第38話 真実が駆け巡る

 ああ、このままずっとここにいるわけにはいかない。観客が帰っているかどうか気になる。リリー嬢の発言は、観客たちの好奇心を大いにそそってしまった。彼らはその話を真に受けすでに噂になり、劇場の外へ出てからは口づてに広がっていくだろう。誰か傍にいてほしい。このまま一人では外へ出て行くこともできない。

 ノックの音がして、外で声がするのがわかった。誰が来ているのだろう。


「はい、どうぞ」


 ドアが開くと、イザベラとフレデリック王子が困り果てた顔で立っているのが見えた。


「ああ――良かった。知らない人じゃなくて……」


「当たり前でしょ。とんでもないことになっちゃった……これからどうしたらいいの?」


 ソニアが気にしていることを、イザベラが先に言った。ソニアは、フレデリック王子に謝罪の気持ちを込めて言った。


「フレデリック様……申し訳ありません。もうばれてしまったも同然です」


 王子は、ソニアの元へ駆け寄り、抱きしめた。ソニアには全く非がない。


「心配するな。裏口へ馬車を回した。そこから三人で出よう。その後の事は僕に任せておけ!」


 王子は何事かを決心したような様子だ。


「まさかリリー様がいらっしゃっているとは、しかも今日に限って……」


「いつか観劇したいとは言っていたが、タイミングが悪すぎた」


 イザベラが思いついたように言った。


「リリー様に口止めをしたらどうでしょうか、王子様?」


「いや、もう他の人からも話が伝わってしまうだろう。陛下には僕が説明する。いつかこんな日が来てしまうとは思っていたが、ソニアの出演初日になってしまうとは……残念でしかたない」


 イザベラが、意気消沈している二人を慰めるように言った。


「でも、まだばれたわけじゃないし、みんな本当かどうかわからなかったわよ。とぼけていればどうにかなるんじゃないかしら?」


「お姉さまは楽観的ね。他人事だからそんなことが言えるのよ」


「あたしはただ、そうだったらいいのにと思って言っただけよ、ソニア。悪く思わないでよ」


「イライラしてたの。御免」


 王子が二人に行った。


「もう少しここにいて、観客たちがすべて帰ってからここを出て行こう。いいね」


「分かりました。今後の事はフレデリック様にお任せすることにします」


 ソニアは、吹っ切れたように言った。


 再びノックの音がして、着替えを終えたジョージがやってきた。ジョージもソニアとフレデリック王子の事が気になって仕方がない。ソニアのあまりにも憔悴しきった様子を見て、抱きしめた。


「心配なさらないで、ソニア様。フレデリック王子があなたがこれからお困りにならないように対策を立ててくださいますよ。そうでしょ、殿下?」


「ああ、当たり前だ。ここで知らん顔を決め込むような悪党ではないよ。ソニアだけにつらい思いはさせない!」


 イザベラは、感動して叫んだ。


「それでこそフレデリック王子様だわ。私が見込んだだけの事はある」


「何を言っているのお姉さま。イザベラお姉さまが好きだったのは、本当はジョージ様じゃない」


「まあ、本当はそうだったわね。あらあら、ご本人の前で、恥ずかしいわ」


 一応恥ずかしがるポーズは取っているが、内心はあまり気にしている様子はない。あれ程フレデリック王子だと思い熱を上げていたジョージの事はどう思っているのだろうか。ソニアには全く謎だった。


「さて、もういいでしょう。裏口から出ますよ。念のためお二人ともショールをかぶって顔がわからないようにしてください。ソニア、イザベラ様ご用意下さい」


「はい」


 二人は準備をし、そそくさと楽屋を後にした。ジョージは寂しそうに二人の姿を見送った。


 ソニアとイザベラは、いつものように何事もなかったかのように家へ帰り普段通りに過ごした。劇場での騒動はまだ両親には知られていないから、静かなものだった。

 フレデリック王子も二人を家まで送り届けた後王宮に戻った。劇場の中にはリリーを知る者もいるはずだ。ソニアには心配しないようにと言っておいたが、彼女の言った言葉を信用するものも多い。もはやただでは済まないだろうと覚悟をしていた。その日は、自室に戻り何事もなく夜が来て眠りについた。


 翌日の事だ。リリーが父親のサイレーン伯爵と王宮へやってきた。要件は昨日リリーが見た光景について国王陛下に話をしに来たのだ。身分の高いサイレーン伯爵とリリーの報告に陛下は由々しき事態と、二人が帰った後でフレデリック王子は、父王に呼び出された。


「フレデリック、良いか、正直に答えるのだぞ。昨日劇場で出演していたのはお前の婚約者ソニアか?」


「はい、その通りです。私が練習して舞台で歌うように命じました。すべて私の命令によるものです」


「元々ソニアはそのような仕事をしていたのか?」


「いえ、全くありません。昨日が初めてです」


「では、なぜそのような命令をしたのだ?」


 いよいよ、今までのこと全てを白状しなければならない時がやってきた。フレデリック王子は思い切って今までの顛末を打ち明けた。


「私が、今までジョージに扮して出演していたからです。劇場でたまたま出会ったのがソニアでした。そして、ソニアの歌を聞き心打たれ一緒に出演しようと無理やり説得して出演させたのです。だから悪いのはすべて私。責めるなら私を責めてください」


 話を聞くうちに、王の顔は見る見る間に赤くなってしまった。


「全くお前というやつは、何をやっていたのだ。今まで問題を起こさないのをいいことに、好きなように射せておいたらこんなことをやらかすとは! しかも婚約者まで巻き込んで、とんだ恥さらしだ!」


「ソニアは歌に関しては、人に聞かせて恥ずかしいものではありません」


「そういう問題ではないっ! 婚約してからも人までで歌うたわせるなんて! 将来妃になる女性だぞ」


「はい、ソニアにそっくりな姉を代わりに私の横に座らせておけば大丈夫だと……」


「もうよい、これ以上弁解するな。お前たちは、王宮には住まわせない。町はずれにある離宮を結婚後の住まいとする。よいな」


「承知しました。では、そちらに住めば今後も出演してもよろしいですか。私もソニアも」


「……う―む、それを交換条件にするか。お前はよほど歌に未練があったんだな。仕方がない、お前たちが出演するときはもう名前を明かして、記念公演のような特別な時だけにしなさい」


「はい、では少しは認めてくれたということですね。国王陛下」


「劇団の方たちにも迷惑にならないようにな」


「それは、当然のこと。このお話は、ソニアにも伝えましょう。ひどく心配していますから


「そうしなさい」


 今後舞台に上がることは厳しく禁止される思っていたので、少しは安心した。

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