第30話 魂の鞍替え (ソウル・コンバージョン)
兄からの緊急
「んにゃっ!?お兄様!!」
寝間着姿のまま部屋から飛び出すと杖の中を走り回り、ある部屋の扉を手が真っ赤になる勢いで叩いた。
「メアリィ起きて!お兄様とマスターがピンチなの!お願いだから起きて!!」
その瞬間。廊下に面した複数の扉が一斉に開く。
「マスタァがピンチって、本当ですの!?」
「マスターとブラッディがふたり揃ってって……一体なにがあったんです!?」
「はぁ!?ありえなっ――つか、今どこにいんのよ!?」
「ざ、座標はココって、お兄様が……」
『むむむ~!』と脳内で地図を描くメルティの使えなさに瞬時に気が付いたシルキィが、部屋から地図を持ってきた。メルティは地図の中からとある平野を指定する。
「ここ!真っ白なお城の近いここよ!」
「なんも無いじゃん?どうして?」
「でも、お兄様がそう仰って……!」
「議論は後ですわ。今はとにかく指定の場所まで急ぎませんと。何かあってからでは遅すぎますわ!」
その掛け声に、メアリィは反対した。
「シルキィは、残った方がいい」
「え――?」
どこか寂しそうなシルキィに、メアリィはまっすぐ向き直る。
「わかってるとは思うけど、もしこの話が本当ならマスター達はかなり危険な相手とやりあってるってことだよ。だからこそ、戦闘種族でないシルキィは留守番をしているべきだと思う」
「そんな……!シルキィだって、シルキィだってマスタァのお役に――!」
「そんな顔しないでよ。別にメアリィだってシルキィのことを役立たず扱いしているわけじゃな――」
「そう言っていますわ!確かにシルキィはメアリィ達みたいな戦闘種族ではありません。でも!いざとなったらマスタァの盾になるくらいは――!」
その言葉に、激昂するメアリィ。
「それがダメだって言ってんのよ!!どうしてマスターがブラッディとふたりで行ったのか、とか考えられないの!?きっとメアリィたちが一緒だと危ないからだよ!心配されてるの!守られてるの!メアリィ達は!!サキュバスはシルキィと違って戦闘種族なのに……どうして頼りにされないの!?泣きたいのはメアリィの方だよ!」
大きな瞳かららしくもなく涙をぽろぽろと零すメアリィに、シルキィは言葉が浮かばない。メアリィはくいっと涙を拭うと、もう一度シルキィに向き直った。
「シルキィを連れて行ったら、きっと怒られるのはメアリィだ。それによく考えてよ?もしシルキィが盾になってマスターが守られてみなさい?きっとマスターはまた一生後悔するわよ?それこそ、今度は二度と立ち直れないかもしれない。そんなの、シルキィも嫌でしょ?」
「それは……」
未だに言い淀むシルキィの肩を、メアリィはぽんと叩いて翼を広げた。
「ねぇシルキィ?帰ってきた時にさ、あったかいお風呂とごはんとシルキィの『おかえりなさい』が無かったら……マスターきっと悲しむよ?」
「……!」
「メアリィたちを信じなさい!なんたって、マスターの自慢の使い魔なんだから!」
バサッと飛び立つサキュバス、天使、吸血鬼の一行に、シルキィは顔をあげて手を振った。
「いってらっしゃい……!シルキィ、ずっと待ってますわね。美味しいごはんを用意して、ずっと、ずっと待っていますから!どうかマスタァを!よろしくお願いします!!」
◇
「とは言ったものの……遠くない!?こんなん、夜が明けちゃう!」
「情けないサキュバスですね!口を動かす暇があったら、翼を動かしなさい!」
「本当のこと言っただけでしょお!?いっくら急いだところでこの距離じゃあキリがないよ!つか、どうしてマスターは呼んでくれないの!?気でも失ってるの!?」
「でも、だからってどうすればいいの!?メルティ、場所間違ってないわよ!」
「それは疑ってないけどさ。でも、実際――」
言いかけるメアリィの目に映ったのは眼下の街並み。メアリィはにやりと笑うと、天使の腕をぐいと引っ張って街に急降下した。
「魔女なら、転移できんじゃない?」
「名案だわ……!」
つい先日叩いたばかりの扉を再び叩くメアリィ。深夜にも関わらずダァン!と音を響かせるその無作法な様子に、いい子ちゃんなセラフィは翼を抱えてひやひやとしている。しばらくすると、ぶかっとしたローブで寝間着を隠すようにしてこげ茶の髪をゆるふわとさせた女が現れた。
「ちょっとメアリィさん!今何時だと思ってるんですか!ご近所迷惑ですからやめてくださいっ!?」
「いたいた。ねぇ、アーニャ。あんた、転移の魔術使えない?」
「転移ですか……?座標の指定さえあればできますけど――」
その返答にガッツポーズをするメアリィとコウモリ。一方で初対面のセラフィは『夜分にすみません!』と言ってぺこぺこと頭を下げている。
状況を全く理解できないでいたアーニャはメアリィから話を聞くと、一瞬でパジャマを脱ぎ捨て、秒で支度を整えた。
「行きます行きます!私にできることがあれば――って!もう!行かせてくださいお願いします!」
「アーニャならそう言うと思ってたわ。メルティ、座標教えたげて」
「あのね、ここ――」
メルティが小さな翼の先っちょで地図を突くと、アーニャは樫の木の杖を手に詠唱した。
「歪め、ひずめ、次元の扉。我求むるは空間の齟齬。クロノスを欺き、いざ彼の地へ導け――【
一行が包まれた光に瞑っていた目を開くと、そこには結界の破壊された地下への入り口が。メアリィはメルティとハイタッチをすると、魔女に向き直った。
「ありがと!」
「そんな……!それを言うのはジェラスさんの無事を確認した後にしてください!」
あせあせとしながら地下へ踏み込むアーニャの肩に、メルティはパタパタと飛び移る。
「思ったより一瞬じゃなかったわね?初めて聞く詠唱フレーズだったわ?」
「ジェラスさんと一緒にしないでください!?あの方みたいにほぼ無詠唱で【転移】なんて、普通できないんですからっ!これだから『最強慣れ』してる使い魔は!」
だが、そこまで言うとアーニャはきりりと顔を引き締める。
「そんな最強のジェラスさんがピンチだなんて……いったい、この先で何が起こってるんですか??」
震える指で最後の扉を開くと、そこには――
「……え?」
ひしゃげた舞台、客席に突き刺さる幾百もの槍と血の匂い。何者かの呻きがこだまする中、舞台上で刃を交わす吸血鬼の姿があった。黒の外套を影のようにひらりと靡かせながら、白いスーツの男から主を遠ざけようと――
「吸血鬼さん!?」
「……っ!?」
深紅の目を見開いた兄に向かって、コウモリが飛んでいく。
「お兄様!!」
「来るなメルティ、そこにいろ!セラフィ、結界でマスターを守れ!メアリィは吸精の陣で場を包み、奴の魔力を吸収しろ!あの杖、なにやら無尽蔵に魔力を蓄えているようだ。マスター無しでの持久戦は我にも限界が――」
「おおっと、余所見していてよろしいので?」
――ギィン!
ステッキに仕込んだ刃で吸血鬼の爪をいなすベージュの髪の男。
アーニャは、その顔に見覚えがあった。
「え……?社長……?」
アーニャの勤め先は製薬会社。社長の顔なんて入社式と研修ビデオでしか見たことが無いが、若くてイケメンだなぁとなんとなくそう思っていた爽やかなフェイスが、今は楽しそうに歪んだ笑みを浮かべている。その様子に、男の表情が変わった。
「私の『表』を知っているのか。変装して来なかったのは失敗だったな。大事な社員を、失うことになるなんて――」
その凶刃が、ゆらりとアーニャに狙いを定める。
「生きて帰られては、困るんですよ」
「――【
男はアーニャの目の前に【転移】すると、驚きで動けない身体に刃先を埋め込もうとして――
「チッ……!」
その切っ先を、銀髪の魔術師が防いだ。
「……っ!?ジェラスさん!」
細められた深紅の瞳が、感謝の笑みを浮かべる。
「怪我はないか?魔女殿。この礼はまた、いずれ……」
アーニャの記憶はそんな夢心地な状況をピークとして、そこで途切れた。
◇
「しかし、何故ここに魔女殿が?」
振り返るマスターの表情は、見覚えのある同僚の――
「……もしかして、ブラッディ?」
メアリィが恐る恐る問いかけると銀髪の魔術師はにやりと笑った。そして、アーニャに敵意が向いたことで舞台上に放置されていた吸血鬼がゆらりと首をもたげる。
「あ~……やっぱり眷属契約してると居心地が全然違うなぁ。まるで自分の身体みたいだ」
声はブラッディのものだが、明らかに口調が違う。
いや――『中身』が違った。
「マスター、その術……!」
「――【
「【
『まさか、ありえない』と目を見開く白スーツの男。蒼い瞳の吸血鬼は嘲笑を浮かべると、使い心地を確かめるように鋭い爪の生えた指をパキパキと鳴らす。
「お前も魔術師なら聞いたことくらいあるだろう?魂を入れ替える【魂換の秘術】。俺たちの戦いは
「だが、そんな!魂を交換し、身体を吸血鬼に明け渡すなど……!」
その一言に、眉をひそめる吸血鬼もとい魔術師。
「お前さぁ……
短くため息を吐くと、その身に流れる膨大な魔力をまるで息を吸って吐くように遊ばせながら幾千の槍を顕現させて男に狙いを定めた。
「そんなんだから姉さんにフラれるんだぞ?姉さんは、
「馬鹿な!そもそも【
「あーあー!これだから製薬会社の社長さんは!長く生きることがイイコトだって、誰が決めたんだ?どれだけ悠久のときを過ごそうと、その魂が孤独だったら意味がない。それはブラッディが俺に教えてくれたことだし、俺がこの使い方を思いついたのは、シルキィのおかげだ」
「……シルキィが?」
不思議そうに首を傾げるメアリィに、マスターはこくりと頷く。
「ひとりで出来ないことも、ふたりで頑張ればいい。俺がまだ幼い頃、シルキィがそう教えてくれたんだよ?」
「……!」
その言葉に鼓舞されたメアリィを見て、魔術師は復讐相手に向き直る。
「おおかた『箱舟計画』なんてのも、『不老不死』の研究の延長だったんだろう? 『姉さんの力』を持っているお前にどうして俺と同じことができないのかって顔だな?その理由、教えてやるよ……」
ゆらりと右手を構えると、槍の矛先が一斉に男に向かった。
「十六年間、俺や使い魔と仲良く暮らすためにその魔術で工夫して頑張っていた姉さんと、二十年以上、姉さんを守るために、その仇であるお前に復讐するために!その力を磨いてきた俺が!同じ芸当しかできないわけが無いだろう!!」
「……っ!」
「お前だけに見せてやる……!最強の魔術師の!血塗られし、最後の
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