第22話 もう一度、会いたい人


 俺はQB再生機構の最奥にある扉に手をかける。

 傍らには十七歳フォルムのメルティ。他の使い魔メンバーは色々あって来れないため、深入りしてメルティに危険が及ぶようであれば即時撤退する構えだ。すでに勇者を相手に一戦がんばった後であるメルティにこれ以上無理をさせるわけにはいかないからな。


「さぁ、勇者が倒したっていう化け狐がどんなもんなのか拝ませて貰おうかな?もし復活しそうだったら倒していいのか?高く売れそう」


「ちょっとぉ!毛皮は『ヴァルプルギス』のものだからね!?」


「そんなこと言われても、先に倒した奴のものだからな?もし俺がリリカより早く討伐したら、毛皮は高値で買い取ってもらう」


「あんた、結構金にがめついとこあるわよね……」


 呆れたように腕を組んで胸をたぷんとさせるリリカに、俺はこともなげに返事する。


「仕方ないだろう?俺はこう見えて一家の大黒柱なんだ。ウチには沢山使い魔がいるから、皆で生活するためにも収支のやりくりには気を付けてるんだよ。じゃないと、家計簿つけてるシルキィに怒られる」


「へぇ……?でも、使い魔って魔力があれば生きていけるじゃない?生活費って?」


「だって、俺だけ美味しいご飯やお菓子を食べてたら皆が羨ましがるだろう?傍に来て『ちょーだい』って毎回ねだられてたら、もう同じ生活すれば?って思うぞ?」


「そうよ?マスターだけいちごのシフォンケーキ食べるなんてずるいんだから!メルティ達も食事を娯楽として楽しむんだもの!そんなのダメ!」


「えっ……それってつまり、あんたの家では使い魔が四六時中杖から出て、その辺闊歩してるってことなの?それこそ人間の家庭で家族が暮らすように?」


「そうだけど?」


 平然と答える俺に、リリカは大きなため息を吐いた。


「あんたってどれだけ底なし魔力なの?そんなことしてたら普通は魔力不足と疲労でどうにかなっちゃうわよ……」


「いや、配分とかも大体わかるし、ずっと外に出てるのはシルキィくらいだしな。家事妖精ならコストはそんなにかからない。それに、魔力循環と継続再生の魔法陣も家の床とベッド下に敷いてるから比較的余裕――」


「だから!その魔法陣を永続で使用するのがどれだけ大変なことなのかって――! ああもう!そういえばあんた天才だったわね。もったいな~い……」


「は?唐突に俺をディスるのはやめろ。いいから毛皮ゲットするぞ」


 きっとそこにはふわふわ毛玉の大きな狐が眠っているんだろうと思いきや、扉を開けると――


「え。何コレ?」


 小さな透明の箱に入った毛束がひとつ。結界に隔離された空間の中に安置してあった。小箱を支える台座には床から伸びる無数の管が繋がれている無機質な物体。そんな様子にメルティが一言――


「ただの毛じゃない?」


「そうだな。毛だな」


「も~うつまんな~い!せっかく狐ちゃんと友達になったよってお兄様に自慢しようと思ったのにぃ!」


「おいメルティ、友達は選べよ?九尾の狐って基本人間を騙くらかしては悦に浸るような奴だってさっき読んだ資料に書いてあったぞ?」


 そんなことを思いつつ俺は床に視線を移した。びっしりと床を埋め尽くさんとする勢いで描かれた魔法陣。蟻の這うようなその文字に、同じく目を凝らすリリカ。


「この術式……九尾を復活させようとしてるの?あたしたちが倒そうとしたのは『殺すと毒石に変化するから』ってマヤが宮中に封印したはずだけど?本体があっちにいるのにどうやって?」


「リリカ、ちゃんと施設内を探索したのか?俺が読んだ『九尾様再生復活の儀 進捗表』にはフェーズ1から9とご神体もそれぞれ9つあるって書いてあったぞ?この術式はフェーズ1。ご神体はナンバー02だ。勇者が封印した奴は9体いるご神体のうちの一体に過ぎない。おそらく02以外のものなんだろう」


「え、うそ。あんたなんでそんな詳しいのよ?」


「だって、魔法陣にそう書いてあるじゃないか」


 しゃがんで床の術式の一部を示すも、リリカは怪訝そうな顔をしている。


「お前それでも魔術師かよ?この術式は『時間歪曲』と『肉体構築』『肉体再生』に『促進』の上昇効果バフが加算されたものだ。結構手が込んでて描くのに手間暇かかってそうだけど――見てわかるだろ?」


「わからないわよ、そんな他人様の術式なんて。あんた、ほんとに天才だったのね?」


 そんなこと言われても『そう書いてある』んだからしょうがないだろう?


 だが、リリカの俺を讃えているのかディスっているのかわからないその視線が幼い頃通った魔術学院の記憶を思い出させる。


 あの頃は大人たちに『神童だ』と褒められる一方で、同級生からは『ジェラスって人に教えるの下手くそだよな』とか『どうしてわからないの?って、それ嫌味?』など、理不尽に文句を言われたものだ。そのせいで俺はクラスメイトとはあんまり仲良くなれなくて、日に日にぼっち属性を極めていった。


 だから俺は学校が終わるといつも真っ先に家に帰った。寄り道したい場所も一緒にする友達もいなかったし、なにより、家に帰れば姉さんが笑顔で出迎えてくれたから。


 『おかえり、ジェラス。今日はどんなことをお勉強したの?』


 姉さんは、俺同様に魔術に秀でた人だった。質のいい魔力を持ち、賢く、優しい。早くに両親を失った俺を女手一つで育ててくれたのも姉さんだ。

 俺は姉さんが大好きだった。俺が魔術に興味を持って詳しくなれたのも、姉さんが毎晩寝る前に魔術書を読み聞かせてくれたからだろう。だから、気が付けば魔法陣を見ただけで術が読めるようになっていた。



 俺は呆れ顔で魔法陣を眺めるリリカの脇にしゃがみ込む。


「この術式だと、あの毛束に残る九尾の細胞を『時間歪曲』で時間停止させて死なないように保持し、『再生・構築』で復活するための肉体を育てようって話なんだろうが、それだといくら時間があっても足りないぞ?どうやってカバーを――それであの魔術師標本ってわけか?」


「あ~あ!それにしても空振りだったわねぇ、九尾。どうしようかしら?腹いせに魔法陣壊して帰る?」


 そんなことをリリカに呼びかけられたが、俺はオタクなので目の前の魔法陣についつい興味が沸いてしまう。


「そもそもこの長さの式を物理的に描こうとする選択が間違いだ。俺なら文脈を略式詠唱に切り替えて、多少荒っぽくても速さを重視するな。ある程度身体が再生してきたら追加スペルで術式を方針転換。最終段階で美しく再生するように直接手を加えれば、もっと効率的に――」


「ほう?それは良いことを聞きました」


 ぶつくさと呟く俺の背後に、白い着物の妖狐が忍び立つ。しゃがんであくびをしていたメルティが一瞬にして俺を庇うようにして立ちはだかった。


「誰っ!?」


「チッ。長居しすぎたか……」


 一瞬にして緊張感に包まれる最奥の実験室。

 だが、次の瞬間。妖狐は俺に向かって正座しだしたのだ。


「ああ、どうか警戒を解いておくんなまし。旦那様」


「だ、だんなさま……!だと!?」


 俺はそういう『和風奥様』なムーブに弱いんだ!


 思わず動揺する俺に畳みかけるように、妖狐は微笑む。


「旦那様がいてくだされば我らの悲願は叶ったも同然。どうかウチらにお手を貸してはくださいませんか?ウチらはただもう一度、お慕いする九尾様に会いたいだけなんです……」


 さめざめと泣き出す妖狐に『そんなん騙されるわけないでしょ?』と一蹴するリリカ。だが、俺の心臓はばくばくとイヤな音が止まらない!


(『ただもう一度会いたい』なんて言われたら……!)


 嫌でも思い出してしまう。

 俺がかつてシルキィを造りだした日のことを。

 禁忌の術を用いて、人間の遺骨を媒介に人造妖精を生み出した日のことを……!


 だが――


「ダメだ。九尾は東に災厄をふりまく存在。そう資料にも書いてあった……」


「でも、ウチらにとっては大切なお方だったんどす!」


 俺にとって姉さんがそうであったように。こいつらにとっての九尾様が『もう一度会いたい存在』であるというのなら……!


 俺の中に、様々な想いが渦を巻く。


 幼い俺にとって、姉さんはすべてだった。本当に心の底から大切な人だった。

 だから、どんな犠牲を払ってももう一度会いたかった。

 そして、どんな手を使ってもその仇に裁きを与えたい。

 昔から、今だって。ずっと、ずっと……!


「はぁ、はぁ……」


「マスター?」


 頭では理解している。これは狐の戯言だ。耳を傾ける余地はない。

 でも、それでも俺は――


「……少し、話を聞くだけだ」

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