第11話 蘇る復讐の魔術師
結論から言うと、俺はハルに何もできなかった。フラれたあの夜は『ちくしょう勇者が何なんだ』なんて考えたこともあった。ああ、あったよ。正直に認める。
マヤのことを想えば想うほどマヤが幸せそうな顔が浮かぶ。でも、その横に居たのはいつもハルだった。悔しいけれど、ハルだったんだ。
だから……
「これで、よかったんだよな……」
深夜の庭先で問いかけるように月を見上げると、影から深淵に響くような声がする。妖しく涼やかで心地いい。それでいて、身を委ねると二度と戻って来れないような……
「どうした?ブラッディ。少し話を聞くくらいならできるから、出てきていいぞ?」
そう答えると、影がぬらりと蠢いて漆黒の外套を纏った吸血鬼が姿をあらわした。
「どうだった、結婚式は?」
「うーん……よかった、かな。うん。行ってよかった。マヤは相変わらずキレイだし、やさしくて……」
「恋しくなったか?」
「……」
「偽りは心を蝕むぞ?」
(なにもかもお見通しってわけか……)
俺は正直に首を縦に振る。
「ああ。可愛かったよ。マヤはやっぱり世界で一番可愛かった」
「欲しくなったか?」
「できるものならね」
「何故しない?契約者は最強の魔術師だ。欲して手に入らないものなど――」
「あるよ。沢山ある」
現に彼女のひとりも満足に手に入れられていない。
それに、俺が本当に欲しいのは笑顔のマヤであって、無理矢理手に入れても意味なんか無いんだ。俺は、間違える前にそれに気が付くことができた。それを気づかせてくれたのは使い魔のみんなだ。
「ありがとうブラッディ。心配してくれたんだな?」
「いいや、我は使い魔として当然のことを――」
「それが嬉しいんだよ。ありがとう」
重ねて礼を述べると、ブラッディは面を食らったような顔をする。
「ふっ、やはり熱が抜けていないようだな?報告が済んだら早めに立ち去ろう」
「お前、俺のことなんだと思ってるの?」
ブラッディは俺のジト目を鮮やかにシカトすると、庭先のテラスに腰掛けて話し出した。
「風邪をおしてでも早めに報告すべきかと思ってな。頼まれていた件だ。契約者を狙う組織に属すると思しき女とのマッチングを、全て完了し終えた」
「へぇ……で、どうだった?」
「最初に尻尾を見せたローザの組織は配下の小組織共々闇に葬った。その後、我が契約者に化けて会った怪しげな女の中にも何名かそういったのがいたので、同様に。しかし、狙いの組織に属する者はいなかった」
「そうか……まぁ、俺の初デートをぶっ壊してくれたローザに復讐できたのはよかったかな」
自嘲気味に笑う俺にブラッディは問いかける。
「マスター、いつまで続けるつもりだ?」
「それはどういう意味?どうせマヤのこと忘れられないんだから、恋人探しは諦めろって?」
「はぐらかすな。復讐だ」
「…………」
静まりかえる夜の空気。これ以上の静寂などありえないはずなのに、吸い込む空気がひりついて、ブラッディが怒っているのがわかる。
だが、俺は――
「やめるつもりはない」
「マスター……!復讐など、お前の心をいたずらに苛ませるだけだぞ……!」
「それでも。俺は復讐をやめない。ブラッディがもう協力できないって言うなら、他の使い魔に頼むだけだ」
「……!」
「安心しろ、メルティを危険に晒すことはないよ。メアリィあたりに少しずつお願いしてみて――」
言いかけると、ブラッディは深いため息を吐いた。
「メアリィに任せるくらいなら、変わらず我が引き受ける。メアリィは実力はともかく、後始末が杜撰だからな……」
「お前ほんと優しいよな?メルティも大切、メアリィも心配。それでいて、こんな俺にまだ協力してくれるんだろう?」
「兄妹を愛しく思う気持ちは我にも理解できる。ただ、それだけだ」
「……ありがとう」
俺はブラッディから返却された紙面に目を通す。それは、俺が用意した魔術組織や結社のブラックリストだった。壊滅を確認し終えた組織には線が引いてあり、一番上に載っているモノにはまだ線が引かれていない。
俺が『あの日』から調査に調査を重ねて作った『復讐のリスト』。
(勇者パーティに入って俺は名声をあげた。だが、いくら目立ったところで直接俺を狙って来る奴はいなかった。きっと俺や勇者のパーティが強すぎたのが原因だ。だが……)
パーティを抜けた途端に奴らは尻尾を出したんだ。
俺がマヤにフラれ、失意のうちにパーティを抜けてマッチング掲示板で彼女を探し始めたら、俺はなんだか間の抜けた奴だと思われたんだろう。ローザのように俺の脳みそや魔術的秘密を手に入れようとする奴らがあらわれた。
通常のものに混じって怪しげなマッチングの誘いがあることに気が付いた俺は、密かにブラッディに頼んでそういう女や組織を潰してもらっていた。無実――シロなら普通にデートしてお帰りいただいて、グレーかクロなら根城を突き止めて壊滅させる。そんな俺の復讐が始まったのは、俺がまだ十二歳の頃だった。
「なぁブラッディ?お前、前に言ったよな?復讐をしても亡くなった者は帰ってこないって……」
「ああ」
「それでも、俺は……」
「わかっている。前に進めないのだろう?想いを遂げるまで」
「……ごめん」
結婚式に行って、マヤへの想いに一旦ケリをつけた。マヤのことはやっぱり可愛いと思うし、一目見たら会いたい気持ちがまたぶり返してきたりもしたけど、自分の中で納得はできたんだ。そうしたら、次のマッチングや新しい恋人探しもがんばろうなんて思えてきて。
だからこそ――
「この想いは、決着をつけるまで、俺の心からいなくならない……」
この胸に灯る復讐の炎は……俺が本当の幸せを手に入れるのに必要の無いものなんだ。
だから、消さないと。
それに、こんな形で気が付くなんて。
俺はどこまでも――
「救いようのない奴だな、我が契約者は」
「……ごめん」
「謝るな。そんな契約者だからこそ、我は手を貸したいと思ったのだ」
「え……?」
首を傾げる俺に、ブラッディはにやりと妖しい笑みを浮かべる。
「我もメルティを殺されたら……同じように炎が身を焼くだろうから」
「…………」
「その苦しみを共に背負うのも、使い魔の役目というもの」
「ブラッディ……」
俺は、励ますようなその眼差しに再び感謝した。
「使い魔の役目、超えてるよ?」
「それがどうした?誇り高き魔族とは常に『したい事をする者』。そして、できる者だ。我が契約者の気持ちを汲みたいと思うことの何が悪い?その意に沿って人間どもを壊滅させるのもひとえに『我のしたい事』。ここまで来たら、利害は一致していよう?」
月下で白い牙を光らせ、くつくつと上下する肩。ブラッディのマスターが俺じゃなくてもっとまともな奴だったなら、彼はそんな悪そうな笑い方をしなかっただろうか。一瞬躊躇する俺にブラッディは問いかけた。
「ここからが新たなはじまりだ。マスター?我に命令を」
「ああ、頼むよブラッディ。俺の姉さんを殺した奴を見つけて――」
この想いに、ケリをつけるんだ。
そうじゃないと俺は――おちおちデートもできないだろう?
にやりと笑みを浮かべる俺に、吸血鬼は囁く。
「そういえば、この間捕えた女が東出身の魔女でな。そいつが興味深いことを言っていた。なにやら東の宮中では、勇者に想いを寄せていた女どもが自暴自棄になって暴れているらしい。要職の男どもを食い荒らしているとかなんとか。結婚が発表された時期から噂には聞いていたが、式が終わった後は尚のこと激化するだろうな」
「東の宮中ってマヤと勇者のいる?こう言っちゃあなんだけど、その程度ならハーレム勇者しょうもねぇなとしか思えないんだけど、それがどうかしたの?」
「この混乱に乗じてリストのグレーにあがっている東界隈の組織を潰すのも一興ではないか?」
「……!」
それをきいた瞬間、俺の中にあったマヤの輝かしい笑顔と姉さんの笑顔が天秤にかけられる。俺は――
姉さんを、選んだ。
(ごめん、マヤ……)
「わかった。この混乱に乗じて東の組織を壊滅させる。協力してくれるな?」
その問いに、主想いな使い魔はゆったりと頷いた。
「イエス、マスター。地獄の果てまで、お供しよう……」
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