第29話 パーティを抜けた本当のわけ
らしくもなく悔しそうに下を向くブラッディに、俺はそっと声をかける。
「俺がパーティを抜けたのはマヤにフラれたからだよ。ブラッディは関係な――」
「――無いわけないだろう!マスターが魔王と敵対できなかったのは、ひとえに我が閣下の説得に失敗したせいだ!東の魔王と縁者である西の魔王の一派である閣下が、腹心たる我とその契約者を見過ごせる筈もあるまい。故に、最終決戦までに閣下の説得を試みて――」
俺は、胸の内で必死に謝罪を繰り返す言葉を遮るように続ける。
「違うよブラッディ。確かに俺はブラッディとの契約があるから魔王に敵対できなかった。けど、抜けたのはマヤにフラれたからだ。『どのみち抜けるしもう会うことも無いのなら、せめて最後に』と思って告白しようとした。けど、伝えられなかった。来てもらえなかった。それが寂しくて逃げるようにパーティを抜けたんだ。もし仮に告ってうまくいってたら、お前に頭を下げて魔王と戦ってたかもよ?」
「無理を言って魔王と敵対するなど、微塵もその気はなかっただろう!?聖女にフラれた!?そんなものは、他の使い魔たちを納得させるための理由に過ぎん!そもそも、マスターは日頃から勇者に魔王と敵対したくない意思を打ち明けていたではないか!それを無視して感情のままに魔王を滅ぼそうとしたのは勇者だ!『人々のために』と、その救うべき人々に『魔族』など、ひとりも含まれていなかった!それを、マスターは……!」
「けど、ブラッディの説得や俺の勇者への説得がうまくいくかどうかもわからないままパーティに入ったのは無責任だったし、アレは――」
言いかけていると、ブラッディはハッとしたように呼吸を取り戻す。
「……すまない。過ぎたことをいつまでも。あやつの口車に乗せられて……」
そして、俺達の会話に興味深そうに聞き入っていた男に向き直ると右手を構えた。
「今、その
(ブラッディ、アレをする気か……)
その構えは、ブラッディの中にある血液を敵に埋め込むことで苦痛を齎し、永遠に服従させる【吸血鬼の呪い】。アレによって眷属と化し、不老不死を手にしようとする魔術師も多いが、使い方次第で毒にも絆にもなる、吸血鬼にとっては重要な意味を持つ術だ。そんなものを、あの薄気味悪い男になんて使いたくないだろうに。
(確実に従属させ、計画と『姉さん』について吐かせるためか。ブラッディ、俺のために、ここまで……)
「燃やせ、燃やせ。命の灯。業を背負いし罪人に、煌々と燃ゆる永遠の楔を打ち込まん――」
詠唱と共にその場の空気が紅く染まる。地に伏した衛兵どもが膨大な魔力の圧に耐え切れずに呻きをあげるなか、ブラッディは魔力を解き放った。
「死して贖え。
「――【反転結界】」
(なっ――)
にやりと口元を歪めた男がほぼ無詠唱で起動させたのは、【魔術を反射する魔術】だった。それは、大掛かりな仕掛けと複雑な詠唱を以てしてようやく発動する秘術。相手の術の威力に対抗できるだけの力が使用者にも求められる、高度な術なのに――
(どうしてあいつがあんな術を扱える!?まさか、アレも『姉さん』の恩恵なのか!?ふざけるな!このままだと……)
――ブラッディが、あいつのモノになる!!
「くそっ……!」
俺は咄嗟に前に出た。ブラッディを庇うようにして立ちふさがり、術が反転される前に『俺がブラッディの術を受けること』で最悪の事態を防ごうと――
「マスター!!」
「あぁ、これで今日から俺も不老不死か……」
(置いて行かれる側に、なっちゃったな……)
――慣れっこだけど。
(そうだろう?姉さん……)
薄れていく意識の中で視界に映るのは、優しくて悲しい蒼を湛えた姉さんだった。
◇
ゆらゆらと、生ぬるい水の中を揺蕩うような心地。
ふと目を開けると、俺は姉さんの膝枕でうたた寝をしていた。小川のせせらぎが耳に心地よく、寝転んだ野原の花が薫る空間で姉さんが俺に語りかける。
『こんなところ来ちゃダメだよ?ジェラス』
「ねえ、さん……?」
『おはよう?お寝坊さんだね?まだ朝は苦手なの?』
「姉さん……!」
思わず身体を起こすと、姉さんは驚いたように蒼い瞳を見開いて、笑った。
『わ。大きくなったね?私より随分背が高いじゃない?お友達も沢山できて……お姉ちゃん、嬉しいな?』
「姉さん、今どこにいるの!?俺は、姉さんがいなくなってからずっと、その魂を探して……!ひょっとして、あいつに閉じ込められて……!」
その問いに、首を横に振る姉さん。
『違うよ。確かに、私の持っていた『魔力増幅・循環回路』は抜きとられてあの人の杖に収められているけれど……』
「やっぱり……!」
そうでもなければ、ブラッディの術を【反転させる】なんて真似、俺以外の魔術師にできるわけがない。『昔のことだけどね』と穏やかにそう語る姉さんに、俺は話しかけた。今までの時間を、想いを、埋めるかのように。
「俺、姉さんのことを蘇らせようと思って……魂の居場所さえわかるなら、あとは帰ってくるだけなんだ!それで……また皆で一緒に暮らそう!」
『帰るって、どこに?』
その問いかけに、自分が愚かな間違いをしかけたことに気づく。
「それは、器に――」
(……っ!ダメだ。器には既にシルキィが入っている……!)
俺は――なんてことを考えて。
諦めたと思っていた。
その姉さんを目の前にして、会いたい気持ちが抑えきれなくなるなんて。
その挙句、『あんなこと』を口走るなんて。
(できない……!そんなことをしたら、今度はシルキィに会えなくなるじゃないか!!)
俺は、心配そうに見つめる姉さんにゆっくりと頭を下げることしかできなかった。
「……ごめん。姉さん……」
『どうしてジェラスが謝るの?』
「姉さんに帰ってきてもらおうと思っていた器には、既に違う子が入っていて。その子は俺の大事な家族で。それで……」
――姉さんが、入ることはできない。
言い切れない俺の手を、姉さんはそっと握った。
すべてを理解しているかのように。
思えば、昔から姉さんにはどんなことも見抜かれてしまうものだった。
小さい頃から、俺のことならなんでもわかる大好きな姉さん。何よりも大切だった。大切で、大切で。それなのに、俺は今姉さんを選べない……
「ごめんなさい……」
『そんな顔しないで?大切な子なんでしょう?家族なんでしょう?お姉ちゃんは、ジェラスに家族ができて嬉しいな?心配だったのよ?朝、ひとりで起きられるのかなって。本の読みすぎで、夜更かししてないかなって』
「そんな、子どもみたいな……!」
言いかけて、俺は再び口を開く。
「……ごめん。子どもだった。子どもでもなけりゃ、死んだ人を蘇らせようなんて無茶なこと、思わないよな。それでいて、『やっぱり先約がいるからダメ』だなんて……」
『…………』
「ごめん。ごめんね、姉さん。子どもでごめん。考えが足りなくて、力がなくて、弱くて……あのとき、守れなくて……ごめんなさい」
ぽつりと零れる懺悔の言葉。それを、姉さんは悲しそうに頷きながら聞いている。でも、また会って言いたかったのはこんな言葉じゃないはずだった。
俺がどうしても姉さんに会いたかったのは、伝えたかったのは――
『――ありがとう、ジェラス?』
「……!」
『お姉ちゃんは、弟が優しい子で嬉しいよ?勉強熱心で、がんばりやで、まだ小さいのにおうちのことも沢山手伝ってくれて、嬉しかったよ?』
「姉さん……」
『一緒に暮らせて、楽しかったよ?』
「俺もだよ……」
(ああ、会いたかった。伝えたかった……)
「ありがとう、姉さん。大好きだったよ。幸せだったよ。今まで、本当にありがとう……」
その言葉に、姉さんはにこっと笑って俺の頭を撫でた。
それはまるで、『よく言えました』って小さな子を褒めるみたいな仕草で。亡くなったときのままの姉さんは十六歳の姿のままで、俺より随分幼く見えるのに。全部、全部、あの頃のままだ。
俺は起き上がり、見送るように小さく手を振る姉さん手を握った。
この手を離さなかったら、どうなるんだろう?俺はもう、目を覚まさないのかな?ここで死ぬんだとしたら、それはそれで最高の最期――
「――ダメだ!戻らなきゃ!」
『そうだよ?家族が待ってるんでしょう?お姉ちゃん一緒に行ってあげられないけど、ひとりで大丈夫?』
その言葉に、俺はゆっくりと頷いた。
「ありがとう、姉さん。もう大丈夫だよ……」
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