第4話 喧嘩をしてもサキュバスは結局アレが欲しい


 マッチング掲示板に登録してから週間が過ぎた。その間『マッチングが成立しました!』との連絡を受けては女に会い、会っては別れて逃げ帰る日々。俺は自分の心を映したように荒れ果てた部屋の中で、辛抱たまらず声をあげた。


「ああもう!女ってのは、どいつもこいつも!どうして!」


「ま、マスター!?」


 声を聞きつけた使い魔、サキュバスのメアリィが床に転がった杖からぽやっと姿をあらわす。羽根をぱたぱた、尻尾をフリフリしながら心配そうに俺を覗き込んでくれるのは可愛いし、ありがたいが――


「そういう目線は!うんざりなんだよぉ!!」


「ぴえっ!?」


「谷間を! たぷたぷ! 見せびらかすな!!」


「ええ~??」


 思わず八つ当たりしてしまう。


「あのな!?俺は欲を処理できる女が欲しいんじゃないんだよ!『彼女』が欲しいんだ!家に帰ったら柔らかな笑みを浮かべて待っててくれて、寒くて震える夜は傍に来てそっと抱きしめてくれるような、清楚系で可愛い彼女が欲しいんだよぉ!!」


 だからあの、お姫様な聖女のマヤが大好きだったんだ!和服が似合うヤマトナデシコ!それまで会ったことのないような、包容力があって庇護欲をそそる女子!!


「なのに!マッチングする奴らはどいつもこいつも金目当て!最強魔術師の俺を捕まえて玉の輿を狙いやがって!富!?権力!?そんなもので俺の何が満たされるって言うんだ!!」


「うわわ、今日はいつもの三倍荒れてるねぇ?こないだの子、そんなダメだった?」


「ダメも何も!会って早々媚薬を盛られてホテルに連れ込まれたわ!!ふざけんな!事後る前に我に返ったから良かったが、取り返しがつかないことになっていたら責任を取らされるところだったんだぞ!?あの魔女め……!」


「あちゃ~ご愁傷様ぁ~」


「大体、会ってみたら顔が紹介記事に載ってる写真と全然違うし、出会い頭に化粧の幻術解除するとキレだすし!」


「うわっ、女子のすっぴんを衆目に晒すなんてサイテー」


「そもそも付き合い出したらすっぴんなんてすぐ見ることになるのにどうしてそんなに真実を偽るんだ?化粧なんてマナー程度のナチュラルメイクで十分だろう?」


「うえ~。これだから魔術師の男は。『真実真実』って……世の理を理解する前に、少しでも可愛く見られたい女心をわかりなよ。てか、そんなにパネマジ嫌なら魔女やめれば?」


「かといって趣味が合わない女はイヤだ。付き合う上でも共に暮らす上でも魔術師や使い魔に対する理解は必須条件だし。だからどうしても魔女が多くなる。むぅ……」


「魔女はだめ、かぁ……」


 メアリィは床に散らばったマッチング希望用紙の控えをぴらっと拾い上げる。


「エルフはどうだったの?」


「魔力目当て」


「賢者は?」


「組織勧誘目的。『共に来れば幹部として迎え入れましょう』だって。俺が集団行動苦手なの知ってるだろぉ?パーティインなんて二度とするか」


 かつて東で最強と謳われた勇者パーティの最強魔術師である俺が抜けた話はとっくの昔に広まっていた。以来、スカウトマンが自宅に押し掛けては昼夜を問わずにピンポンピンポン。我慢が限界を迎えた俺は結界を張って自宅に引きこもり、籠城している。家から出るのは深夜の月光浴とマッチング相手に会うときだけだ。そうなると、俺に付け入る隙はマッチングしかないわけで。


「くそっ……こんなことなら偽名で登録するべきだった」


「虚偽の登録は罰則対象だよ?」


「今からでも遅くはない。登録先を変えるか?」


「てゆーか、マスターの場合いくら偽名を使ったところでスキルと収入で即バレだよ?」


「でも、低く見積もれば対等に会話できる女には会えない。今までの感じからするに、相手の知能と魔術に関する精通ぶりは一貫して高水準だったからな」


「へぇ~。案外ちゃんとマッチングしてるじゃん!」


「ナメていたよ、『キューピッド委員会』。だが……」


 連戦連敗。

 俺の望むような相手には未だ出会えていない。


「望む種族を変えるべきか?長命種にこだわらず、もっと門戸を広く――」


「でも、それだとマスターより先に死なれちゃうよ?」


「後を追って自殺すればいいだろう?なにも寂しい中で長い年月を過ごすこともない。俺はこう見えて一途(執念深いだけ)なんだ、再婚なんてしないだろうしな。今はそれよりマッチングを――」


 言いかけていると、メアリィが急に声を荒げる。


「ダメ!!自殺するなんて冗談でも言っちゃダメ!残された使い魔メアリィたちはどうすればいいの!?」


「新しい主を探せばいいだろう?」


「はぁっ!?他の人って……マスターの冷血漢!一生独身でいろ!!」


 それだけ言うとメアリィはひらりと身を翻して窓から飛び出した。


「バーカバーカ!マスターのあほんだらぁああ!!」


「言葉がはしたないぞメアリィ!戻れ!外は危険だ!!」


 だが。コウモリ羽をパタつかせて飛んでいったメアリィに俺の声は届かない。


「あンの……おバカ!」


 俺は転がった杖を手に自宅を出て後を追った。想像通りと言うべきか、結界の解除ポイントに到着する直前、激しい火花が上空で散る。


「みぎゃあ……!!」


「ああ、言わんこっちゃない……!」


 俺は急いで対魔結界を解除し、メアリィが落下した方へと向かう。


「メアリィ、大丈夫か?」


「マスターの結界ひゃばい。力抜ける……」


「本来なら魔力不足で意識を失うレベルの結界なんだが……さすがは俺の使い魔」


「えへ♡褒められたぁ♡」


「呆れてんだよ」


 俺はヘタれてくったりと身を寄せるメアリィに杖を差し出す。


「夜まで寝ていなさい。ほら、杖におさまって」


「やだぁ。メアリィもの足りない……マスター、シてよ?」


「自業自得だろ?働かざる者食うべからず。戦闘もしていないのに吸精させてあげるほど、俺の魔力は安くない」


「ケチ~。マスターが早く元気になるようにマッチングに協力してあげてるのに~」


「ぐ……」


 それは確かに。


 その件に関して、メアリィは功績をあげているとも言えなくはない。

 人とのコミュニケーションが苦手な俺が数週間という間に複数の女とマッチングできているのは、メアリィの助けがあってのものだ。メアリィは常日頃郵便受けをこまめに確認し、返事がまだのマッチング打診があれば促し、場合によっては内容如何に関しても『もっと気の利いたこと書けないのぉ?』と助言してくれる。そういった労をねぎらい、きちんと評価するのもマスターとしての甲斐性か……


「仕方ない……今日だけだぞ?」


「わ~い!」


「あと、空になるまで搾り取るのはやめてくれ。数日ダメ人間になるから」


「ちぇ~。ねぇ、マスター?」


「なに?」


「あんなこと、もう言わないでね?メアリィさみしいよ」


「うん、俺が悪かったよ。ごめん」


 その答えに、満足げに微笑むメアリィ。俺は楽しそうなその横顔を眺め、数日ぶりに胸いっぱいに吸い込んだ風の匂いを心地いいと――そう、感じていたのだった。

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