第3話 いざマッチングデート


 『キューピッド委員会』に登録書を提出して数日後。朝の陽ざしに目を細める俺の腹部を柔らかい感触が襲う。この鬱陶しいくらいの胸の圧迫感は――


「マスター起きて!いっぱいお手紙が来てるよ!」


「はぁ……?」


(手紙なんて貰うような相手なんか俺にいたか?勇者とそのパーティメンバー以外はいない筈。パーティを抜けてからまだ一週間も経っていない。あいつらは魔王退治でそれどころじゃないだろうし、俺への不信感や嫌悪感も拭いきれてないだろうに、いったい誰から……)


 そう思い、眠い目をこすって身を起こすと顔面がふわぽよの物体に埋もれた。


「ひゃっ♡マスターえっち♡」


「ふざけんな、そっちから寄ってきたくせに。ちょっとメアリィ近いって。上から襲い掛かるな、手紙が読めない。どれだけ媚びてもシないから」


「え~!けち~」


「ケチで結構。誰がフラれた直後でそんな気分になれるんだよ……」


「でも、ちゃっかり彼女は探してるじゃん?」


「心の穴を埋める人間は必要だ。俺には身体の栄養よりも心の栄養が不足している」


「はいはい、自己都合乙~」


 俺は腹の上でぷいぷいっと尻尾を振るメアリィをどかし、手紙に目を通す。そこには、俺が提出したマッチング記事を見て『会ってみたい』というデートのお誘いが。


「おお、こんなに……」


 俺って案外モテるのか?


 内心でわくわくしながら封を開けていく。手紙は『キューピッド委員会』が用意しているテンプレートを利用したものから自作の便箋に手書きしたものまで多種多様な形式が存在しているが、書いてある内容は概ね同じだ。


 お相手さんの名前、職業、年収、趣味、その他俺が申込書に記載したのと同様の内容が書いてあり、尚且つ『会いたい』という意思表示のメッセージが添えられている。曰く、『キューピッド委員会』は提出された情報を元に女性に対して男性を斡旋(逆もまた然り)し、デート希望とメッセージを聴取して本人に手紙を書かせたり返信を代行するようだった。


「思ったよりもきちんと仕事をしているな、『キューピッド委員会』は……」


 横からうきうきと覗き込むメアリィも感心したようにこくこくと頷く。


「わ~!さっすがマスター、天才魔術師!お誘いが沢山だね!」


「ははっ。そして最強魔術師だからな」


「元、ね」


「うるさい」


「あ、この子どう?明日会えるって!」


 渡された自己紹介票にはデート可能日に明日の日付が記載してある。通常であればデート可能日は手紙の返事にかかる日数を見込んで長めの期間で設定しておくのが常であるが、よほど自信があるのか明日を定めて場所まであちらの指定済み。その他の予備日も複数候補があげられていて、デートへの並々ならぬ熱意が感じられる。手紙も手製の花柄便箋。


「ふむ……ここまで望まれているような気がするのは嬉しいな」


「あ。マスターご機嫌じゃん?」


「まぁな。まんざらでもなくなってきた」


 メアリィが『ご対面~!』とか言いながら二枚目をめくる。そこにあるのは顔写真。魔術で転写した、『キューピッド委員会』が用意した人相書きよりも数倍質のいいものだ。その魔術の腕もさることながら――


「かわいい……」


 金の巻き毛のお嬢様といった感じの清楚な面差し。バストアップ写真なのでスタイルなどはわからないが、顔だけなら七、八十点といったところか。これで黒髪和服だったら九十点だった。

 ちなみに、俺が相手に求めるのは容姿と性格、魔術に理解があるか否かがほとんどで、収入や家事スキルに関してはどうでもいい。俺と使い魔でどうとでもなるから。


「でしょでしょ!?イイ感じじゃん!」


「よし。速達で返事を送ろう」


 満場一致で、明日のデートが決まった。


      ◇


 翌日。指定された酒場に時刻通りに転移すると、入り口付近に例の女性が佇んでいた。胸もとの大きく開いた蒼いドレスに身を包んだ金髪の美女。遠目に見てもわかる。かなりスタイルがいい。俺はスレンダーな女が好みだが、それはマヤ限定であって普通に巨乳も好きだ。


(一人目からアタリ……?)


 そわそわしつつも声をかける。


「あの、ローザさんですか?」


「まぁジェラス様!来てくださったんですね!お会いできて嬉しいです!」


「それはまぁ、行くとお返事はしましたから」


「でも、ジェラス様は魔術師として名高いお方ですから、まさか本当にお会いできるなんて!わたくしを選んでくださってありがとうございます!さぁ、行きましょう?お酒は大丈夫ですか?」


「はい。人並み程度には」


 にっこりと細められた笑みと組まれた腕に頬を緩ませつつ、酒場に入って食事をする。使い魔以外の女性経験や友人付き合いに疎い俺は久しぶりに会う初対面の人間とどう喋ればいいのか全くわからなかったのだが、そんな心配はどこ吹く風で、ローザさんは共通の趣味である魔術に関する話題から好きな料理など、優しく会話をリードしてくれるのだった。

 どんな受け答えをしたかは正直覚えていない。料理のチョイスも俺の好みに合わせてくれて……


(あ。結構楽しいかも……)


 ただぼんやりとそんな感想だけが頭に浮かぶ。そうしてお酒も三杯目に突入しようとしたところ、不意にふらつきを覚えて俺は席を立った。


「すみません、久しぶりなのに飲み過ぎたようで。少し夜風に当たってきます」


「あら……?お顔の色が優れないようだけれど、大丈夫ですか?」


 ローザさんは心配そうに俺の身体を細腕で一生懸命支えようとしてくれる。身体が接触することに対しても嫌悪感を抱いていないようだ。それどころか、当てられている気すらする。


(なんかいい匂いがする。人間の女の人のあったかくて甘い匂い……)


 今朝メアリィに『そんな気分になれるわけがない』と言ったのに。


「どこか近くに休める場所はないかしら……?あ、あそこ!」


「?」


「……一緒にいきましょう?」


 気づいたら、ホテルに入っていた。


      ◇


 ローザさんに引き摺られるようにして適当な部屋に入り、ベッドに腰を下ろす。さっきから頭がふわふわして身体が熱くて仕方がない。


(人間の女の色香、おそるべし……)


 でもまさか。初回の初日でこんなところに来てしまうとは。ありえない。

 さすがの俺も常識くらいは持ち合わせている。


「あの、すみません。少し休んだら自分で帰りますから、ローザさんもお帰りいただいて大丈夫ですよ?送ってあげられなくて申し訳ないのですが……」


 そう言うと、ローザさんはぴたっと寄り添ってきた。


「どうしてそんな寂しいこと言うの?」


 うるうると見あげる瞳。マヤもよくした上目遣い。俺はその目に弱いんだ。

 思わず頭と胸がぐらつく。


「ちょっと、年若い淑女でしょう?そんなに異性に気安く接触するものではないですよ?」


「ジェラス様なら、いいですよ?」


「え――」


 細い指先が俺の懐に伸びてきて――


(まさか、このまま……?)


 そう思った瞬間。


 ――キィーン……


 脳内に鈴の音の警鐘が鳴り響いた。

 俺の身体に仕掛けた対魔術シールドが、敵性魔術を感知したのだ。


「――ッ!?」


 咄嗟に立ち上がるが、足もとがふらついて頭もまともに働かない!

 ローザさんは妖艶な笑みを湛えたまま俺を見据える。


「ジェラス様?私に全てを見せてくださいませんか?」


「それ、は……俺の脳みその中身ですか?」


「…………」


「俺が記憶している数多の魔導が目的か?」


 俺は、無言のその眼差しから肯定であると理解した。


(そっちがその気なら……!)


 指輪に刻まれた紋章から魔術を引き出し発動させる。


「ローザさん。あなたの全て、見せてもらいましょうか……!」


「晒せ、晒せ。真実を晒せ――【幻影解除ミラージュ・ブレイク】」


 本来の俺であればこの程度の術は指輪のサポートが無くとも無詠唱で発動が可能だが、酔っている今は無理。とにかく、ローザさんにかけられている魔術的シールドを解除させようと術を放ったつもりだったのだが。


「……貴様っ!」


 俺を鋭く睨みつけるローザさんは――


 青いドレスの胸元から垂れきった乳が覗き、目元口元、小皺オンパレード。醜く歪んだソレは歴戦の魔女の顔つきだった。



「ババアじゃねーか!!」



「チッ……大人しく身を委ねていればよかったものを!」


「お前みたいな四十超えたババアに身体なんか預けるかあほ!俺はまだぴちぴちの二十代だぞ!?美魔女でもないのに……ふざけんな!よくも騙してくれたなぁ!」


 怒りで、酔いが吹き飛んだ。

 身体の熱が『もしあのままヤってたら……』という悪寒と共に冷めていく。


「あの媚薬を以てしてもその耐性……並々ならぬ抗魔術・薬物体質だ。脳みそ共々、組織に持ち帰らせてもらう!」


「媚薬……!?道理でだよ!そうでもなければ酒三杯であんなにフラフラしないからな!よくも――!」


「縛れ拘束の鎖!闇の楔を以てこの地に彼の者を縛り給――」


「拘束術っていうのは、こうするんだよ!」


「縛れ。いと賢き蛇影の蠢き――【這い蠢く魔手マッドネス・チェイン昏睡ディープ】!」


 床から怪しげな紋様と共に黒い蛇のような影が這い出し、瞬く間にローザを拘束した。


「高速詠唱か……!なんという速さ――!」


「伊達に伝説の勇者パーティで最強魔術師してないからな。もうやめたけど」


「まさか、こんな――!くっ……!」


 蛇たちは先程までの瑞々しさを失った首に牙を突き立て、深い眠りに引き摺りこんでいく。俺は、ため息を吐いた。


「くそっ。アブナイとこだった……」


(マッチング掲示板か……)


 婚活、マジつらい。


「早く……彼女か嫁、欲しいなぁ……」


 できればあったかくて、優しい人がいい。思いやりがあって俺を愛してくれるなら、この際鬼嫁だっていい。そこに愛さえあるのなら。


「はぁ……帰ろ……」


使い魔シルキィに、お風呂沸かしてもらおう……)


 お湯でもいい。誰か、この俺をあたためてくれ……


 こうして俺の初マッチングデートは戦闘の末、惨敗に終わった。

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