第30話 フレデリック王子の部屋
「信じられない……」
「何が、ですか?」
「あまりに広いので、ここに一人でいらっしゃるなんて」
はいってすぐに広い空間があった。何も置かれていない空間がこんなにあるなんて……それから先へ進むとソファのセットがあり、四~五人が座れるようになっている。ここでちょっとしたミーティングができるだろう。その先に窓が見えた。一つの窓だけでソニアの部屋の幅ぐらいがあり、白いカーテンがかかっている。外側には重厚なベージュのカーテンがあり、端で束ねられている。その大きな窓がいくつか並んでいた。それだけ部屋も細長くなっているということだ。机や小さなテーブルがあり、すぐそばにベッドがある部屋がソニアが想像する部屋だったので、全く意表をついていた。
その部屋には応接セットテーブル、机があり、執務室のようだ。ここで仕事の打ち合わせができるだろう。
「この奥にまだ部屋があるんです」
そう言えば、この部屋にはベッドがない。寝室が別の部屋にあるのだろう。
「こちらです、行きましょう」
「えっ、そんな……まずいんじゃありませんか?」
そんな言葉を無視して、次の間のドアを開ける。するとそこには、所狭しと楽譜やら不思議な衣装やらが散乱していた。それらの一番奥には、天蓋(てんがい)付きの大きなベッドが鎮座していた。ベッドの上にも役になりきるためか、マントが乗っている。
「すごおおおおい! ですっ! お部屋の中でも、練習をしているのですかああああ」
「そんなに驚かないでっ! ここはプライベートな空間。先ほどの部屋には屋敷の他のものも来るが、この部屋へは掃除をするメイドしか来ない。メイドには置いてあるものは動かすなと言ってある。しかも、ここで見たものは口外しないよう口止めしてあり」
徹底して、練習に励む王子の姿がここにも見えた。しかし、この部屋だけでもソニアの部屋の十倍ぐらいはあるのに、物が多くてどこに座ったらいいのかわからない。ぼーっと立っち尽くしていると、王子は衣装を抱え上げると他の場所に移動させた。その下からは椅子が出現した。
「ここに座ってくれ!」
「ああ、ここに椅子がありましたか。はい」
ちょこんと一人がけの丸椅子に座り、王子の方を向く。椅子は足を動かすとくるくると回転する。
「凄いですうううう」
その雑然とした部屋に圧倒されて、ソニアは他に言葉が思い浮かばない。
「いずれ、そのう、ソニアもここで暮らすことになるのだが」
「このお部屋で一緒に、ですね」
「まあ、お前専用の部屋も与えられるだろうが、ここで過ごす時間が長くなるだろうな」
意味ありげに、上からソニアを見下ろす王子は、今までで一番強気な顔をしている。最初は優しそうだったが、正体を隠していて本当は暴君なのではないかと、ソニアは一瞬ひるんだ。
「早くお部屋にも慣れなければなりませんね」
「そうだな」
「ちょっとこちらへ来て座って!」
王子は、ベッドに座り、自分の隣をとんとんたたいている。一歩一歩進み隣へちょこんと座った。王子は、ばたりと後ろへひっくり返り体全体で弾むようにしている。
「このベッド、良く弾むんですよ。ソニアもバタンと後ろへひっくり返ってみてください」
とにかく言われた通りにするしかない。ソニアは思い切り後ろへひっくり返った。ベッドのスプリングはソニアの体重をしっかりと受け止め、ぐっと上へ引き上げた。
「わっ、凄いスプリング。いいですねえ」
「そうなんだ! 子供のころはよく一人で気晴らしにやっていた。そのまま寝てしまったこともある」
子供のころからずっとやっている、というのが正しい表現ではないだろうか。天蓋付きのベッドのスプリングの感触を楽しみながら、二人でゴロゴロしていたら、弾みで片腕が王子の胸をばしりと叩いてしまった。
「うっ、直撃!」
「すっ、すっ、す、すいませ―――ん! あっ、あっ、あっ、あああ―っ! 私の腕が、なんてことを。悪気はありませんでした―――!」
王子は起き上って、胸を押さえている。
「やられました!」
「もっ、もっ、もも……申し訳ございませ―――ん お許しくださーー―い!」
「……そんなに気にするな。たいして痛くない」
」 思いきり当たってしまったと思ったので、ソニアは慌てふためいていた。自分のせいで怪我をさせてしまったら、どう責任を取ったらいいのだろうかと。
「もう、悪戯はやめましょう」
「悪戯だったんですか。もう」
しょうがない人、と心の中で囁いた。
「さて、もう私たち練習は十分にやってきました。そこで、次にやることを説明しましょう」
ベッドに座って、真面目な顔をして話し始めた。また驚かされるのだろうか。
「私たち、今度は劇場へ行き、通しで稽古します。他の劇団員の人たちと一緒にリハーサルをやるんです。最後に衣装を着けて練習しますので、そのつもりでいてください。日時と落ち合う場所は追って連絡しますので、待っていてください。婚約を発表してからは、本番では、イザベラさんがフレデリック王子に扮したジョージの隣に座ってもらいます」
いよいよその日がやって来てしまうのか。自分がステージに立つとは思いもしなかった。しかも一緒に出るのがフレデリック王子とは。本番がやってくる前に、イザベラに説明しなければならない。
ああ、またひと悶着あるのだろうとソニアは気が気ではなくなった。
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