第9話 マスターを愛する者の集い その①


 使い魔は主によばれていないとき、杖の中から繋がる空間――自身の居城や自室で生活をしている。他の主を持たない魔族と同様に魔界で生活しているので急に呼び出されると風呂に入っていることなどもあるのだが、軽い身支度であれば居住空間と呼び出し先を繋ぐ杖の中にある空間フリースペースで整えることが可能なのだ。


 そんな中、ミーハーなマスターが『聖剣使いの円卓』を模して作った円形会議場フリースペースでたまに開かれるのが、使い魔による使い魔のための集まり『使い魔緊急会議』である。

 紅茶を片手に使い魔たちが顔を突き合わせる、本日の議題は――


「今日みなさんにお集まりいただいたのは他でもない、マスタァのことですわ?」


 場を仕切るは司会進行、メイドさんのシルキィだ。

 急な呼び出しのため、その場には暇を持て余していたメンバーしか集まっていなかった。そのうちのひとり、サキュバスのメアリィがピンク髪をくるくると弄りながら口を開く。


「てゆーかさ、シルキィが『集まれ~!』っていうときは大体マスターのことじゃん?」


「とか言う割に、サボり魔のメアリィが毎度律義に出席しているところを見ると、契約者の人望も捨てたものではないな?」


「それもこれも、お兄様が築いた功績のおかげよ!」


「ちょっとメルティ?マスタァはブラッディがいてもいなくても素晴らしいお方ですから。兄自慢大会ならよそでやってくださいません?」


「はいはい、シルキィもマスター自慢乙。てかさぁ、ブラッディ的には今一番オトせそうなのはどの子だと思う?」


 面々の毎度のやり取りに呆れたように尻尾をこねくり回すメアリィは、隣に座る吸血鬼にやりと視線を投げた。


「ふむ……現時点ではなんとも。契約者の趣味は些か偏りが過ぎるからな。提示している条件のせいでどうにも魔女が多くなるのに対し、『清楚で可憐な娘がいい』などと、夢物語のような話だ」


「だよねぇ~?」


「メアリィ。貴様わかっていて指摘していないだろう?おちょくっているのか?」


「べっつにぃ~?マスターが彼女欲しいのはわかるけど、あれこれ夢中になってるせいか最近は元気も取り戻してきたし、もはや焦って探す必要もないと思うんだよね?だって、彼女ができたらメアリィたちと遊んでくれなくなるじゃん?」


「それは……!メルティもつまらないかも……」


「メルティがそう言うなら、我も気長に待つとしよう。してシルキィ。要件は?」


 話を振られたシルキィは他三人に視線を投げると、真剣な表情で語りだす。


「では、単刀直入に。マスタァが結婚式に行くそうなのですが……誰がついていきますの?」


「別に。護衛など無くとも平気であろう?ここ数日はスカウトも落ち着いてきた。たまには一人で人間同士の交流に身を委ねる時間も必要なのでは?」


「お兄様の言うとおりよ?シルキィってば相変わらず過保護ねぇ?」


「そうではありませんの!いいからコレを見て!」


 シルキィが懐から取り出したのは一枚の招待状だった。その白くて美しい手紙を見て、ブラッディの表情が曇る。


「……魔術の痕跡があるな。勇者でも聖女でも、無論契約者のものでもない。我の知らぬ者の気配だ。巧妙に隠しおってからに、特定するのは契約者ジェラスレベルの魔術師でもなければ……」


「やっぱり。この招待状、捨てたと思っていたのに翌日郵便受けにまた入っていましたのよ……」


「こわっ!返事出すまで捨てられないとか、呪いの手紙じゃん!?てか、シルキィそれ捨てたの?マスター、そういうの『行きたくない』とかいいつつ後生大事に取っておく派でしょ?」


 その問いかけに、シルキィの瞳の光彩が赤になりかけ――


「「「サイテー」」」


 三人は口を揃えた。


「いくらお世話係でも、人のものを勝手に捨てるのはダメだよシルキィ!」


「そうやってこないだもメルティのお気に入りのぬいぐるみを捨てたわよね!よくも!」


「だって!いつまでも床に転がしっぱなしだから、要らないのかなって!お掃除のとき邪魔なんですのよ!?」


「一声かけてよぉ!」


「かけましたわ!もう四回も!無視したのはメルティでしょう!?いい歳のレディなのだからお片付けくらい自分でしなさいな!」


「ふぇ……!うさちゃん……!」


「メルティが泣いてしまったではないか。弁償しろ、シルキィ」


「ちょ、ちょっと待ってください!?今はそれどころではなくて、マスタァの身に何者かの手が迫っていることの方が重要なのではなくて!?」


 思わず声をあげたシルキィの言葉に、一同は沈黙する。

 招待状からは皆の知らない者の気配がしているが、使い魔しかいないこの場ではその者が何のためにどんな術をかけたのかまでは特定できなかった。最年長であるブラッディは手紙を手に取り、解呪を試みる。


「砕け。魔性の理――【解呪カース・ブレイク】」


 しかし――


「ん……?何もかかっていない……?」


「そんなまさか!では、その手紙に悪意は無いとおっしゃるんですの?」


「少なくとも、悪意や害意といったものは無いようだ」


「え~?じゃあ、シルキィが捨てたのを見て『ダメじゃん』って思った人が戻してくれたとか?」


「だが、それはそれで問題だ」


 ぴしゃりと言い放ったブラッディに、面々は首を傾げた。


「どうして?イイ人に拾われただけじゃん?」


「シルキィが捨てたゴミの中身を知る人間が、イイ奴とは思えない」


「ゴミ収集のおじさんは、シルキィが挨拶すると挨拶を返してくれるいい方ですのよ?」


「仮にゴミ袋の中身が見えたとして、顔見知りであるのならどうして直接報告しない?」


「それってまさか――」


 次第に空気が緊張する中、ブラッディは現実を突きつけるように告げる。


「我らが契約者は何者かに狙われていると考えるのが妥当だろう」


「うっそ!なんて命知らずな奴!マスタァに呪詛をかければ最後、六倍になって返ってくるって知らないの!?」


「アレはキツかったよぅ。ハロウィンにイタズラしたメルティはその後一週間お菓子の味がピーマンに感じる呪いをかけられたもの……」


「メルティ。それは可愛い方だ。我は味がバッタになったぞ」


「ちょっと!話を脱線させないでくださいな!今はマスタァに誰が付くかを決めるのが先でしょう!?」


 バンッ!と円卓を叩くシルキィはため息交じりにブラッディに視線を送る。


「ブラッディ、頼めませんこと?本当はシルキィが傍でお守りしたいのですけれど、何かあっては困ります。悔しいけれど、戦闘においては貴方が一番頼りに――」


「であればこそ、我が家を空けるわけにはいかないな」


「へっ?なんで?ブラッディでいいじゃん?」


 一同の困惑顔に、ブラッディはため息を吐く。


「よく考えてみろ。その手紙に術を施した者はこの家の存在を知っていて、尚且つゴミを透視できるか中身を漁るような奴なのだ。契約者が結婚式に行って留守の間に屋敷に罠でも仕掛けられたらどうする?」


「「「……!」」」


「このことを契約者に知らせるつもりは無いのだろう?シルキィ?」


 その問いに、こくりと頷く蒼の瞳。


「ええ。今のマスタァはただでさえ失恋で傷心していらっしゃいますもの。これ以上ストレスをかけたくありませんわ」


「ならば、屋敷の留守は我とメルティで守ろう。術を施そうものなら地の果てまでも追い詰めて、串刺しにしてくれるわ」


「助かりますわ。シルキィも家事妖精ですから、家を離れるわけには……」


 ちらりと向く視線の先には自慢げに胸をたゆませるサキュバスがいた。


「ふふん!このナイトメア・メアリィにまっかせなさ~い!」


「メアリィ大丈夫なの?メアリィの専門は色仕掛けでしょう?」


「失礼しちゃうわね!?戦闘もできますぅ~っ!少なくともメルティよりはヤれます~っ!文句ならカップがEを超えてから言いなさいよ?」


「ぴえっ……!メアリィのいじわる!」


「……不安しかありませんわ」


「よりにもよって結婚式にサキュバスを同行させるなど。いくら魔術師が性格に難ありと広く認知されているとはいえ、契約者の常識の無さが露呈しかねん。祝い事におけるTPOは特にわきまえるべきだ。いいか、メアリィ?冠婚葬祭の場における淫魔はマナー的に禁忌タブーとされている。不用意に姿をあらわすな。絶対に新郎とその友人に手を出すんじゃないぞ?」


「え~?てゆーかソレ、メアリィのせいじゃなくな~い?結婚式に美味しそうな男が多いのがいけない――」


「 お だ ま り な さ い 」


 円卓を包む、どうしようもない感満載の空気。

 シルキィは深くため息を吐くと立ち上がった。


「メアリィだけではやらかしかねません。あの方にお戻りいただくよう、説得して参ります」


「誰よ~?」


「貴女のせいで出稼ぎに行ったきり帰ってこない、メアリィとは犬猿の仲の……天使、セラフィですわ」

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