第39話 あたたかい場所


 俺はいつも、誰かのことを羨ましいと思っていた。


 小さな頃は誰にでも優しくてみんなに好かれる姉さんが羨ましかった。

 学校に入って自分がみんなと違うことに気が付くと、まるでヒーローになった心地もしたけれど、根暗な俺はやっぱりヒーローになんてなれなくて。周りが自分を異端児として特別扱いすることに、次第にひねくれていった。


 そんな俺はいつもひとりぼっちで、姉さんを失って初めてのクリスマスは家族と楽しそうに暮らしている人間がとてつもなく輝いて見えた。そういう想いをこじらせて、遂には禁忌の術にすら手を染めたりもした。


 大きくなるにつれて普通に人と関われる人間を羨ましいと思うようになり、街に出るついでにギルドの掲示板をぼーっと眺めることもあった。でも、姉さんを殺されたこともあって人間が信用できなかった俺はギルドに所属する勇気が出なくて。俺は、そんな日陰から俺を連れ出してくれた明るい勇者に憧れた。その隣で笑顔を咲かせる聖女に憧れた。


 そうして、誰かを羨むことしかできないでいた俺に、彼女は憧れているという。


「あの、それは……どうしてですか?」


 思わずこぼれた言葉に、きょとんと目を丸くするアーニャさん。


「俺なんかの、どこがいいの?」


 本当は、わかってた。

 俺は性格に問題があって、人と仲良くなれない人間だってこと。モテない理由もフラれた理由も、なんとなくわかってる。

 俺はただ、強くて才能があるだけの男で。心の中は空っぽだった。俺は、そんな俺がキライで。だから、彼女の言葉の意味がすぐには理解できなかった。でも、彼女ははっきりと告げた。


「私は昔、ジェラスさんに助けられました。あなたの強さに憧れて追いかけるうちに、本当は誰よりも優しい心を持ったあなたをもっと好きになって。それで、マッチング掲示板に登録して、ここまで追いかけてきたんです」


「え、追いかけ……?」


「はい。黙っていてすみませんでした。もう、嘘はつきません。逃げもしません、隠れもしません。私は……ジェラスさんが好きです」


(……!)


 告られた。完全に完璧に告られた。


 俺は今日、アーニャさんに告るつもりで意気込んで来たのに!

 さっきからタイミングを見計らって、心臓がドキドキバクバク鳴りっぱなしだったのに――!先を!越された!


(あああ!最後まで女々しい男だな!!)


 でも、せめて最後に一矢報いたい。

 彼女の想いに報いたい。

 俺に足りなくて、勇者や彼女にあるもの。それは――


 俺は深呼吸をしてまっすぐな瞳を見つめ返す。


(この言葉だけは、先を越されちゃいけない……!)


「俺も……嬉しいです。アーニャさん、俺と付き合ってくれませんか?」


「え?」


「今日、本当はアーニャさんに告白するつもりで来たんです。それがまさか先を越されてしまうなんて。本当に、自分の意気地のなさが恥ずかしい」


「えっ、えっ?」


「正直に言いますね。アーニャさんと一緒にいると、俺は楽しいです。だから、これからも一緒にいたいと思っていて。そこに理由なんて無くて、巧く説明できないのが申し訳ないんですけど、だから、この気持ちが間違いないものだって証明するためにも、是非お付き合いしていただければと――」


 俺の男気は、はじめの一呼吸を最後に消失した。どこまでも情けない奴だ。

 だが、そんなたどたどしい俺の言葉にアーニャさんは半泣きみたいな顔で頷いてくれたのだった。


「私でよければ、喜んで……!」


 ぎゅうっと握られる両手が温かい。あたたかくて、やさしくて。そこにいるだけで心が満たされていくような――


(俺に足りなかったものは、これか……)


 その日俺は、この世で自分よりも強いものを目にした。

 それは、告白してくれた彼女の勇気。その強さを以て思い切って踏み切れたまっすぐな彼女に、まっすぐに向き合う。そんな『人の想いに素直に応える強さ』が、俺には足りなかったんだと思う。

 それは魔術師らしくもなく、何の根拠もない確信だった。


      ◇


 それから幾日かが過ぎ、朝目を覚ますと、寝起きの頭にキンキンとサキュバスの声が響く。


「おっはよう、マスター!春爛漫、今日は絶好のデート日和だねぇ!デート前におっぱい触っとく?予行演習。ねぇねぇ、いいから触ってよ!」


「要らねぇよ……なにが予行演習だ。俺とアーニャさんはまだそういう関係じゃない。清いの。メアリィと違ってすこぶる清らかなの」


「ツレなぁ~い!メアリィさみし~い!」


 むぎゅう!と顔を包み込む巨乳。最近メアリィのスキンシップに拍車がかかっているような気がするのはおそらく気のせいではない。彼女ができたと報告した途端に増えた使い魔たちの執拗なスキンシップは、メアリィだけに言えたことではなかった。


「おはようございますマスタァ!目覚めはやっぱり愛され系メイド、シルキィの甘いキッスから――って、メアリィ!?ちょっと、マスタァから離れなさいこの色情魔!マスタァが胸圧で窒息死してしまいますわ!」


 ぷはっ!


「げほっ!はぁ、死ぬかと思った……!」


 そんな息を荒げる俺の声を聞いて、メルティが寝室に駆けこんで来る。


「マスター起きたのね!メルティにも血をちょうだい?はい、ちゅう」


 ちゅ♡ かぷかぷ。


「やめっ!メルティ痛い!何回も噛まないで!」


「だってぇ、マスターってば再生力が上がったせいで早く噛まないと傷口が塞がっちゃうんだもの。はむはむ……♡」


 俺はこの混沌とした状況に耐えられずにブラッディを呼び出した。ちなみにセラフィは相変わらずバイトにいそしんでおり、応答がない。いや、正確には返事があったのだが、『そんなハレンチな現場に行ったらセラフィが堕天してしまいます』と一蹴された。呼び出されたブラッディは俺の顔に跨る勢いでちゅー(吸血)するメルティをひょい、とどける。


「こらメルティ。契約者を困らせるでないぞ。こんな朝から……全く、吸血鬼とは思えぬ行動力だ。我は眠いし朝日が鬱陶しいのだが」


「お兄様邪魔しないで!メルティはマスターに構って欲しいんだから!沢山チュウしないと、アーニャに取られちゃうんだから!」


「別にそんなことせずとも取られたりはせん。アーニャは我々の良き理解者だ。きっと今頃どこかの林から我らの様子を写真におさめ……ん?メルティ、それは誰の入れ知恵だ?」


 その声に、サキュバスが窓から飛び出す。


「ほう、逃げるか」


 ブラッディが爪を光らせたのを見て、俺は声をあげた。


「みんな、朝ご飯の時間だぞ!いいから席に着け!!」


「「「はぁ~い」」」


 そうして、俺達は今日も揃って食卓を囲む。温かい食事に、温かい家族。

 そんな俺の午後の予定は、アーニャさんと郊外の散歩デートだ。『ヴァルプルギス』に挨拶しがてら彼女が運営に興味があるというカフェを下見して、菓子屋で買い物をして……


(ああ、楽しみだなぁ。あのカフェのフリフリな制服、アーニャさんに似合うだろうなぁ)


 最強魔術師の俺は、聖女にフラれました。マッチング掲示板に登録して騙されたり色んなこともあったけど、そんな俺を愛し支えてくれたのは、使い魔のみんなに心優しいアーニャさん。そして、他でもない勇者と聖女もそうだった。それに気づいた俺の心は今、誰よりも満たされている。


 いつかこの陽だまりのような気持ちを誰もが抱けるようになったら。そうなれるように、今度こそ大切なひとを守れるように、俺はこれからも最強でいよう。

 春の日差しに包まれて、俺はそう心に誓ったのだった。


      ◇


 デート前、俺は転移して彼女を家まで迎えに行った。呼び鈴を鳴らすと騒がしくなる向こう側。開かれた扉から覗く彼女の笑顔。

 俺は最強魔術師だから、そんな彼女のために花の雨を降らせることも、今この手から百本の薔薇を生み出すことだってできた。でも、今必要なのはそんなものではない。それを彼女が気づかせてくれたんだ。


 ちょっと恥ずかしいけれど、素直な気持ちを隠さずに。

 ほんの少しの勇気を出して俺も笑顔で応える。


「今日はとってもいい日ですね。そんなに嬉しそうなあなたの顔が見れるだなんて」                                   (Fin)



※あとがき

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最強魔術師なのに聖女にフラれたから、パーティ抜けてマッチング掲示板に登録してみた 南川 佐久 @saku-higashinimori

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