第27話 その昔、彼女は魔術師に会っている
『あなたの趣味は何?』といういたって普通の問いかけにフツーに答えられない自分が恥ずかしい。もじもじとしていると、メイドちゃんは不思議そうに首を傾げる。
「何かおかしな質問したかしら?シルキィはただ、マスタァと気が合うというあなたの思考回路を胸に刻んでマスタァとの会話に役立てようと思っただけなのだけれど……?」
その言葉に、私の心臓はびくりと跳ねた。『マスタァと気が合う』という一言に。
「あ、あの……!それって、ジェラスさんがそう仰ってたんですか!?」
「ん~?なんか、マスターは『あそこまで俺の魔術理論についてきた子は初めてだ』って喜んでたよね?」
「うん。デートから帰ってきたとき『楽しかった』って言ってたわよね?メルティ、機嫌がいいのにかこつけてケーキ買ってもらったの覚えてるわ?」
「なにソレ、メアリィ聞いてない!メルティあんた、ひとりで全部食べたわね!?」
「リビングにいないメアリィが悪いも~ん♪」
会話の端々から楽しげなジェラスさんの私生活が垣間見えるのがもうヤバイし、それより何よりジェラスさんが『楽しかった』って……!
ど、どうしよう……!
夢のような時間をいただいたのはこちらの方なのに!
(すっごく嬉しい……!)
顔のによによが止まらない!
「なにニヤけてますの?」
「はうっ!ごめんなさい!」
バレた! 即バレた! 恥ずかしい!
内心で舞い上がっている私に気が付いたのか、メイドちゃんはこれ見よがしなため息を吐くと私に向き直った。
「これはシルキィの思い違いではないとは思うんですけれど。あなた、実は相当マスタァのこと好きでしょう?」
「えっ――!?」
「顔を見ていればわかりますわ?シルキィだって、伊達にマスタァのことを目で足で追う日々を過ごしてはいないんですのよ?だからこそ今日はあなたがどんな方なのかを直接この目で見に来たんですけれど、杞憂でしたわね」
「杞憂……?」
「マスタァを誑かす女狐なようならこの手で屠ろうと思っていましたわ?シルキィ、こう見えて護身術はマスタァに手取り足取り教えていただいてますの。ナイフの扱いならそれなりに覚えがありましてよ?」
(手取り、足取り……)
「……いいなぁ」
――ハッ!
思わず漏れ出た声をおさえる私に構わず、メイドちゃんは席を立つ。
「あれ?シルキィもう帰るの?」
「ええ。思ったより人畜無害そうな方で拍子抜けですわ?大人なのは身体だけ。中身は少女みたいな方なのね?マスタァの話になると途端にデレデレしちゃって……イヤラシイですわ?」
「ちょっと~それ褒めてるつもり?『安心した』って言えばいいのに、素直じゃないなぁ?それより、あのことは言わなくていいの?」
「……あのこと?」
思わず聞き返すと、サキュバスちゃんは口を開こうとして――
「だから、『三日に一回はマスタァを返してくださいね条やく――』」
「メアリィ!!」
メイドちゃんに口を塞がれた。『言い過ぎですわ!』と真っ赤になって怒るメイドちゃんは私にきっ!と向き直るとすたすたと目の前に寄ってくる。
「いいですか?あなたが今後マスタァとどのように親睦を深めようと、シルキィたちの方が先輩なんですからね?ず~っと前からマスタァと一緒だったんですからね?どれだけ仲良くなろうとマスタァは誰のものにもなりません!マスタァのものなんですからね!?」
うるうるとした瞳に、赤く染まった頬。
(ええと。これはヤキモチなのかな……?)
でも、その精一杯な表情からジェラスさんのことが大好きなんだなって気持ちが伝わってくる。私はその、少女のような外見相応の愛らしさに思わず顔を綻ばせた。
「わかってますよ?ジェラスさんはジェラスさんのものです。その存在も魂も。私がどれほど仲良くなろうと、それらを汚すことは私自身が一番、許しませんから」
「……なら、いいですわ」
ぷいっと顔を逸らすメイドちゃんに、私はそっと声をかける。
「じゃあ、私からも一言いいですか?ジェラスさんにお伝えください。『デート、楽しみにしています』と」
「……!」
その言葉に大きく目を見開いたメイドちゃんは、小さく口をパクつかせたかと思うと、深呼吸をして口を開いた。
「あなた、その顔……どうしてそこまで、マスタァのことをお慕いしていますの?」
「お、お慕いだなんて。いや、それはそうなんですけれど……」
「たった一度や二度のデートでそこまで惚れられるほど、マスタァは人に対して簡単に、その奥底を見せるような方ではありませんわ?なのに、一体どうして?」
「それは……」
メイドちゃんの言う通り、ジェラスさんはどこか人と距離を置きたがる人だった。それは魔女とか魔術師とか、他者とのコミュニケーションよりも自身の世界を大事にする気質の持ち主にはよく見られることだったけど、ジェラスさんは特にそれが顕著に思える。
普通に会ってお話をするだけならそこまで気にならないけれど、ストーキングをしている私にはそれがよく分かる。だからこそ、デートのときはあまり踏み込み過ぎて嫌な気分にさせてしまわないように気をつけていたんだけど……
(さすがメイドちゃん。私なんかより、よっぽどジェラスさんのこと、理解してるんだな……)
私は、その『大切なひと』を想う真摯な眼差しにきちんと向き直る。
(いずれ知られる話なら……)
「うん。私は、ジェラスさんと初めてデートをしたときよりもずっと前から彼のことをよく知っていました。私が生まれ育った村で『災厄』が起こったとき、その『原因』を討伐するためにクエストを受けて来たのが、ジェラスさんです」
私は静かに語りだし、彼女たちは興味深そうに耳を傾ける。
「私が幼い頃に森で出会った友達は、実は『病』を司る妖精だったんです。人に生命力を与えたり、奪ったりする妖精。彼女はいつもその力で村人の病気を治してくれていました。私はそれに気づかず彼女と仲良くなった。でも、村が疫病に襲われた際、彼女の力では皆を救いきることができなかった。それで、『癒しの神様なんていない』と怒った人々は彼女の住む
「そんな……」
「祠を壊された私の友人は悲しみと虚しさで力を暴走させ、村中の人から無作為に生命力を奪ってしまった。そんな時、『村に蔓延る病を
「マスタァが、あなたに……?」
「はい。
けど、私にとっては目の前の暗闇がサァっと晴れていくような言葉だったのを覚えている。ううん、忘れたことなんて一度だってない。だって、ジェラスさんは私と大切な友人を救ってくれた――魔術という夢を叶える存在に出会わせてくれた恩人なのだから。
私は拳をもう一度強く握ると、メイドちゃん達にまっすぐに目を向けた。
「ジェラスさんは私の恩人で、憧れの魔術師で、大切な方です。ですから、本当はまたお話できるだけでもとても嬉しくて――」
再びデレついて顔を緩ませていると、それを遮るようにメイドちゃんはチンッ!と鼻をかむ。
「……わかりましたわ。よ~く、わかりました」
そして、玄関に向かってしゃらんと踵を返した。
「マスタァはやはり素晴らしいお方だと、よ~くわかりましたわ。あなたがマスタァに並々ならぬ熱意をお持ちの方だということも。しかし、シルキィは完全に認めたわけではありませんからね?シルキィの方がも~っとマスタァのことが大好きで、マスタァのことをよ~く知っているんですからね?こんなアルバムごときでは収まりきらないマスタァの写真をシルキィは持っているんですから!それこそ、十二歳から現在に至るまで、ありとあらゆるマスタァの素敵なお姿おさめたものが!」
その手にはいつの間にか、私が編集しようと出しっぱなしにしていた『ジェラスさんの使い魔愛されショット モーニング編』が握られている。
「あの、その!いつの間に!?」
「へぇ~?あ、コレいいじゃん?メアリィとマスターのツーショット。メアリィのおっぱいにうんざりしてるマスターの顔がイイ♪」
「待って待って!こっちのメルティにケーキを『あ~ん』している方が良くないかしら?」
「わかりきったことをおっしゃらないでくださる!?どんなマスタァも素晴らしいに決まっていますでしょ!?ですが、一番はシルキィに添い寝しているコレですわ!あの心地いい朝のまどろみが今にも思い起こされて――はぁぁ……♡マスタァ……♡」
「そうだね、そろそろ帰ろうか。アーニャもメアリィ達に理解ありそうな子だってわかったし、ぶっちゃけ同志っぽいし。それよりシルキィ、転写魔術詳しいんでしょ?あとでメアリィの分も増刷してよ?」
「いいですけど……くれぐれもマスタァには内緒ですわよ?中には見せられないようなショットもあるんですから」
(えっ、何それ!どんなショットですか!?)
完全に私を無視して帰りだそうとするメイドちゃん達。だが、私はさっきまでとは打って変わってその話が詳しく聞きたくてしょうがない!
未だ見ぬお宝の話を目の前にして、盗撮がバレたとかはもはやどうでもよくなっていた。なんか、メイドちゃん達も同じ穴の狢みたいだし。
『待って帰らないで!』と声をかけたくてうずうずする私をよそに、わくっと乗り出すサキュバスちゃん。
「見せられないってなになに!?シルキィがオカズにしてるやつ?それメアリィも欲しい!」
「オカっ……ズになんてしてませんわ!?!?宝物です、宝物!寝る前にこっそり見て楽しんでいるだけですから!!」
「えっ、それを世間じゃオカズって――」
「なぁに?シルキィはマスターの写真を食べるのが好きなの?いくら好きでもそれは随分と偏った趣味ねぇ?」
「あ~、メルティにはまだわからないか。いいよ、今度メアリィがやり方教えてあげる」
「メアリィ!?メルティに何を教えようと――!?いいから帰りますわよ!?アーニャさん、他にも持っているようならいつかまた屋敷に来た際に全部お持ちなさい?シルキィが、責任をもって増刷しますから!いいですわね!?」
ドタドタ……!バタンッ!!
(あっ。かえっ、ちゃった……)
私はぽか~んとしたまま、なんとも言えないため息を吐いた。
「なんか、すごい子達だったなぁ……」
その声に、一番の友達が杖から姿をあらわす。五歳くらいの少女の姿をした私の大切な家族、病の妖精が。
「アニャ、仲良しになったの?」
「なれたのかな?うん。ちょっとだけ……」
私はにこっと微笑む妖精を膝にのせ、冷めてしまったホットケーキを温め直してふたりで仲良く分けたのだった。口いっぱいに広がる甘い予感に、胸を膨らませながら。
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