第2話 マッチング掲示板に登録しよう
勇者パーティを抜けた俺には、すべきこともしたいことも特になかった。
この世の真理の探求を行うというのは魔術師界隈では誰もが抱く大志ではあるが、フラれて傷心の俺が急いで手を付ける必要もない。だって、俺くらいの魔術師になれば寿命なんて秘術で常人の何倍も長生きすることができるからだ。
事実、以前の旅路でマヤが神と契約し、その影響で歳を取らなくなったのを機に俺も【延命の秘術】に手を出した。マヤが歳を取らないのに俺だけが歳を取っては色々と釣り合わないことになるから。
(それなのに……)
朝起きて、少しだけ陽ざしを浴びてまた眠る。昼過ぎに起きて食事してまた眠る。そんな自宅で泥のように眠る日々を過ごしていた俺は思い出したように呟いた。
「彼女欲しい……」
こんなとき。『起きて?一緒にお出かけしよう?』って起こしてくれる彼女が。
『天気がいいよ?ほら』って、手を差し伸べてくれる彼女が……
「彼女が欲しい!嫁が欲しい!!」
大きな声をあげて身体を起こすと隣で布団にうずくまっていたメアリィがびっくりして飛び起きる。
「わっ!?マスター起きたの!?」
「メアリィこそ、どうしてベッドに……まさか、俺が寝ている間に勝手に吸精を?」
「そんなつまみ食いみたいなことメアリィしないもん!」
「ええ~?」
半信半疑のまま下半身に視線を向けるが襲われた形跡は無かった。ひとまず胸を撫でおろし、メアリィに向き直る。
「メアリィ。あの広告主から連絡はあったか?」
「えっ?広告?」
「お前が持ってきた、マッチング掲示板の広告主だよ」
尋ねると、メアリィは胸の谷間からよれっとした紙を取り出した。
「ああ『キューピッド委員会』ね!返事来てたよ!シルキィに捨てられないように取っておいたんだ、偉いでしょ!ほら、今週の彼氏募集記事!」
(『キューピッド委員会』?いかがわしい~うさんくせ~……どこかの風俗店みたいな名前だな?)
だが、背に腹は代えられない。俺は黙って目を通す。そこには、様々な種族や職業の女性の『要望』が記載されたプロフィール一覧がびっしりと記載されていた。
「わっ。こんなにいるんだな。マッチング掲示板て……」
「いつの世の中にも飢えてる女子はいるものだよ~?」
「飢えてるって……俺はそういうのはいいんだよ」
「そういうのって……要するにヤレる女じゃなくて、楽しく遊べる子がいいってこと?」
人がせっかく包んだオブラートをこれでもかというくらいにぐっしゃぐしゃの台無しにするメアリィ。だが、指摘自体は当たらずとも遠からず。
「そう。俺は一緒にいて胸があたたかくなるような、心の氷を溶かして花束で埋めてくれるような優しい子を探してるんだよ」
(マヤ、みたいな……)
「うっ……」
思い出しかけていると、メアリィは『うわ~』とか言いながらも背をさする。
「マスター?いったんマヤのことは忘れなよ?新しい恋をするなら前のことはきっぱりすっぱり忘れなきゃ!」
それができたら苦労しないんだよなぁ……
「はぁ、彼女欲しい。何もかも忘れさせてくれる彼女が……」
メアリィは再びため息を吐くと、何を思ったか部屋からふよふよと出ていき羽根ペンを手にして帰ってきた。
「ほら、一緒に丸つけよ?」
「まる……?」
ずずいと目の前に差し出されたのは登録用紙。そこには先日の申し込みよりも詳細な『マッチングを望む彼女』の条件を書くための空白がずらりと並んでいる。
「じゃあ、いっこずつ聞いていくから。ちゃんと答えてね?」
こくり。
「まず、好みの女の子の容貌は?」
「色白黒髪和服美女」
「望む性格は?」
「穏やかで優しくて癒し系な、それでいて包容力があって庇護欲をそそるような女子」
「……好みの属性と得意な技術、求める魔法やスキル」
「光属性、回復魔法」
そこまで言うとメアリィはがばっ!と立ち上がった。
「それ全部マヤじゃん!?本気で探す気あんの!?」
「俺は本気だ!」
「噓つけ!全然マヤのこと忘れる気ないじゃん!?」
「いや、だって……」
好きになった子なんて、マヤが初めてだし……他に思い浮かばないし……
「未練たらたらかよ!?」
「たらたらで悪いかよ!?忘れられないんだから仕方がないだろ!?」
「マスターのバカぁ!フラれたんだから切り替えろって言ってんでしょぉ!?そんなんじゃいつまで経っても元気取り戻せないよ!?」
「バカで結構!天才魔術師ですからぁ!人間性は二の次でいいんだよ!ちょ、ぽかぽか殴るな!お前とじゃれる気分じゃない!」
「そんなんだからフラれるんだぁ!」
「うぐっ……!?」
今のはクリティカルヒットだ……!
「「はぁ……はぁ……」」
ひとしきり本音をぶちまけた俺達は乱れた呼吸を整えながら、紙面に向かう。
「とにかく……!書けるとこから書いていこう」
「うん。なんかすまんな、迷惑かけて」
「それを言うなら心配かけてだよ」
「うん、ごめん」
俺はベッドの上でメアリィの横に正座し、紙面に視線を落とした。自身の年齢、学歴、職業、年収、趣味、習得スキルや魔法、得意属性。そして相手に求めるものなど。数々の質問と選択肢をわかるものから埋めていく。できるだけマヤのことを考えないようにしながら。
「マッチングの目的……?『彼女が欲しい』だけど?」
「そんなの当たり前でしょ?ここで聞かれているのはそうじゃなくて、ただの彼女が欲しいのか、結婚前提な彼女が欲しいのかってこと!」
『ほんとに疎いなぁ!』と腰に手を当てるメアリィ。尻尾をふにふにと揺らし、逆ハート型な先っぽで俺の頬をつつく。これをするときはからかっているときだ。どうやら機嫌は直してもらえたらしい。俺はホッとしながら質問に答える。
「彼女が欲しい目的か。慰めて欲しい、傍にいて欲しい、元気づけて欲しい……?」
「ほらぁ~」
によによとするメアリィを無視し、羽根ペンをひったくる。
「だったら目的は『嫁探し』だな。もしそういう彼女が見つかったらずっと一緒がいいに決まってる」
「お。わかってきたじゃん?」
「相手に望む年収、職業、スキル……種族?」
筆が止まり、思わずメアリィを見る。
助け船が欲しい意図に気が付いたメアリィは口を開いた。
「マスター【延命の秘術】使ったでしょ?だったら人間はやめておきなよ?」
「どうして?」
「絶対先に死なれるから」
「……!?そんなの寂しすぎる!」
「だから人間以外にしなよ?せめて魔女とか賢者。もしくは長命種でエルフとか……サキュバスでもいいよ?」
「え~サキュバス~?」
「メアリィに喧嘩売ってんのぉ!?いくら魔族が未だに人間の敵だからって、ソレは酷くない!?」
「ははは、冗談だって」
「も~う!マスターってば……ほら、続き!」
ぷいっと呆れたようにメアリィはペンをひったくる。種族の欄に『長命種(魔女や賢者も可)』と書き込み、最後に『聖女だと尚良し』と。俺は慌てて羽根ペンを奪い返す。
「もう!忘れろって言ったのはメアリィだろ!?」
二重線でその言葉を消すと胸の中のもやもやが少しだけ晴れた気がした。
驚いた表情で見つめるメアリィに、今できる精一杯の強がりを見せる。
「粘着質な男は嫌われるからさ?」
俺は記入が終わった用紙をメアリィに持たせ、大きく息を吸って吐いた。
「さぁ俺達はここからだ!一緒に新しい恋を探すぞ!そして彼女を手に入れる!」
「ふふっ!探すのはマスターだけでしょぉ?」
「メアリィも登録したら?『キューピッド委員会』、対応エリアに魔界も入ってるし」
「メアリィは、そういうのはいいよぉ……」
「そう?登録料出してあげるよ?」
「別にいい……」
――メアリィには、マスターがいるから……
そのあとの小さな呟きは、久しぶりに元気を取り戻してテンションのあがった俺には聞き取ることができなかった。
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