第13話 看病イベントと罠
朝、背筋を走る悪寒と共に目を覚ます。天気は心地の良さそうな晴れだというのに頭が熱くて身体が寒くて仕方がない。最後の力を振り絞って免疫強化魔法をかけたというのにその努力も虚しく、俺は再び風邪をひいた。ふと視線を移すと、少しだけ風を取り込むように開けられた窓が。
(あれ……?シルキィが換気してくれたのかな?)
だが、悲しいことにシルキィが姿をあらわしている様子はない。なんだかんだ言って俺が心配だからだろう、杖の中で待機してくれているような気配は感じるが同時に拗ね散らかしているオーラも感じる。リビングから漂うふわっとした卵の匂い。このやさしい匂いは、昔マヤが作ってくれたお粥によく似ているような――
(いったい誰が……?まさかメアリィ?)
だが、そんなはずはない。あいつはどんな料理にも『おいしくなぁ~れ♡』とか言ってチョコレートやらゼリービーンズやらを入れるような奴だから。
不思議に思いながらベッドに身を横たえていると、こつこつという足音と共に匂いが近づいてきた。そろりと開けられたドアから覗き込んできたのはおずおずとした
「……あの、お加減はいかがですか?」
「え――」
「勝手にキッチンをお借りしてすみません。東方で病人食として有名なお粥を作ってみました。味見はしたので、味は大丈夫だと思います。食べられそうですか?」
「どうしてここに……アーニャさんが……?」
問いかけるとアーニャさんはお盆をサイドテーブルに置き、ふわっとしたこげ茶の髪を耳にかけながら近くの椅子に腰かけた。その仕草はどこを取っても遠慮がちで、勝手に上がりこんでしまったことに対して申し訳ないという想いが汲み取れる。
「体調が良くないので治った頃にこちらから改めてデートのお声をかけさせていただきますと、手紙をお出しした筈では……?」
脳内で
「あ、あのっ……!私、具合が悪いと聞いて居ても立っても居られなくって!苦しそうに熱にうなされるジェラスさんを、もう見ていられなかったんですっ!それで――!」
アーニャさんはがばっと椅子から立ち上がると、地面にくっつかんとする勢いで頭を下げる。
「ご、ごめんなさいっ!勝手に押しかけた挙句あまつさえ手料理を召し上がっていただこうなんて!おこがましいですよねっ!?すぐ!すぐに帰りますのでっ!!」
「あ、ちょっと待って!せめてお礼を!リビングにお茶とお菓子があったと思うから――」
言いかけていると、慌てて帰ろうとしていたアーニャさんは床に転がっていた杖につまずいて派手に尻餅をつく。
「ひゃわぁっ……!」
その拍子にめくれ上がる、黒いローブとその下のロングスカート。
(白……)
どうやら下着の趣味まで清楚で慎ましやかなようだ。そこはグッドポイント。しかし今はそんな場合ではない。
「だ、大丈夫ですか!?」
「だだだ!大丈夫ですぅっ……!」
とは言いつつも、差し出された俺の手を掴むか掴まないか悩んでいる手がぶらぶらといたたまれないくらいに不審な動きをしている。顔を真っ赤にしてそんな風にわたわたと慌てるアーニャさんに、俺は思わず吹きだした。
「ふふっ……!なにもそんなに慌てなくても。自宅にふたりきりだからといって取って食べたりしませんよ?そんな体力も度胸も俺には無いですし?」
「いやいや!そんなこと微塵も期待しておりませんでしたから!度胸が無いのは私の方で……!」
「ははっ……!そんなに首を振ったら千切れちゃいますよ?アーニャさん、変わった方ですね?げほっ……!」
「ああ、大丈夫ですかジェラスさん!?」
バタバタと駆け寄ってきたアーニャさんが俺の額に手を当てる。『熱は少し引いてきたみたいですね』とほっとしたような顔。その手がひんやりして、なんだか心地よくて――俺は、アーニャさんに手紙を出した昨日の自分を褒めてやりたくなった。
(やっぱり、アーニャさんを選んでよかったよ……)
「少し咳込んだだけですので。お粥、温かいうちにいただいてもいいですか?」
「あ、はい!どうぞ!」
ベッドに腰掛けてお粥にちびちびと口をつけていると、アーニャさんも近くの椅子に腰かける。その顔はそわそわとしていて心配そうな、嬉しそうな……
(なんだか、心の中が忙しい人だな……)
だが、その心遣いが風邪をひいて弱った心に染みわたっていくのがわかる。
「ありがとうございますアーニャさん。お粥、美味しいです」
「……!」
「でも、これ以上ここにいてはあなたに風邪が移ってしまいます。魔女にとっても風邪は天敵でしょう?お礼とデートのお誘いは必ずさせていただきますので、本日は気を付けてお帰り下さい」
「そ、そうですね……」
なんとなくしょんぼりとしたアーニャさん。俺は足元の杖がバタつきだしたのに焦りを感じながらアーニャさんを玄関先までお送りした。
「アーニャさんのお気持ちとても嬉しかったです。ではまた、後日に――」
「は、はい!こちらこそ勝手に押しかけて、何もできなくてすみません!」
「何もだなんて。お粥、ごちそうさまでした。よければまたいつでもいらしてください。風邪が治った頃にでも……」
ぼんやりとする脳がそれだけでも言えたことに驚きつつアーニャさんを見送り、俺は寝室に戻って再びベッドに身を横たえる。
「はぁ……」
(看病されてしまった……気になっている女の子に……)
こんなのはじめて。
嬉しいような、気恥ずかしいような――
「はぁ……」
(こんな寝間着で、情けない姿を見られてしまった。でも……)
「やさしかったなぁ……」
身体中が寒くて仕方ないはずなのに。心がぽかぽかとしてあったかい。
言いようのないため息ばかりを吐いていると床の杖がバタバタと暴れ出して、メアリィとシルキィが姿をあらわした。
「もうっ!なんなんですのあの女!?!?勝手に上がり込んできてマスタァを看病するなんて!キッチンまで勝手に使って!あそこはシルキィの聖域ですのよっ!?」
「ちょ、ごめんマスター!シルキィを抑えきれなかった!!」
「離してくださいメアリィ!シルキィ、あの女に言ってやりたいことが山ほど……!」
「そんなこと言うくらいなら機嫌直して素直にマスターの看病すればよかったじゃん!?そわそわそわそわ杖の中でご飯待ってる猫みたいにウロウロしちゃってさぁ!こじらせすぎだよシルキィ!」
「なっ――!シルキィはそんなハラペコ猫ちゃんみたいなマネしてませんわ!」
「めっちゃしてたじゃん!?」
「そんな……!それじゃあまるでシルキィがひとりで意地を張っただけみたいじゃありませんか!うわ~ん!マスタァ!」
甘えたい気持ちと心配な気持ちと素直になれない気持ちで大忙しのシルキィに、メアリィはツッコミが追いつかない。かくいう俺も、メアリィと同じ気持ちだった。
(しょうがないなぁ……)
ベッドに横たわる俺にしがみつくシルキィをよいしょとどかしてため息を吐く。
「まぁ、アレだ。ふたりの元気な姿を見てたら、なんか元気でてきたよ……ありがとな?明日にはきっと風邪が治りそうだ。そうしたらどこか買い物でも一緒に行こうか?」
「わ~!行く行く!」
「ダメですわメアリィ!マスタァ!せめて二日は安静になさってくださいな!」
「わかったよ。じゃあ明後日な?」
ふたりの頭を撫でる俺の視界に、ふとローテーブル上に置かれたお弁当が映る。そこには『体調が戻ったら食べてください』という可愛い丸文字の手紙が残されていた。この筆跡は――
「アーニャさん……」
(ほんと、いい子だな……)
しかし、どこか違和感が――
「……あれ?」
(俺、あの子に家の場所教えたことあったっけ……?)
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