉ばっか!小洒落なレストランはどうした!?女の子って、彩りサラダと甘いものが好きなんじゃないの!?」


「だってぇ~アーニャが『ジェラスさんの好きなお店に行きたいです』って言うから、どこにしよっかな~って……」


「はぁ!?」


 てかその言い草……


「まさか……本人にどこ行きたいのか聞いたのか!?」


「うん♡」


「ばっか!!それじゃあサプライズにならないじゃん!?そもそも、その情報どういう風に聞き出した!?」


「え~?『アーニャが喜びそうなお店に連れて行きたいらしいから、喜ぶ店を教えろ』って……」



「あ ほ か よ !?」



 俺が好意を抱いているのがバレバレじゃないか!?いや、バレて悪いことないんだけど、自分から言い出せてもいないのにソレってどうなの!?


「アーニャ喜んでたよ~?あいつ、照れると顔真っ赤になるのね!わっかりやす!」


 にやにや。


(あああ……!まさかメアリィがここまでデリカシー無し子とは……!)


 いや、むしろ狙ってやってるのかこいつ!?


「もういい!俺が調べて自分で行くから!」


「ひとりで?レストランに?マスター行けるの?ぼっち飯」


(…………)


 コミュ障の俺にそんなことできるわけがない。


 ひとりで店に入って店員にオーダー?ジャンクな店ならともかく、イイ感じのレストランにぼっちで?颯爽と手を挙げて?無理無理無理。


 だが、こんなときでも俺には頼りになる使い魔がいる。

 そう、最強魔術師ならね。


「シルキィ、明日一緒にレストラン行くぞ」


「わぁ!デートですわね!シルキィ、目一杯おめかししちゃいますわ!ねぇねぇ、明日はどこに行きましょうか、マスタァ?」


 そんな話で盛り上がりながら俺達は楽しく食卓を囲んだ。いつかこの食卓に、アーニャさんが加わってくれることを夢みながら。

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