第6話 愛しい彼の捨てたゴミ


 〇月×日。晴れ。


 視界良好。魔素濃度、感度良し。対魔術結界、暗視拒絶、気配遮断、完全隠密モード。そしてお昼のお弁当――良し。


「はぁ、お弁当……いつか食べて貰える日が来るのかなぁ?」


 私はため息を吐きながら、簡易椅子に腰かけてマグからコーヒーをすする。


「さて、と――」


 今日も一日、ストーキング開始だ。


 私は既製品を魔術的に改造したお手製のスコープを片手に、窓の中へと目を凝らす。今はお昼の少し前。私の想い人である『彼』は眠い目を擦って起床したところのようだ。


「最近また家から出てこないけど、体調大丈夫かな?魔術師でも運動不足はよくないよ?」


 とは思いつつ、私だって彼がいなければ家からあまり出ない人間だっただろう。魔術師とはそういうものだ。


『マスター!』


(お。早速誰か来た。今日はあの子か……)


 いつものように使い魔に起こされる彼。あのスタイルのいいピンク髪の女の子はサキュバスだ。コウモリ羽をぱたぱたと、彼の手を掴んでベッドから引き摺りだそうとしている。そして、戯れるように見せかけて下半身へと手を伸ばし――


 ベチンッ!


『あいたぁ!』


『朝からどさくさに紛れて何してる!』


『お腹空いたぁ!』


『男ならそこら中に転がってるだろ!?適当に化けてどっかでつまみ食いでもして来い!!』


『でもぉ~!』


『でももへったくれもあるか!ったく……俺は猫用チュールじゃないんだぞ?』


『うえ~ん!』


(怒られ、ちゃった……いいなぁ。仲良さそうで)


 私も、彼とあんな風に仲良く話したい。


 遅く起きた朝はそっと優しく起こして、ふたりであたたかい飲み物を手にリビングで『今日は何をしようか?』って。

 ううん。昼過ぎまで起きないで、いつまでもベッドでうとうとしながらイチャつくのもいいな……


「いいなぁ……はぁ、いいなぁ……」


 ハッ……


 いけない。また妄想してしまった。

 危うく彼からこの次元から、思考が離れるところだった。


 私は再びスコープの先に視線を戻す。すると、部屋の騒ぎを聞きつけたメイドさんがバタバタと部屋に駆け込んできた。


『メアリィ!?貴女はまた許可も無くマスタァにやらしいことをしようと!今日こそは許しません!シルキィが折檻してやります!』


『痛いっ!やめてシルキィ!箒はやめて!叩かないでぇ!』


『うるさいこの色情魔!シルキィの怒りと嫉妬の炎……思い知れ!ほら!ほらぁ!』


 べちんッ! ばちんッ!


『ひゃんっ♡お尻ぺんぺんヤダぁ!』


『おいシルキィ……!尻はやめてやれ。淫魔の商売道具だぞ?顔と胸もダメだ』


『まぁ!マスタァはいつもお優しいですのね!おはようございます♡』


『おはよう……』


(あっ、いいですね。あのやれやれ顔たまりません。下がった眉、ふたりの使い魔に向ける眼差し……優しさ八割増し)


『マスタァ?朝ごはんはトーストとエッグベネディクトでよろしいですか?それとも早めのランチを?』


『皆が食べたのと同じものでいい』


『それでしたらすぐに温め直しますわ。鳥のシチューとサラダ、マスタァのお好きなプディングもお付けしますわね!』


『ありがとうシルキィ』


(はわぁああ……!)


 そのスマイル、プライスレス……!


 シルキィと呼ばれたメイドさんは頭をなでなでされて、にっこにこ。彼の掌から髪を通して魔力を貰い、とっても気持ちが良さそうだ。

 そうして、メイドさんは彼を引き連れて階下のリビングへと下りていった。置いてけぼりのサキュバスちゃんは赤くなったお尻をさすりながら『メアリィも朝ごはん~』と街へと飛んでいく。多分男の子をつまみ食いしに行ったんだろう。


(サキュバスかぁ。強くて賢くて頼りになるんだけど、私女だからなぁ……)


 いくらそれなりに魔道をおさめた優秀な魔術師とはいえ、女である私ではサキュバスに魔力を与えることはできない。かといって男のサキュバス――インキュバスでは、下手に凄いのを引き当ててしまうと魔女の身体の方がもたないと聞いている。男性経験の乏しい私には厳しい使い魔だ。


「はぁ、やっぱりすごいなぁ。かっこいいなぁ……」


 彼の周りにはあの子達以外にも沢山の使い魔がいた。しかも、それらの全てを常に好き勝手に杖から出入りさせている。彼女たちが望むときに、望むままに。


 普通の魔術師であれば、使い魔というのは普段は杖におさめておき、戦闘時などの用がある時に適宜呼び出すのが通例。そうでなければ自分の管理できない範囲で勝手に魔力を消費されてしまうから。しかし、彼はそんなこと気にせず、まるで家族同然に使い魔と生活を共にしている。

 一見なにげない光景に見える彼の朝は、その魔力の量、質、循環計算能力、配分能力、そして使い魔の扱い。どれを取っても天才的だった。そしてなんといっても、彼は使い魔たちから信頼されている素晴らしい魔術師で、純粋な魂を持つ男性だった。


「いいなぁ……」


 できれば私も、あの輪の中に入りたい……


 初めて会ってからその気持ちは募る一方で、彼が勇者のパーティを抜けて地元に戻ってきたと聞いた私は、以来こうして彼を目で追う日々を過ごしている。

 鶏の鳴き声と共に起床し、誰に会うわけでもないのに(うっかり彼に会ったら困るから)身支度を綺麗に整え、いつまでも彼を見られるようにお弁当を持参して、スコープ片手に――


 しかし。そんな生活を繰り返す中で私にも転機が訪れた。

 彼が、マッチング掲示板に登録をしたのだ。


 曰く、彼はパーティ仲間だった聖女に(まったく理解ができないのだけれど)フラれたらしく、その心の空白を埋める為に彼女を探しているのだとか。私はもちろん、すぐさまそのマッチング掲示板に登録した。バカかってくらい正直にありのままの趣味、収入、実物の顔写真を載せて。


(ほんとは魔術でお化粧とか盛りたいんだけどそれじゃあ意味がないし、彼に失礼だから……)


 私はマッチング登録をしたときのことを思い出し、毛先をくるくると弄る。なんの変哲もないこげ茶の髪。マッチング掲示板で確認した彼の好みに合わせて伸ばしてはいるけれど、私の髪質では彼の要望どおりの『黒髪サラサラロングストレート』にはどうやってもならない。

 決して多くは無い収入をやりくりして試しに和服も買ってみたけど、私の体形ではどうにも似合わなかった。だから、これまでどおりの私のまま登録をして……でも、それが功を奏したのか彼と一度だけデートすることができたの。


(アレは夢のような時間だったなぁ……)


 同じ時間、同じ場所で一緒に過ごして、食事して……

 思わず、ストーカーをこじらせて自分で自分に幻術をかけたっけ?って思ったくらい。しかし、結局あれから彼には会えていない。だって緊張し過ぎて連絡先を聞くとかまた会う約束をするとか、それどころじゃなかったんだもん……!


(また会いたいなぁ……)


 いや、こうやってストーキングしてるから頻繁に顔を見てはいるんだけど。


(やっぱお話したいなぁ……)


 だって、どうやっても好きなんだもん。


 私が仕事の合間を縫ってこうして覗いていることに、彼は気が付いていないと思う。それくらい、【隠れ身ハイド】の魔術については勉強をしたから。きっと世界中の誰も本気の私を見つけることはできないだろう。


 魔術学院を首席で卒業した私がエリートパーティに所属することも無くこんな方法で力を行使しているなんて知ったらお父さんもお母さんも卒倒するかもしれないけど、それでも構わない。私の人生は、彼のためにある。

 そして私は彼の為にこそ力をふるいたい。でも、それはきっと彼だって同じ想いだったと思う。恋って、そういうものだから。


「はぁ。つらいよね、ジェラスさん……?」


(お互いつらいよね……?)


 恋、わず、らい……


 ほんと、患ってるよ。病気だよ。


 だから私は、メイドさんが捨てていったゴミ袋を今日もこっそり回収した。


 どんなマッチング打診が捨てられて、どんな子だったら会えるのか、その好みと傾向を研究するために。それに合わせ、自分を磨いてまた会ってもらえるように。ゴミを、漁るんだ。


 我ながらなんという執念。使い魔たちはこんな私を『キモい』とか『恥を知れ』とか言うけれど、もし彼が運命の彼女を見つけてしまったらと思うと、もうなりふり構っていられないの。彼がなりふり構わずマッチング掲示板に縋ったように、私もまたマッチング掲示板に縋るしかない。

 そこで私は、見つけた。


「あれ?これ……」


 白くて綺麗な紙に、金字の刺繍で――


「招待状……?あ。返信用封筒がついてる」


 でも、返事に丸がついてない。出席でもなく、欠席でもなく。


「これ、捨てたらダメなやつじゃない?」


(もし行かないなら、欠席だもんね……)


 このことを彼は知っているのかな?

 もしうっかり間違って、他のマッチング紙束と一緒に捨ててしまったのだとしたら。


「よくない、よね……?」


 私は【浄化クリーン】の魔術でその招待状を綺麗にすると、郵便受けにそっと戻した。


 その一通のゴミが、新たな繋がりをもたらすなんて思いもせずに――

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