第34話 フレデリック王子の本心

 婚約を発表してからも、定期的に王宮の馬車がソニアを迎えに来る。彼女の事を知る近隣の人々は、馬車が来ると何事かと覗き込んでいた。そんな時はソニアはあえて顔を出して堂々と乗り込むことにした。見られたくないときは、裏口からショールをかぶって出かける。メイドも裏口から出入りしているのでばれることはなかった。

 ソニアは、バッグの中に入れた薬をもう一度確認してから馬車に乗り込んだ。見つかった時は自分用の頭痛薬だと言えば怪しまれることはないと、パトリックからは聞いていた。頭痛薬ともほとんど成分が同じで、ほんの数種類含まれている薬草が違うだけだということだった。眠くなってしまうことも頭痛薬と同じだ。

 ソニアは、平静を装おい努めていつも通りに振る舞う。いつもの廊下を通り挨拶をし、フレデリック王子の前に進む。挨拶をすると、王子は手の甲にキスをしてくれる。くすぐったいが、待っていてくれたのだと思うと嬉しくなる。しかし、その後はすぐに練習が始まってしまう。何時も必ず発声練習から始まり、曲をはじめから通して歌い、そのあとは振り付けをする。


 練習が終わって、ソニアは王子に訊いてみた。


「フレデリック様にお会いするのがいつも楽しみです」


「私もだよ、ソニア」


 フムフム、私には会いたい気持ちは本当なのかもしれない。


「お会いできないと、辛くて心が沈んでしまいます」


「私もだ。とても寂しい」


 これにも同意してくれる。


「一日中フレデリック様の事を考えて、夜も眠れません」


「そんなことを言ってくれるなんて、感激だ」


 あれ、今度は私もだとは言わない。


「陛下が、私と同じ気持ちでいてくださるなんて感激です」


 王子はその言葉を聞き、ソニアを思わず抱きしめてキスをした。


「今日はいい日だ。そんな言葉が聞けるなんて……もう敬語は使わなくていいよ。もっと気楽に話して……」


「は、はい。……ええ」


 王子は、ソニアの髪を優しくなでていた。


「さあ、ちょっとソファに座って休憩しましょう」


 ここでいつもメイドにお茶を持ってこさせ、休憩と言いながら少し眠ってしまうこともある。いつものように、王子はメイドを呼び、お茶を持ってこさせた。


「ありがとうございます。テーブルに置いておいてください。私がお淹れしますので」

 

 ソニアが言うと、メイドは会釈して下がった。王子は既にソファにごろりと横になって寛いでいる。


「さあ、お飲みください。疲れたので、少し甘くいたしました」


 そのまま薬を入れると、味の違いで分かってしまうと思い、甘味でごまかすことにした。

 今日こそは、王子の本音を聞き出そう。ソニアの決意は固かった。二人でティーカップを持ち、ソニアが先に一口飲む。それを見た王子も一口飲んだ。


―――あ、飲んだわ。どの位経つと薬が効いてくるかしら……


 王子は、再びごろりとソファに横になり、目を閉じている。眠くなってきたのか、動かなくなり胸のあたりがゆっくりと上下し始めた。眠っている!

 ソニアは、顔の当たりに自分の顔を近づけ呼吸している様子を見る。かなりゆっくりになっている。


「フレデリック様……」


 耳元で、ほんの小さい声で囁く。


「お休みですか、王子様……」


 再び名前を呼んだが、反応はない。眠ってしまったようだ。


「フレデリック様、私と婚約なさったのは、一緒に舞台に出たいからですか?」


「……」


 あれ、何も答えがない。


「フレデリック様、私と婚約なさったのは、私のことがお好きだからですか?」


「……」


 またしても返事がない。


「おかしいわ。薬が効いてないのかしら。この薬を飲めば、本音が聞きだせると思ったのに」


 もう少し大きい声で訊けば答えてくれるだろうか。


「フレデリック様。私と婚約なさったのは、私とステージで共演できるからですか?」


「……はい」


「私を愛しているからではないのですか?」


「……はい」


「では、私を利用しているだけなのですね?」


「……はい」


 ようやく答えてくれた答えに、ソニアはショックでこれ以上は質問が出来なくなった。聞かなければよかった。知りたかったから薬を使ってまで質問したので、後悔しても仕方がない。

 ソニアは、王子がすやすやと眠っているソファの前の椅子に座り、がっくりとうなだれていた。三十分以上たって、王子の手足が動き出し、のっそりと起き上がった。


「どうしたんですか、元気がないですね」


「……いいえ、何でもありません」


「何かあったんでしょう?」


「……いいえ、何もありません!」


「ふ~ん、変な人だなあ」


 しかし、隠そうとしてもソニアの心の内は表に出てしまっていた。舞台で一緒に歌いたい王子に振り回されているだけなのだと思ってはいても、自分を愛しているからだと思いたい気持ちもある。がっかりすることはないのだと、自分を慰めるしかない。涙を見せたくないソニアは、王子に背を向けて窓の方へ歩いて行く。外の景色を眺めるふりをして、こっそりと涙を拭いてから元の場所に戻った。


「お茶を飲んでなかったんですね。さあ、飲んでゆっくり休んでください」


 ソニアは無言で、自分のお茶をぐいと飲みほした。どっと疲れが出たのか体がだるくなり、なぜか意識が遠のいていきそうだった。王子の顔が次第にぼやけていく。必死に体を動かそうとするが、自分の意思とは裏腹に体の動きは止まり背もたれにべったりと張り付いたようになっていく。なぜだろう! なぜ私が眠くなってしまうんだ! これは、ひょっとして……ソニアの眼は完全に閉ざされ、体は動かなくなっていた。ゆっくりした深い呼吸の音だけが部屋に聞こえていた。

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