第16話 最強魔術師は黒髪美人に弱かった


 ある晴れた日の朝。風邪もすっかり治って頭がすっきりとした俺は意気揚々と日課である手紙のチェックを行っていた。マッチング掲示板に登録してから早数か月。デート誘いやそれらに混じる罠もそれなりの落ち着きをみせ、手紙の量も丁度いいものになっている。


「ふむ、今日はどうするかな……」


(アーニャさんに再デートの誘いは昨日出したし、良さそうなレストランのチョイスもメアリィに相談してある。かといってまだお付き合いを始めたわけでも無いし、もう少し他の人も――)


 回数をこなして慣れてきたせいか、俺は打診を見極める能力が向上していた。数ある手紙の中から会ってみようと返事を送る女の子のポイントは三点。可愛いこと、魔術に理解があること、性格がキツくないこと。それがクリアできていれば問題ない。そう。俺はもう聖女マヤ並みの女子を追い求めるのはやめたんだ。


「俺も大人になったなぁ」


 しみじみ呟いていると、ふとある手紙に目を奪われる。そこに写っていたのは黒髪和服な美人さんだった。にっこりと微笑む、俺より少し年下の美少女。そのあどけなさとちょっと気崩した和服の襟元の優美さが絶妙だ。


 見た目的にどストライク。


 そわそわしながら趣味の欄に目を通す。


(趣味はお裁縫、蹴鞠、魔法……好きなタイプ、大人しい人!?)


「キタキタ……!」


「なに~?テンション高いねぇマスター?魔力がうきうきしてる~」


「メアリィ!見てくれよこれ!」


 俺的今世紀最大のマッチング打診を見せると、楽しげに覗き込むメアリィの顔が一瞬で曇った。


「罠じゃん?」


「だとしても!一度会ってみる価値はあるかと!大丈夫、自衛くらいできるって! 何のための最強魔術師だよ!」


「そうは言っても、ここまであからさまだと向こうも罠には相当自信があるようだな」


 俺の影からぬらりと出てきてはふむふむと覗き込むブラッディ。


「ブラッディまで何言ってんだよ……」


 賛成してくれるひと、いないの?


 『マスタァ、ブレックファストですわ~♪』と扉を開いたシルキィに救済を求める。


「なぁ、シルキィはどう思――」


 俺は、可憐な家事妖精が鬼に変わる瞬間を見た。


「ほんっとに未練がましいですわね、マスタァ!おまけに節操もないですわ!そもそも、いい加減『こういう子がいい』っていう条件を定めたらどうですの!?」


 マスター全肯定系メイドさんのシルキィが味方してくれない!つらい!

 てゆーか。


「条件ならちゃんと定めてるよ!俺なりに!」


「ほう?その割には性懲りもなく目移りしているようだが?」


 呆れたように手紙を覗き込むブラッディ。今までこの手の話にはノッてこなかったのに、今日はやけに積極的だ。


「そういえば、例の彼女はどうした?おずおずとした物言いが庇護欲をそそる、契約者の好みの女子がいたであろう?あの、看病に来た――」


 その問いかけに、少しだけ顔が赤くなる。


「アーニャさんは、確かに好き……だよ。ちゃんと二回目のデートにも誘ったしさ」


「ほう!では、他の者など探さなくとも――」


「でも、現段階でひとりに絞るのはやっぱリスクが高いって。またフラれたらどうすんだよ……」


 そう言うと、目に見えてしょんぼりとするブラッディ。


「失恋か。傷は浅くないようだな……契約者がどんな決断を下そうと我は見守るつおもりだが、誠意に欠ける行いだけはするでないぞ?」


 そう言うと、ブラッディは足元の影に姿を消した。


「あ、ちょっとブラッディ!?なんでお前がそんなにしょぼくれてんだよ!?意味わからな――」


 その言葉を遮るように、メアリィが口を開く。


「で?マスター結局その子と会うの?絶対罠だと思うけど?」


 視線を落とすと、黒髪美人と目が合った。


曜子ようこちゃん、か……」


 でれ、でれ……


「うわ、こいつ絶対行くわ」


 回数をこなして無駄にマッチングに慣れてきた俺は、自覚があるレベルで結構調子に乗っていた。


(まぁ、指定されたデート場所の東方には『例の結社』もあるしな。下調べする目的も兼ねれば無駄足にはならんだろ。それに――)


 視線の先には、手紙に記載された曜子ちゃんからのメッセージが。


 『ウチと一緒に、お座敷遊びを楽しんでみませんか?』

 

(お座敷遊びか。したことないんだよな)


 未知の体験。魔術師という存在はそういう目新しいモノにめっぽう弱かった。


 そわそわ。


 そうして送られる速達の返事。


 このとき俺は自覚していなかった。皆の『理想』に耳を傾けたとき。無意識にアーニャさんを引き合いに出して、想像していたということを――

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