第29話 フレデリック王子の部屋へ

婚約まで一か月間返事を待っていると言ったフレデリック王子は、ソニアから確認の返事をもらいさらに気をよくしてしる。練習に疲れ、ごろりとソファに体を横たえ目を閉じている。両足をソファの端から出して組み、両腕は頭の後ろで組んでいる。完全に寛いだ姿勢だ。いつもより、かなりリラックスした無防備な姿をさらしている。

 ソニアは、近くの椅子に座り王子の顔を観察する。寝ているのか起きているのかわからない。さらに黙って、じっと様子を見る。体全体が弛緩した状態で、胸だけがゆっくりと上下している。それを見ていたソニアもうつらうつらしてきた。眼を閉じて意識がもうろうとしてきた、その時王子の頭上には、もくもくと紫色の雲が立ち込めてきた。眠気に逆らえず意識が遠のいていく。雲は王子の頭上から自分の方へ向かって渦を巻いて流れてくる。このままでは、雲に飲み込まれてしまう!  ソニアは、椅子に座ったまま、手足をばたつかせていた。誰かに見られたら二人が寝ている光景はさぞかし奇異なものだっただろう。このままでは雲にからめとられてしまいそうだ。手足を動かしても体は全く動かない。どうにかして逃げださなければ! 焦れば焦るほど体は椅子に縛り付けられたような状態になる。どうにか意識を集中させた時、目がようやく開いた。


―――夢だった。だけどあまりにもリアルな夢。


 目の前には相変わらず、フレデリック王子がソファに寝転がっている。


「……あっ、あのう。フレデリック様……寝ていらっしゃるんですかあ?」


「……う、う~ん……ムニュムニュ……ソニア~~」


 夢を見ているようだ。私の名前を呼んで……何をしているのだろう。


「フレデリック様……何をなさっているんですか」


「ソニア~~! そこではない、もっとこっちだ! 早すぎる……」


「……あっ、あのう……何を言っているのですか?」


「何度言ったらわかるんだ。回るのが早いぞっ!」


 あれ、やっぱりステージで練習しているのだろうか。夢にまで出てくるなんて、何という入れ込みよう。そろそろ起こしてあげようか。ソニアは肩に手をかけちょっとだけゆすってみる。


「う~ん、まだまだだなあ……ムニュムニュ」


「あのう、そろそろ起きた方がよろしいかと……」


 もう一度肩に手をかけてさっきより強くゆする。まだ、起きる気配がない。今度は手に触れてとんとんと叩いてみる。やっと薄目を開けてソニアの顔を見上げた。


「……う、うううう。ああああ。よく寝たああああ」


「お目覚めですか。フレデリック様。よく寝ていらしたようです」


「おお、こんなに寝ていたのか」


 ちょっと横になって休憩したつもりが、優に一時間は寝ていた。


「夢を見ていたのですか。何やら独り言をおっしゃっていました」


「何と言っていたのだろう?」


「多分、私と練習したときのことを思い出していたようで、指示をしていました……」


「ふ~ん、他には何か言っていなかった? 聞かれちゃまずいこととか」


 聞かれて都合の悪いことでも考えていたのだろうか。


「ソニア~~と呼んでいました」


「それは別に悪いことじゃない」


 寝言で、ソニアに何か言ってくれるのではないかと期待していたが、期待通りの言葉は聞けないものだ。


「うっふん、ソニア様、これからは、ソニアと呼ぶことにしますよ。だって婚約したんだから当たり前でしょ」


 いいかどうかなんて、返事なんか聞くまでもないくせに、一応聞いてくるのだ。


「もちろんです。フレデリック様のお好きなようになさってください」


「じゃあ、好きなようにする、ソニア! 今日は私の部屋に行こう。部屋にはまだ入ったことがないだろう。わくわくするだろ」


「ええ、まあ、わくわくします」


 練習も終わりということになり、二人はそろそろとフレデリック王子の部屋へ行くことになった。

 ソニアは、廊下で控えていた召使に挨拶し王子の後ろから控えめについていく。ピカピカに磨かれた床を歩き、いくつかの部屋を通り過ぎた。どこまで歩けば辿り着くのだろうと、屋敷の広さに感心していた。


「ここだよ。入って!」


 フレデリック王子がドアを開けた。中を恐る恐るのぞき込むと部屋はソニアの家が全部すっぽり入るほどの広さだった。


「ここが、フレデリック様のお部屋? お一人でお使いですか?」


 ソニアは、間の抜けた声を出した。王子は先へ進み窓のそばで立ち止まった。


「さあ、おいで。ようこそ私の部屋へ」


 両手を広げている王子を見て、ドキドキと心臓の音が高鳴るのがわかった。


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