第26話 愛しい彼の、どちらさまですか?
週末になり、私は久しぶりにのんびりとした気分で朝を迎えていた。
窓際のサボテンがなんだか心地よさそうに太陽を浴びる姿を見ながらベッドの上で大きく伸びをする。
(今日は何しようかな……)
基本的に家にいるのが好きなので、この土日とも特に外出の予定は無い。連休を一歩も外に出ずに過ごす。それは自分の世界に浸れる魅惑の週末だった。
二度寝をしようと布団をかぶり直していると、不意に部屋の扉がノックされる。返事を待たずに開かれるドア。隙間からホットケーキの甘い匂いが漂ってきて……
「マスター、飯」
「スライ、作ってくれたの!?すっごい嬉しい!」
「じゃあ、その『嬉しい気持ち』が今日の俺の飯だ」
「いいよ。これはスライがくれた気持ちだからね」
使い魔のスライはにんまりと笑みを浮かべると、私の首のうしろ辺りからもやもやを取り出してパクっと一口でたいらげた。
「んま~っ!この甘さ、香り、喉越し!やっぱ『喜び』や『感動』は至高だな!」
「はいはい。それは良かったね」
私は最近ジェラスさんみたいになりたくて、スライだけでも外に出して魔力を持続させる訓練をしていた。私と暮らすようになってから、スライは『喜びが食べたいなら自分で作ればいいんじゃね?』という発想に辿り着き、率先して家事をしてくれたり、仕事から帰ると肩を揉んでくれたり。なんやかんやで、ここ数か月はお互いにウィンウィンな関係を築けているように思う。
「ちょっと待ってろ。お礼に美味いホットケーキ持ってきてやるから。今日はなんと三段重ねの窯焼きスフレっぽいやつだ!」
「すごい!こないだ雑誌に載ってた行列のできるスイーツ店のでしょ!?いったいどうやって!?」
「ははん!火加減なんて悪魔にかかればちょちょいのちょいだからな?驚いたか?驚いただろ!その『驚き』も美味そうだから、くれ」
「あっ、そういうことね。いいよ」
「あ~うめぇ……『驚き』はこのパチパチがたまんねぇな。舌がしびれる。イイ意味で」
「ふふっ。なにソレ、変なの」
(でも、そうやってスライが色々楽しませてくれるから、最近は仕事も順調な気がする……)
使い魔との絆ってこうやって一緒に暮らして育んでいくものなんだなって教えてくれたジェラスさんにはやっぱり頭が上がらない。
「はぁ……今日はアルバムの整理でもしようかな?」
(仕事が立て込む前、最後に撮ったベストショットは先々週のだったかな?朝起きて、眠そうなまま使い魔ちゃん達と戯れるジェラスさん。『やめろ』とか言いながらも困ったように微笑む顔と『しょうがないなぁ』ってぎゅうっと抱っこしてあげるあの笑顔。額縁に飾りたい……)
その一言に、スライはうんざりな表情を浮かべた。
「ついに盗撮も始めたのか」
「…………」
「はぁ……別にお前の恋愛なんだから好きにすりゃあいいとは思うが、どうなっても俺は知らないぞ?さぁ、冷めないうちにどーぞ」
「わっ、本当に三段重ねのふわふわだ!すごーい!」
私がにこにことパジャマ姿のままサイドテーブルに置かれたホットケーキに舌鼓をうっていると、不意に玄関で呼び鈴が鳴る。
チリン♪チリン♪
「誰だろう?」
今日は誰とも会う約束はしていない。変な勧誘だと困るし最悪居留守を使おうかと思っていたらスライが出てくれた。
「どちらさまで?」
「――――」
(スライの魔力が揺らいだ?何かあったのかな?)
不思議に思ってドアの隙間から顔だけ覗かせると、玄関先でスライが女の子にキスされていた。
(スライ、彼女いたの!?)
って、そんなわけがない。
だって、キスされているスライは驚きに目を見開いたまま動くことすらできないでいるし、それをどうにかしようと尻尾がバシバシもがいてる。明らかに不測の事態に陥っているようだ。
(いったい何!?)
私がはわはわしていると、玄関先に来ていた十七歳くらいの少女が唇を離す。
「ふふっ♡この程度の悪魔、他愛ないわね。【そこで大人しくしてて】」
スッ……
虚ろな表情で少女に道を譲るスライ。『おっ邪魔しまぁ~す♪』と、人間離れしたナイスバディをたっぷんたっぷん揺らしてあがりこんでくるピンクの髪の美少女。ピタッとして胸元の大きく開いたTシャツに、ダメージの入ったデニムのショートパンツ。私にあんなイケイケの友達なんていないし、同級生なら真っ先に避けて通るようなタイプなのに……!
「あの、どちらさま――」
言い終わることなく後続の女の子があがりこんできた。フリルをあしらった清楚な白のワンピース姿で、世にも綺麗な銀髪を靡かせた蒼い瞳の美少女が。
「あら、随分と散らかっていますのね?本当に年頃の女性がお住まいの家なのかしら?」
何故か私のことをディスりながら、丁寧な所作で部屋の中を見回している!
そうして、その後ろからちょこんと顔を覗かせたのはゴスロリ服を纏った黒い巻き毛の愛らしい幼女だ。
「間違いないわよぉ!だって、この家からマスターの『銀』の匂いがするもの!メルティがマスターの匂いを間違えるわけがないでしょう!?」
「そういえば吸血鬼は『銀』に敏感な種でしたわね。お手柄ですわよ、メルティ?」
にっこりとゴスロリちゃんの頭を撫でるあの優しい表情と瞳には、既視感が――
(なんだか、ジェラスさんに似てる……?)
「はぁ~あ!マッチング記事には住んでる『街』までしか載ってなくて一時はどうなることかと思ったけど、メルティやるじゃん!てか、なんでこの家にマスターの『銀』があるの?」
「まさか……!指輪のプレゼントなんてされていないでしょうねぇ!?プロポーズだってまだだというのに、生意気なんじゃありませんこと!?」
くわっ!とこちらに向き直った女の子。蒼の瞳の奥に燃える炎が、私を捉えて――
「今日はあなたにお話があって参りましたのよ?アーニャさん?」
「えっ。私の名前……」
(てゆーか、さっきから『マスター』って。この子達ひょっとして……!)
「あの、もしかしてジェラスさんの――」
「はい。『マスタァの♡』使い魔ですわ?今日はマスタァに内緒で来ていますの。以後お見知り置きを」
「へぇ~。独身魔女の一人暮らしってこんな感じなんだ?てか、悪魔の男の子侍らせて朝からナニしてたの?」
「あれぇ~?無いわよぉ?マスターの『銀』はどこぉ?」
ウチの中を勝手に漁りだすゴスロリちゃんに、背筋が寒くなるような笑みを向けてくる美少女たち。普段『視ている』ような、ジェラスさんに甘えている姿とはわけが違う、こんな『女』と『敵意』が剥き出しの彼女たちの表情見たことが無い!
(でもその前に……!)
私は固まったまま動かないスライに声をかける。
「スライ、大丈夫?」
「ハッ……!マスターか。なんかヤバイ夢見てた。酒池肉林な夢」
「……朝から何見てるの?」
ひとまずスライの無事を確認して杖に戻し、しどろもどろのまま口を開く。
「それで、私に用って……?」
(私、パジャマ姿のすっぴんなんだけど!?せめて身支度くらい整えたい!)
脱衣所に視線をちらちら向けていると、ジェラスさんに似たメイドちゃんはにっこりと笑っていない目で微笑んだ。
「まずはそのズルズルの寝間着をどうにかして来なさいな?その間にシルキィがお手本になるようなお茶をお淹れしておきますので」
「ちょっと、シルキィ?当たりが強いって。ネガなイメージは良くないよ?もしマスターがその気ならメアリィたちはあの子と仲良くするべきなんだから。今日はその為に来たんだし」
「それ、出会い頭に使い魔を淫夢で封殺したあなたが言いますの?はいはい、わかっていますわ。頭では」
(なんか色々コワイ!)
ひとまず促されるままに身支度を整え、カーディガンとスカートに着替えた私は自分の家なのによそよそしい心地でソファに腰をおろす。メイドさんはそんな私を上から下まで舐め回すように観察すると、何事もなかったかのように丁寧な所作でティーカップを差し出した。
「……粗茶ですが」
ウチの茶葉だけどね?
「ミルクとお砂糖は?」
「あ、いえ。結構です……」
内心それどころじゃないから!
「はい、スプーン要る?」
「ええと、ありがとうメルティちゃん。どっちも入れないから大丈夫――」
って! ソレ!! そのスプーンは……!!
「このスプーン、マスターの匂いがする。ウチのものだから勝手に使ってもいいわよね、シルキィ?」
ゴスロリちゃんの一言に、メイドちゃんの顔色が曇天から雷雲くらいに曇る。
「メルティ……それ、本当ですの?」
「間違いないよ?これはウチのスプーン」
「どうしてウチのスプーンがこの家にありますの?」
(言えるわけがない!思わず持ち去ってしまったうえに、吸血鬼さんに情けをかけられて頂いたお品だなんて!)
俯いたままの私にメイドちゃんはゆっくりと語りかける。
「ねぇアーニャさん?シルキィたちはあなたと仲良くなるためにここまで来たんですの。もしよろしければ、お話を聞かせていただけませんか?」
「話……?」
「はい。あなたが普段どのようなことをしているのかを。その趣味とか、生きがいとか――」
私は再び俯いた。だって――
(言えるわけがない!私の趣味が――)
『あなた達のマスターをストーキングして、その表情を額縁におさめること』だなんて……!
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