第25話 マスターを愛する者の集い ② 女子会編


 次のデートで失敗したら俺は恋を諦める。その一言にざわつく使い魔たち。


「言ったわね、マスター?男に二言は無いから」


「おいメアリィ、何をほくそ笑んでいる?良からぬことを企んでいるのではあるまいな?契約者もそう早まるでない。急いては事を仕損じるぞ?それに、向こうとて心の準備というものが……」


「それって、失敗したらもう二度と恋しないってことですの?そうしたら、マスタァはシルキィたちとずっと、ず~っと一緒ですの?約束ですわよ?約束ですわよ?」


(何このお祭り騒ぎ感?それにメアリィとシルキィめ、あからさまに失敗する方を望みやがって。本当に俺のこと好きなの?)


「ちょっと、ふたりとも?仮にも俺のこと大事ならさ、ちゃんとその人の幸せを願わないとダメじゃないか。俺がマヤにそうしたみたいにさぁ?」


「マスターは大人だね」


「偉いですわ、マスタァ!」


「……応援する気は無いようだな。我は契約者の味方だが、お節介も過ぎると野暮であるというし、せめて健闘を祈る」


「はぁ……」


 結局は、自分でどうにかするしかないってことか。


(つい勢いで言ってしまったが、大丈夫かなぁ……?)


 自らを追い込むことで人間は眠っている潜在能力を引き出すことがあるという。俺にとってはそうだとしても、告白されるアーニャさんの方はどう思うんだろうか?


(二回目のデートでなんて、やっぱ性急?がっつき過ぎと思われる?)


 しかも、できれば結婚を視野に入れた上で付き合いたいなんて、重い?引かれる?でも、アーニャさんに嘘はつきたくないし、結婚するつもりで真面目に考えたからこそのアーニャさんなのに。


(そもそも、アーニャさんは俺に対してどのような印象を?風邪のお見舞いに来てくれるのだから、悪い印象ではないと思うけど……)


「……どうしよう」


 急に自信がなくなってきた。


 頭とお腹がぐるぐるとしてくる俺を察したのか、シルキィは満面の笑みで『ご飯の支度しますわね!』と言って部屋を出て行く。メアリィも『手伝う~!』と仲良く連れだって去っていった。ブラッディは『きっとマスターなら大丈夫だ』といつものようにニヒルな笑みを浮かべて足元の影に姿を消した。

 再びひとりになった部屋で、俺は思う。


(告るって、いつになっても緊張するなぁ……)


 特に、聖女にフラれてトラウマしかない俺にとっては。


「はぁ……がんばろ……」


 そんな、独り言で自分を鼓舞するくらいしか俺にはできなかった。そして、緊張のあまり気が付くことがなかったんだ。メアリィが『シルキィの料理を手伝う』なんて、そんなことがあり得るわけがないということに。


      ◇


 杖の中、大理石でできた丸テーブルを囲むように面々は鎮座していた。ここは円卓の会議場。マスターが幼い頃に憧れた『聖騎士物語』を真似て造られた空間なのだが、主に使い魔たちが暇なときのレクリエーションや、マスターに内緒話があるときに使われているなど当のマスターは知る由もない。


 誰に言われるまでもなく集まったメンバー。内緒話があるのはシルキィとメアリィだったようだが、ブラッディはふたりの悪だくみを阻止するべくやってきた。十歳の幼女姿でまだ回復しきっていないメルティとお茶会をしようというていで、さりげなく様子を見に来たつもりだったのだが。


「ちょっとブラッディ。あんたはこっち来ちゃダメ」


 いきなり出禁をくらった。


 扉の前で腕を組み胸をたゆんと弾ませるサキュバスは、誘惑でなく威嚇する目的の上目遣いで睨めつけている。想定通りのその意図を理解し、いたって冷静に返すブラッディ。


「何故だ?我はただ、メルティと茶会をしようと思って赴いただけだ。ここは我らの共用スペース。何の権限があって妨害をする?」


「女の子同士の大事な話があるのよ。それでも入るっていうなら、セクハラでマスターに訴えるわよ?」


「横暴な……そも、それでマスターが我を罰するわけがあるまい。日々の行いからして即刻疑われるのは貴様の方だぞ、メアリィ」


「随分な自信ねぇ?自分の方がマスターに信頼されてるって?」


「そういう意味で言ったわけでは……契約者が使い魔の間に優劣をつけるような者でないのはメアリィとてよく知っているであろう?」


「それはそうだけど……」


 ここでマスターの話を持ち出すのは反則だったか。悔しそうに歯噛みし出したメアリィを見て、少々大人げなかったかとブラッディは折れた。


「……わかった。そこまで言うなら我は遠慮しよう」


 しかし、マスターの為にも監視を諦めるわけにはいかない。


「だが、女子であるメルティなら入ってもいいだろう?中にシルキィが居るのは知っている。我の代わりに疲労回復の茶を淹れてやってくれ。頼んだぞ」


 半ば強引に押し付ける形でブラッディはその場を後にした。『頼んだぞ』と言われ、困ったように頭を掻くメアリィ。『あ。お兄様ぁ……』と寂しそうな幼女に視線を落とし、安堵する。


(まぁ、メルティなら聞かれても支障はないか……?)


 一方で『頼んだぞ』と言われたメルティは、それが『兄の代わりにふたりの企みを防いでくれ』という意図があったとは知る由もない。


 こうして円卓会議場では『女子による女子のための緊急お茶会』が開催されることとなった。天使のセラフィも同様に女子ではあるが、あいつは『いい子ちゃん』なので、こういった悪だくみの場には呼ばれない。計画に反対するどころか、巧く言いくるめて作戦に参加させたとしても嘘が下手糞すぎて真っ先に墓穴を掘るからだ。

 眠そうなメルティを引き連れて、メアリィは会議場に足を踏み入れた。


「あら、追い出せましたの?ご苦労様ですわ」


「強引になんとか折れてもらったけど、メルティのお世話だけ頼まれちゃった」


「え?ブラッディが大事な妹をマスター以外の手に預けるなんて……それ、大丈夫ですの?盗聴器とか付いてません?」


「…………」


 ちらりとメルティを見やったサキュバスは、おもむろに幼女のスカートを下から捲りあげ、すっぽんぽんに脱がしだす。


「きゃああ!何するのメアリィ!メルティを食べても美味しくないわよ!あっ!やめてやめて!パンティは脱がさないで!」


「女同士なのになに照れてんのよ?相変わらず色気の無い身体ねぇ?」


 つつつ~っと平たい胸板を撫でるメアリィ。どうやら盗聴器の類は隠されていないらしい。あまりに急な出来事に、黒の巻き毛を振り乱してばたばたと抵抗するメルティ。しかし、メアリィとは手足の長さが違うのでまるで効果がない。


「悪口言われた上にセクハラされたわ!?ううう~!女の子同士でも、恥ずかしいものは恥ずかしいんです!」


「耳の中は?」


 ぺろっ。


「ひゃぁあああ……!最近のサキュバスは見境がないの!?メルティは女の子よ!?」


「知ってる。だから無許可でこういう事してもイイんでしょ?スキンシップよ、スキンシップ♡メアリィとメルティは仲良しだもんね♡」


 ぎゅ♡


「とも、だち……えへへ……」


 そんなサキュバスの甘言にころりと騙される吸血鬼。お兄様が見たらクレバスよりも深いため息を吐いたに違いないだろう。メルティのどこにも盗聴器がないことを確かめたメアリィは、椅子に腰かけて問いかけた。


「で、セラフィは?」


「いつも通り、テキトーなこと言っておつかいを頼みましたわ。どれだけ急いでも、小一時間は帰ってこないでしょう」


「おっけ~。じゃあ、会議を始めようか」


「……会議?」


 にやりと笑ったサキュバスは幼女を膝に乗せ、一層にんまりとした笑みを浮かべる。


「そうよ?マスターを愛する者による、マスターのための作戦会議。メルティもマスター大好きでしょ?」


「うん!」


「いい子いい子。そんないい子はおっぱい揉んであげるね?大きくなるように」


「ひゃわぁ!くしゅぐったい!」


「ほれほれ~」


「……メアリィ、意外と子どもの相手がお上手なんですのね?」


 三人分のハーブティーを淹れながら呆れた眼差しのシルキィ。手馴れた様子でふたりの前にカップを差し出すと、テーブルの上で手を組んで神妙に語りだした。


「それで、どうしますの?マスタァは遂にあの魔女に告白するって……シルキィ、あの女からはイヤな予感しかしませんの。だって、マスタァを見る目がなんだかイヤラシイんですもの」


 ぎりぎりと歯ぎしりが止まないシルキィだが、その女の勘は中々に鋭い。なにせ相手はマスターに想いを寄せるあまりにストーカーをするような女なのだから。


「メアリィ、どうしてあんな女とのマッチングデートを打診したんですの?」


「いや、なんか冴えなさげな魔女だし平気かなって。ほら、マスターあの頃元気なかったからさ?趣味の話で盛り上がって友達でもできればいいかな~って思ったんだよ」


「なるほど。けど、このままいくと友達以上の関係になりそうですわよ?」


 ぎりぎり。


「それはちょっと想定外だったっていうか、なんていうか……」


「だからシルキィはマッチングなんて反対でしたのに!」


「でも、マスターは元気になったんだからいいじゃん!?それとも何?シルキィはマスターがあのままず~っと部屋でめそめそしてても良かったっていうわけ!?」


「それは――!」


「マスターがメアリィ達を家族みたいに思ってる以上、家族にはできることに限りがあるの!外からの刺激で改善させることも必要だったんだよ!」


「う……たしかにその点はメアリィの英断だったかもしれませんね……」


 しゅん、と納得するシルキィに、メアリィは次なる作戦を提案する。


「けど、マスターが元気を取り戻した以上、メアリィ達には選択肢が生まれたわ。ひとつはマスターを応援してその幸せを願うこと。もうひとつは、デートを妨害して彼女捜しを諦めさせること……」


「でも、シルキィはマスタァの悲しむ顔は見たくありません。意図的に邪魔するのはやっぱり抵抗がありますわ。悔しいですけれど……」


「じゃあマスターがあの女と結婚してもいいの?シルキィは家事妖精だから、ふたりと接する機会はメアリィ達よりも多い。その新婚生活を垣間見ることも」


「うぐ……」


「一度に料理する分量が増える割に『今日は私が作るから、シルキィはお休みしてて♡』とか言われたり……」


「ぐぅ……!」


「掃除をすれば見慣れない茶色の長髪を見かけるように。洗濯物に覚えのない女物の下着が増えて、シーツを洗う回数が増えたりなんて――」



「 耐 え が た い !!」



 ばぁん!とテーブルに手をついて立ち上がるシルキィに、メルティは『ぴゃっ!?』と驚いてお茶をちょっぴりこぼす。その幼い様子に、シルキィはかつてのマスタァの姿を思い出していた。


「シルキィは、マスタァが十二歳の頃から一緒に暮らして身の回りのお世話をしてきたんですのよ?もう十年以上も、そのお姿が愛らしい少年だったかと思いきや、少しずつ大きくなって、頼もしくなって。繋いでくれる手がきゅっと握られるものから、シルキィの手を包み込むような大きさになるまで、ずっとずっと……!それなのに……!」


「わかるよシルキィ。メアリィもマスターが十四の頃から一緒だったもん。あの頃はシルキィともよくケンカしたよね?『マスタァを誑かすのはおやめなさい!』って」


「それは今でもそう思ってますけど……サキュバスはそういう文化ですもの、仕方ありませんわ?それに、マスタァは困っている魔族を見捨てられるような方ではありませんし……」


「だから余計にイヤだよねぇ?人間に取られるなんて」


「人間は……マスタァにとっていい思い出をもたらした試しがありません。お姉さまという、マスタァにとって無二の存在であるお方以外は」


「シルキィのモデルになった人?」


 その問いかけに、シルキィは懐かしそうに目を細める。


「はい。どんな手を使っても会いたかった人だと聞いています。禁忌の術を用いてお姉さまの遺骨からシルキィを造りだしたマスタァは、初めて会ったとき、『もう二度と失いたくない』って、泣きながらシルキィを抱き締めました。『今度は絶対守るから』って……小さな手で、何度もシルキィの手を握って。『ごめんね』って……」


「でも、シルキィはお姉さんの記憶は持ってないんでしょ?生まれ変わりでもなんでもない、姿形が似ているだけの、お姉さんとは全くの別存在」


「そうですわ。シルキィの中身は新たに召喚された家事妖精ですもの。それを定着させる器がお姉さまに似ているというだけで。ただ、マスタァは『完全に俺のエゴだった』って、何度も謝ってくださいました。シルキィは自分の見た目が可愛らしい女の子で、かなり気に入っているんですけれど。だって、雰囲気や目元がマスタァに似ているんですもの♡それにこの銀髪も♡」


「まぁ、姉弟だしね?でもなんか不思議。そういうものなの?家事妖精って」


「本来であれば家事妖精は自身の姿を持って召喚されるものです。しかし、禁忌の術はその器を放棄させ、新たに与えた器に妖精を入れるもの。つまり、モデルとなる人間の情報を元にして、見た目を術者の思い通りに指定することができるというわけです。元よりシルキィ達のような強力でない妖精は自分の器や見た目にこだわりがありませんので、術者に求められれば新たに用意された器に入ることはやぶさかではありませんわ」


「会いたい人にまた会える……素敵な術に思えるけど、どうして禁忌なの?」


 メアリィにとっては素朴な疑問だっただろうが、その理由を知るシルキィは憎らしげに顔を歪める。人間と仲良くなれなかったマスタァを身近で見てきたシルキィにとって、人間という存在は好ましくないものだった。


「……政治利用のせいですわ」


「え?」


「かつてある国の王が崩御した際、宮廷魔術師だった者が、この術を用いて王の器に妖精を入れただけの傀儡を造りあげたのです。魔術師は使い魔を王として君臨させ、思うままに動かしました。王の様子がおかしいことに気が付いた妃や家臣によりその魔術師は処刑され、以降、この術は禁忌の術としてその存在を抹消されたのですわ」


「うわ、ひどい話……」


「元より高位の魔術師しか使えない複雑怪奇な術ゆえに被害はその国だけで収まったらしいのですが、人間はなんと愚かな。操られていた同胞のことを思うと、シルキィは……きっとその妖精だって、主が喜ぶ姿を見たいだけだったと思いますのに……」


「シルキィ……」


「シルキィ、人間はキライですわ。マスタァが勇者と旅をして名声を上げたおかげで人間たちの魔族への理解はまだマシになってきているとは思いますが、それでも多くの者が魔族に対する恨みや嫌悪感を抱いています。シルキィだって、マスタァに言われなければ人間となんて仲良くしたくない……」


「でも、郵便屋さんやごみ収集のおじさんとはそこそこ仲良しだよね?」


「それは……シルキィだって、世間話くらいはします。人間の中にもいい人はいますわ?マスタァほどではありませんけれど。それは、シルキィにだってわかっているんです」


 納得したくないような、心の底ではわかっているようなシルキィにメアリィは問いかけた。


「ねぇ、シルキィはマスターをどうしたい?メアリィはシルキィの言うことに賛成する」


「え?まだ何も言ってませんのに?」


 きょとんと顔を上げる蒼の瞳に、メアリィにこっと頷いた。


「だって、メアリィとシルキィはマスターの使い魔の中でも古株同士、マブダチでしょ?シルキィがマスターのことを大好きなのは知ってるし、メアリィもマスターが大好き。だから、シルキィの出した結論なら必ずマスターは幸せになれるって信じてる」


「メアリィ……」


「そりゃあメアリィだってマスターを独り占めしたいときはあるし、そういうときは一緒に相談しようねって約束もしたじゃん?何回も喧嘩した後にさ?」


「うん……」


 ほんのり綻ぶ口元を見て、メアリィはシルキィに向き直った。


「だから、今回もそうしたらどうかな?」


「え?」


「メアリィ達で、先にあの魔女に会いに行こうよ!」

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