第35話 勇者と聖女と同窓会@魔王城 前編


 魔王軍の宰相はさすがと言うべきか、仕事が中々に早い男だった。ウチに来てから僅か数日後には日程を調整し、招待状を送ってくるという手際の良さ。まるで予め勇者と聖女の都合を確認してからウチに来たような、そんな予感すらしてくる。

 俺は招待状にて指定された魔王城前座標に転移すると呼び鈴を鳴らそうとして――


「ジェラス!久しぶりだな!」


 背後から声を掛けられた。赤茶の髪を風になびかせた紺の浴衣の勇者と、その隣にちょこんと佇む緋色の和服の聖女に。


「わぁ……!何年ぶりやろ?ほんっと、ジェラス君は昔からこれっぽっちも変わらんねぇ!魔術師ってみんなそうなん?若くて羨ましいわぁ!」


(あ――マヤ……)


「……久しぶり。四年前の結婚式以来、かな……?」


(そっちこそ、何年経っても変わらず綺麗だよ……)


 艶やかな黒髪も目がくりっとして品のいい面差しも、出会った頃のままの美しさ。それに、これっぽっちも変わらない明るくて懐っこい笑顔。思わず心臓がどきりと跳ねた。俺はそれを悟られないように口を開く。


「ふたりともどうして城門前に?てっきり中で待機してるものかと……」


「だってさぁ!どれだけ『ウチに来いよ』って言ってもなかなか来てくれないジェラスが来るっていうから、俺達張り切っちゃって!」


「そわそわして、つい迎えに来てしまったんよねぇ?ふふふ……!」


 ころころと楽しそうに口元を抑えるマヤ。やっぱり、どう足掻いても好きだった。可愛くて可愛くて、ずっと眺めていたい。けど、俺はその気持ちにどこか違和感を感じていた。


 俺は今日、魔王軍の宰相から話を聞くこと以外に目的があった。それは、もう一度マヤに会って『恋心』についての真相を解き明かすこと。


 『恋』と『好き』は同義でも、『一緒にいたい』や『結婚したい』とも同義になりうるのか。それが俺の『問い』だ。


(…………)


「……どうしたん?じぃっと見つめて」


「いや……相変わらず、可愛いなと思って……」


「えっ!?ちょ……イヤやわぁ、照れるやん!?ジェラス君って、そういうこと平気で言うような人やったっけ……??」


「少なくとも、パーティに居た頃は無いな。ちょっと、ジェラス?ひとの奥さんを目の前で口説かないでくれる?」


「いや、そういうつもりじゃないって。なんとなくそう思っただけで……もう言わないよ」


「ジェラスってば最近色んな子とデートしてるらしいから、ちょっと見ない間にタラシになったんじゃないの~?」


「きゃあ!そうなん?タラシなジェラス君って、なんか想像できひんねぇ!」


 脇腹のあたりをぐいぐいと肘でつつく勇者のにやにや顔が懐っこくて、鬱陶しい。


(は~……なんか、わかった気がする)


 俺はきっと、このふわふわとした空気に当てられていたんだと思う。こんな柔らかな中で楽しそうに笑うマヤが好きで、一緒に同じ気持ちを味わいたくて。


(でも、そういうことなら……)


 ――俺は、今度はアーニャさんをこういう空気で包めたらいいなと思う。


 それがわかっただけでも今日は十分だ。俺のこの気持ちは、告白は、きっと間違いじゃない。俺は、どきりと跳ねた胸の痛みをようやく洗い流せた気がしていた。


(うん……やっぱ、来てよかったな)


 俺は『そんなんじゃないって!』とその手を払いのけると、襟を正して城門を開く。


「もう、この話は終わり!いいから行くぞ!」


「「はぁ~い!」」


 仲良く声を揃えて返事するふたりに頬を緩ませつつ、俺は魔王城に足を踏み入れた。


      ◇


 通された客間で俺達を迎えたのは、宰相服に身を包んだ黒髪の少年ユウヤ・キサラギと、彼が仕えていたという元・西の聖女ライラだった。


「皆様、ご足労いただきありがとうございます。今お茶をご用意いたしますので、こちらにおかけください」


「ようこそいらっしゃいました、魔術師様!ハルさんにマヤ様も、お久しぶりです!」


 ウェーブの金髪に蒼い瞳。フリルをあしらった白のワンピースを纏ったこれぞいかにもといった感じの美少女。だが、宰相の腕を胸で挟みこむ勢いで抱き着いて客人である俺達の前であるということも気にせずにイチャつきたがるその様子は、彼が『仕えていた』というにはあまりにも――


「失礼ですが、聖女様はどうしてここに?」


 率直な俺の問いにぴたりと動きを止める聖女ライラ。俺は既視感があるその動きを見て一発で納得した。これは、シルキィが用もないのに何かと構ってくるときの動きに似ている。


「……あ。一緒にいたいだけなのね。宰相君と……」


 そう呟くと、途端に顔を真っ赤にするライラ。『あう……ダメですか?』と上目がちに宰相に許しを乞う姿に、隣に腰掛けていたハルがフォローに入った。


「あはは!ライラちゃんはユウヤ君のことが大好きだからなぁ!まぁまぁ。許してやってよ、ジェラス?」


「ハルがそう言うなら……」


 ホッと胸を撫でおろしたライラに『よかったねぇ?』と笑顔で微笑むマヤ。どうやらふたりが彼らと親しい関係であることは間違いがないようだ。俺がそのことに気付いたのを悟ったのか、宰相もといユウヤはにやりとした笑みを浮かべてティーカップを目の前に差し出す。


「……ご納得、いただけましたか?」


(こいつ……まさかこのためにライラをここへ連れて来たのか?場を和ませて、俺を納得させるために?)


 やはり、あの宰相は中々にキレ者なようだ。仕事が早いのもそうだが、異界出身という割にチート能力をひけらかさない用心深さ。


(はぁ、これだから異界出身は得体が知れない……)


 色々と諦めた俺は作戦を変更することにした。腹の探り合いをやめて正々堂々と質問していくスタンスに切り替える。


「なぁ宰相?お前の能力、俺の魔眼じゃあ全然見えないんだけど?そっちは俺を知っているのに自分のことは教えられないって言うんじゃあ、協力する気になんてなれないとは思わないか?」


「それもそうですね。その点も含めてジェラス様には今一度我々、帝国インソムニアが置かれた状況と戦力についてご説明しておきましょう」


 そうして宰相が語りだしたのは、帝国民を不老にさせる秘薬をめぐる死神界との諍いについてだった。どうやら、ある理由で帝国に与していた死神が所属している冥界とその女王を裏切り、死神特権を利用して帝国民の寿命を延ばしているそうだ。それが女王にバレて大目玉を食らったと。

 このままでは最悪、国民の大勢が一斉に死期を迎えることになるとかなんとか。魔術師の俺からしてみれば『なんてことしてやがる』としか言えないような神の職権乱用も甚だしい、生命の摂理に反した行いだ。無論そんなものに力を貸すわけにはいかなかった。


「理不尽なのは重々承知しております。ご理解くださいとは申し上げられませんが、冥界の女王を討つべくご協力いただけると――」


「で?ユウヤ。あんたは理不尽だとわかっていてこの戦いに力を貸すのか?」


 確かめるように問うと、宰相はこくりと頷いた。


「僕は異邦から迷い込み、この地でライラ様に救われ、仲間と共に西聖女領の繁栄に努めてきました。魔王ベルフェゴールと手を組み魔族との共生を掲げたのも、争いを減らすための政策。この帝国の礎を築いた者として、ただ隠居しているわけにもいかないのですよ」


「へぇ……十七歳とは思えない貫禄だなぁ?若いくせに、責任感はある方なんだ?ブラッディ、どう思う?」


 その声に、足元の影が揺らいで黒髪紅眼の青年が姿をあらわした。ブラッディは勇者のハルを一瞥すると、何事もなかったかのように宰相に向き直る。


「このような話西魔界には浸透していない。おそらく、あくまで地上の戦として割り切られているのだろう。ここで魔界の者として神を相手取ろうものなら、西魔界の女魔王――ベルフェゴール殿の母君に迷惑がかかる。それを承知しての我が契約者への協力要請なのか?」


「…………」


「我は吸血鬼を統べる王、閣下の腹心であるが故、閣下の属する西魔界に不都合を齎すような真似はできん。我らはあくまで女魔王の配下。ベルフェゴール殿の配下ではない。故に、契約者であり眷属であるジェラスがその戦いに参じる許可を与えることもできはしない」


「……だってさ?」


 『諦めろ』という意味を込めて肩をすくめると、やれやれとため息を吐く宰相。これにて協力要請は破談で終了――と思いきや、ハルが話に割って入る。


「ジェラス、ブラッディが西の腹心って……まさか――」


(あ――)


 ハル達には、内緒にしてたんだった。


「お前、だから急に『パーティ抜ける』って!『魔王となんて、戦えるかよ』って……!」


(やべ……)


「いや、俺がパーティを抜けたのは――」


 慌ててフォローしようとするが、もう間に合わない。


「どうしてそう言ってくれなかったんだ!?『魔王と敵対できない』って、正直にそう言ってくれればよかったのに!俺達のどこが悪かったのかなって、もう友達に戻れないのかなって、俺達は――!」


 その切なそうな表情に、俺は頭を下げた。


「ごめん、ハル。黙っててごめん……」


「そうじゃな――俺達は……ジェラスの信用に値するような人間じゃなかったってことなのか?」


「ちがっ……!別にそういう訳じゃない!ただ、こっちにも色々あって、俺が弱くて言い出せなかっただけで!直前になるまで言えなかったのは悪かったと思ってる! けど、お前たちが悪いなんてことは全く――!」


 言いかけていると、その言葉をブラッディが鋭く遮った。


「――何故、殺した?」


「……え?」


「東の魔王を何故殺したと聞いている。契約者は勇者おまえに再三『倒す必要は無い』と進言していたはずだ。憎しみは、新たな憎しみを生むだけ。なのに……何故殺した?」

 

 その問いに、勇者の表情が曇る――

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