第35話 ソニアの本心
フレデリック王子は、椅子の背もたれに体重をかけ、体が弛緩した状態になっているソニアを見おろした。全く何を企んでいるのやら、この人の行動は読めない。王子は彼女がすっかり熟睡していることを確信した。
どうも様子が変だと思い、こちらに背を向けて茶を入れるところを、寝たふりをしてちらちらと薄目を開けて見ていた。はっきりとは見えなかったが、どうもお茶に何かを入れて細工しているのはわかった。飲んだらどうなってしまうのか心配だったので、ソニアから受け取った紅茶をごくりと飲むふりをして喉だけを動かし、寝たふりをしていた。
案の定、本心を知りたいなどと、変な質問をしてきた。後でお仕置きをしようと、適当に答えておいた。ふざけて言った答えで傷ついたソニアが、窓際へ行った隙に紅茶をすり替えた。この紅茶の中にはどんな薬が入っていたのだろうか。この時には王子にはわからなかった。
「ソニア。眠っているの?」
「……」
王子はソニアの体の周りを一周して、様子を観察する。手足は完全に力が抜けた状態だ。頭も背もたれにぐったりともたせ掛け、体が少し斜めに傾いている。
「ソニア! 私がいるのがわかる? フレデリックだよ!」
「……ふっ……うん……」
頭がピクリと動いた。
「まだ眠ってないのか?」
「……」
何も言わない。顔に耳を近づけると、口元から寝息が聞こえてくる。本当に寝ているのだろうか、と試しに声を大きくしてみた。
「寝てしまったようだね! ソニア、なぜ僕を眠らせようと思ったんだ?」
「フレデリック……さまあ、ですか? もう、嫌ねえ。決まってるじゃない、あなたの本心を知りたいからよ」
あれ、熟睡しているのに答えている。これは、寝てしまっても質問には答えてしまう薬だったのか。さらに質問をしてみた。
「僕の本心を知りたい。ソニアを愛しているかどうか、ということか?」
「そうよお、全く。王子様ときたら、私の事をステージで一緒に歌を歌う相棒としか見ていないんだから。違うかしらっ?」
薬のせいで、話し方まで遠慮が無くなっている。王子は、こんな話し方をするソニアを見るのが初めてなので、顔をじろじろ見ては次は何を言い出すのかと、期待に胸を膨らませた。面白くなってきた。これは思ったことを正直に言ってしまう薬だったんだな。
「まあ、相棒っていうことは確かだ。では、次の質問に答えて。僕のことを愛しているかい?」
「フレデリック様の事を? まあ、嫌いじゃないわねえ。でも、困った人だわ。一
体何を考えてるかわからないんだから」
この質問は極め付けだろうと思って、耳のすぐそばで声を出した。
「じゃあ婚約したことを後悔してる?」
「ふ~ん、どちらとも言えないわねえ。秘密ばっかりが多くて、ばれたら恐ろしいわ。でも、後悔はしてないわね」
「もし、この秘密がばれて僕が王宮から追い出されたらどうする?」
「うふふ、そうなったら……どこか田舎へ行って、隠れて暮らすしかないわね、二人で」
う~む、そうなることも心配しているのか。心配性だな。質問はこれくらいにしておこう。そう判断した王子は、ソファで腕組みをして、ソニアが目覚めるのを待つことにした。この薬はどのくらい効き目があるのだろうか、見ていよう。
婚約したことを後悔していない、という言葉が聞けたのは良かった。しかし、自分が飲まされてしまったとはまさか思わないだろう。無邪気な寝顔を見ているとおかしくてたまらななくなった。
一時間ぐらいが過ぎた。昼過ぎにソニアが来たのだから、もうそれから何時間もたってしまっていた。窓から入ってくる日差しはもう赤みがかった色に変わっている。
「ソニア! 朝ですよ!」
「……う~ん……」
「いつまで寝てるの! もう起きないと!」
「……え、誰?」
まだ目をつむったまま、夢の中にいるようだ。王子はお仕置きをしてやろうとたくらんだ。窓のところへ行き、カーテンを端から一つ一つ閉めていった。部屋は光が入らなくなり薄暗くなった。間からは、夕暮れ時のオレンジ色の細い光が一筋差し込んでいる。
王子はソニアの体をゆすり、さらに大きい声で名前を呼んだ。
「ソニア――! 起きなさいっ!」
「眠い……誰、私を呼んでいるのは?」
ようやく薄目を開けて、あたりを見回している。あれ、なぜここで寝ているのだろうと、不思議そうな顔をして王子の顔を見ている。
「あら、私眠ってしまったの。あっ! これはっ!」
目の前のテーブルに置かれた紅茶の茶碗を見て慌てている。中は空になっている。自分が飲み干して、その後……そうだ、眠ってしまったのだ。自分のカップには薬が入っていなかったはずなのに、なぜだ! 慌てふためくソニアとは裏腹に王子は落ち着き払っている。
「ようやく目が覚めましたか?」
「私どれくらい眠っていたのでしょうか」
「さあ、もう朝ですよ。ずっと眠っていたから、そのまま起こさずにそっとしておきました」
ソニアは、今にも泣きだしそうな顔をして王子の方を恨めしそうに見ている。
「なぜっ! なぜ起こしてくださらなかったのですか? 婚約しただけなのに、泊ってしまっただなんて、人には言えません! どうしたらいいのでしょう?」
「今帰るわけにはいきませんよね。朝帰りしたことが街の人々にわかってしまう」
「もう、酷いです! フレデリック様! 朝まで放っておくなんて……私は、私は、もう……」
ソニアは、顔を両手で覆い、唸るように下を向いた。ソニアの落胆ぶりに、思わず王子は頭をそっと撫でた。それでもソニアは、首を左右に振り絶望的な声を出している。
「……うううううう。どうしようううう」
「ねえ。もう顔を上げて、こちらを向いて」
王子は頭をなで続けている。
「ごめんごめん、もう大丈夫だよ」
フレデリック王子は、窓の方へ歩いてゆきカーテンをさっと引いた。外からは、オレンジ色に染まる夕日が見えた。
「あれ、朝ではなく夕方なのでは?」
王子は、にこにことソニアの顔を見てほほ笑んだ。王子にからかわれていたのだ! しかも用意してきた薬を自分が飲んだ、一体何を話してしまったのだろう!
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