第38話 昔馴染み
デート当日。結局シルキィとメアリィの勧めもあって、俺はアーニャさんを行きつけのバルに誘うことにした。そこは俺が収入の安定しない学生の頃から足を運んでいた店で、店主のおやじとは顔なじみ、所謂お気に入りだ。
「アーニャさんに気に入ってもらえるかどうかわからないけど、味は保証するよ。店主は気さくなおやじで、俺とは昔からの知り合いなんだ」
そんな説明にわくわくと視線を左右させるアーニャさん。
「わぁ楽しみです!おやじさんも、もちろんお料理も!」
「こんな薄暗い裏通り女の子はあんまり来ないだろうけど、俺は店のがらんとしていて落ち着ける雰囲気が好きなんだ。一時期は『最強魔術師御用達』とかいって雑誌に載って繫盛してたみたいだけど、今ではまぁ……こんな感じだ」
指差したのは、少しさびれた雰囲気のこじんまりとした店『ねこのひげおやじ』。予約なんかしなくても店は確実に空いている。俺はその古びた扉を開けて中に入った。
「二名なんだけど、あいてる?」
その声に、カウンターでグラスを拭いていたハゲ気味でちょび髭のおやじがこちらを向く。屈強な肉体に小さめの老眼鏡。むちっとした猫柄のTシャツが愛らしい『おやじ』。
「おう!ジェラスじゃねぇか、久しぶりだな!どうした?また使い魔ちゃんが風邪でもひいたか?スープをテイクアウトするなら、今日はほかほかミネストローネ――」
「いや、シルキィなら元気だよ。ありがとう。今日は普通に食べに来た。てゆーか、さっき二名って言ったじゃん?」
「ツレがいたのか、気づかんかったわ!最近耳までガタが来て、歳には敵わねえってもんでよ。にしてもお前……全然老けねぇな?魔術師様ってのはみんなそうなのかい?」
「いや、俺がちょっと特殊なだけ」
(なにせ、【延命の秘術】と【吸血鬼の呪い】の相乗効果で歳とるスピードが常人と段違いに遅いからな……)
「もしできるなら寿命をおやじに分けてあげたいくらいだよ。おやじの飯が食えなくなったら、寂しくて死ぬ」
「がはは!嬉しいこと言ってくれるじゃねぇの!で、今日は誰を連れて――」
背後のアーニャさんを見たおやじの目がきょとんと丸くなる。視線を向けられてどきっと肩を跳ねさせたアーニャさんはロングスカートの裾を握ってぺこりと可愛らしくお辞儀した。
「あの、ジェラスさんの行きつけだとお伺いして……お邪魔します」
「これまためんこい嬢ちゃんだな?なんだ?新しい使い魔か?」
「そういうのじゃないから!アーニャさんは俺の、その、知り合いで……俺が可愛い子連れてたら誰でも使い魔にするなよ!?」
「いやぁ~そりゃお前がめんこい嬢ちゃん連れてたら使い魔だと思うわな。だっておめぇ、友達いねぇだろ?」
「ぐっ……!」
「ああ、いや。パーティに入ったんだっけ?なんだ、聖女ちゃんが可愛いからつい、とかなんとか……それ関係の知り合いか?」
(ぐぅぅ……!次から次へとイタイところを!おやじ、頼むからもう黙ってくれ!)
「パーティは抜けたよ……!少し仕事の話をするから、奥の席借りるぞ」
俺はそれだけ言うと離れの席に腰かけた。奥のソファにアーニャさんを座らせて、メニューを差し出す。
「なんかごめんね?うるさくて……」
「いいえ、そんな!ジェラスさんの新しい一面が知れて、なんだか新鮮です」
そわそわと店内を見回すアーニャさんはきこきこと音を立てる風車のような照明に『わぁ……』と感嘆の息をもらしている。裏通りにある古びたバル。普段カフェなどで外食するような女の子にはきっと珍しいものなのだろう。その様子が彼女が俺より少し年下であるということを思い出させて思わず頬が緩む。
「別にいいよ敬語なんて。歳なんてたしか四つも違わなかったよね?好きに喋って?」
そう言ったものの、アーニャさんは『これが慣れているので』と言って結局丁寧語のまま話すのだった。俺は気を取り直して鞄から大きめの封筒を取り出す。
「今日は来てくれてありがとう。あと、先日は助けていただいてありがとうございました」
ぺこりと頭を下げると、アーニャさんは急いで制止する。
「あわわわ!やめてくださいジェラスさん!私が好きで助けに行っただけなので……!」
「でも本当に助かった。おかげで『アーク』を殲滅できたし、時間跳躍にも巻き込んでしまって本当にごめんなさい。これ、お礼になるかわからないけど『ヴァルプルギス』の資料を持ってきたから」
おずおずと封筒を差し出すと、これまたおずおずと受け取るアーニャさん。大きな瞳の奥から『未知なる存在』に胸を躍らせる姿がいかにも魔女らしくて可愛らしい。
「これが伝説の『ヴァルプルギス』の……あの、開けてもいいですか?」
「もちろん。中に入団契約書が入っているらしいから、もしよければ記載しちゃって。わからないことがあれば、すぐ知り合いに連絡するから」
そうこうしているうちに興味津々のおやじが近づいて来てオーダーを取る。
「なんだ、お仲間かい?俺ぁてっきり彼女かと――」
びくっ!
気のせいか、ふたり分の肩が跳ねた気がした。
俺は平静を装う。
「モヒートとスープ。パテ盛り合わせにいつもの魚のフリット。あとグリーンサラダと……って、勝手に決めてよかった?」
その問いに、こくこくと頷くアーニャさん。
「ジェラスさんのお勧めが食べてみたいので!」
「じゃあ、食事はそんなもので。飲み物はどうする?俺は香りの強いのが好きだから好みが分かれるかも」
「女の子にゃあ果実たっぷりサングリアなんてどうだい?」
「それでお願いします!あ、できれば甘めで……」
もじもじとお願いするその仕草が逐一可愛いと思うのは俺だけか?
一方でおやじは、『任せな!』と快活に笑うとキッチンに引っ込んでいった。注文、調理とすべておやじのワンオペだがそこは問題ない。だって俺達以外に客なんていないから。
「明るくていいおやじさんですね?あの、ジェラスさんがこのお店をお気に入りな理由をもっと聞いてもいいですか?」
「えっと、それは……」
俺は乞われるままに話し出す。俺が初めてこの店に来たのはまだ学生の頃、シルキィが季節性の『妖精風邪』をこじらせて寝込んでいた時だった。
自分では満足に食事も作れない俺は、安くて美味い食事を探して冬の街を彷徨っていた。とはいえコスパのいい人気店は同級生に出くわしたくない俺には敷居が高く、当時『割が良くてアブナめの仕事』に手を付けていた俺は人目を避けるように裏路地をふらついていたところ、この店を見つけた。
店は今のようにガラガラで店員はおやじのみ。俺は案内されるままにカウンターに座って、『ちょっと待ってな。これサービスだ』と言って差し出された温かくて素朴なスープに感動したのがきっかけ。それから、出てくる料理の味付けがどれも家庭的で懐かしく、俺はこの店の常連になった。
初めて来店した日。俺が代金を払って店を出ようとすると、おやじは心配そうに声をかけてきた。
『なんかあったのかい坊主?しょぼくれた猫みたいな顔しやがって』
俺は、ぶっきらぼうなその言葉に思わず言葉をこぼした。
『看病してる子の具合がよくならなくて……でも、特効薬が無いんだ。季節性のもので、時期と性質の問題だから。せめて何か温まるものでも食べさせてあげたいんだけど、この時期はすぐに凍りついて容器が壊れるからってどこもテイクアウトさせてくれなくて。器はこっちで用意するって言ったんだけど、胡散臭い魔術師の言うことなんて誰も信じてくれなくて、俺にはどうにも……』
『だったら、これを持っていきな?』
そう言っておやじが持たせてくれたのは、保温瓶に入った温かいスープだった。
『北国の冬は寒い。けど、家族一緒に美味い飯を食えば、元気なんて後から湧いてくるもんだ』
『でも、この瓶高価なものなんじゃ……寒暖差で万一割れたら弁償できな――』
『構わねぇよ!お前さん見たところ魔術学院の生徒だろ?魔術師様ってのはこういった便利な道具の開発が得意と聞いている。もし壊れたら、お前が出世して直せるようになれってこった!がはは!』
「……とまぁ、そんなこんなでおやじには何かと世話になってて」
自分の昔の話をするのは照れ臭い。けれど、アーニャさんはぐいぐいと身を乗り出して聞いてくれた。
「じゃあ、ジェラスさんはシルキィちゃんのために、寒い中お料理を持ち帰らせてくれるお店を探して……」
「そうだね。毎日違う店に足を運んで、頼んでみて。そうやって見つけたのがこの店だ。今ではここの味が恋しくなって通う始末だけど」
「それで、シルキィちゃんの具合は良くなったんですか?」
「うん。不思議なことにね。やっぱり、生き物には魔力以外にも生命に影響を与える要素が沢山あるんだと思う。目に見えない愛情とか?あれからシルキィもすっかりこのお店がお気に入りで――って、ああ、ごめんね?俺の話ばかり。しかも、使い魔のことばっか……」
慌ててアーニャさんに話を振ろうとするも、うまい話題が見つからない。だが、アーニャさんはこれ以上ないほど嬉しそうに呟いた。
「私、使い魔の子にやさしくて、仲良く暮らせるジェラスさんが羨ましいです。いや、本当はずっと前から憧れてて……」
「え?」
「私……そんな風に使い魔ちゃんのお話をするジェラスさんが、大好きです」
(え――)
真っ直ぐに俺を見つめる翠の瞳。呆然としていると、ほんのり頬が紅く染まったアーニャさんはもう一度繰り返す。
「私、ジェラスさんが好きです」
「…………」
(どうしよう……)
告る前に、告られちゃったんですけど……!
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