第33話 婚約発表

 突然王宮から使者が来て、ただならぬ雰囲気にカールトン一家は緊張に包まれた。いつもと同じ執事がソニアの家を訪れたのだが、一人ではなくお伴を何人もつれていた。馬車も地味な馬車だけではなく華やかな馬車が先導していた。近所の人々も、ちらちらと覗き見ている。

 書簡の宛名は父親のラムジーになっていたので、すぐに開封し内容を見て慌た。


「た、た、た、大変だ――――っ!! 皆、ここへ集まれ―――っ! 重大な知らせがきた!」


 キッチンで母親のネリーから料理の手ほどきを受けていたイザベラとソニアは、急いでエプロンを取って応接間に行き、ラムジーの前に二人並んでちょこんと座った。


「いいか、驚かないで聞くんだぞみんな! 落ち着いてくれ!」


「落ち着かなければならないのはあなたよ!」


 ネリーに肩をたたかれた。


「ソ、ソ、ソニア……たった今、王宮から書簡が届いた。それによると、今週末にはフレデリック王子とお前の婚約が発表されるとのことだ。ソニア、もう後には引けないっ! しっかり覚悟して臨まなければならないっ!」


「エ―――っ! 今週末ですって! 何のお話もなく急に!」


 ソニアの膝は、がくがく震えてきた。とうとう来る時が来た。いずれ公表されるだろうとは思っていたが、いざその連絡を聞くとその後どうなってしまうのだろうかと不安でたまらない。自分が近所の人、いや、国中の人々の注目の的になる。そんな好奇の目に晒されて、どんな顔をしていればいいのだろう。フレデリック王子は注目されることに慣れているだろうが、生まれてこの方注目されたことなどない。いつも微笑んでいなければならないのか、知らん顔をしていていいものなのかもわからない。しかし、こういうことも相談なしで行われるのかと思うと王宮とは恐ろしい所だ。


「お父様、これからはどんなことに気を付ければよいのでしょうか!」


「お前を好奇の目で見る人も出てくるだろうが、上品に微笑んでいるだけでいい。余計なことは言わないようにしなさい。人の口に戸は立てられぬ、というからな。変な噂をされないように気を付けよう。イザベラお前もだ、もちろん私たちもだ、ネリー。安売りの商品に飛びついているところなど見られてはならない。そんな時は、メイドに買い物に行かせるのだ。裏口を使ってな。よいか皆、団結してこの時期を乗り切ろうではないか」


「はいっ、お父様、私たち一家全員の結束で見事乗り切ってみましょう!」


 イザベラが真っ先に返事をした。ソニアも何か言わなければならないようだ。


「分かりました。覚悟はしていましたから。もう迷いません!」


 こうして、カールトン一家は、まるで戦闘態勢に入るような気持でソニアの婚約発表に臨んだ。

 いよいよ婚約を公表する日がやってきた。王宮からは馬車が出てきて、楽団がけたたましい音を奏でている。何事が起きたのかと街へ飛び出してきた人々に、広報官が大きな声で発表した。


『フレデリック皇太子殿下がめでたく御婚約されました!』


 そこまで言うと、ワーッという歓声とどよめきが起きた。


『皆の者、お静かに。お相手は、この街に住むカールトン男爵のご令嬢ソニア姫です』


 そこまで言うと、さらに道を進み、同じように発表しては先へと進んでいく。街道の隅から隅まで報せるつもりだ。

 ソニアは、家の中から外の様子をうかがっていた。他の三人は、外へ出て発表を聞いていたのだが。一行が通り過ぎてから戻ってきた三人は、興奮して頬が上気していた。ああ、これから外へ歩くのが恐ろしい。どんな目で見られるだろうか。

その日は結局、一歩も外出することが出来なかった。


 翌日、ソニアは顔にショールをかぶり首に巻いて、目と口だけを出して家の裏口から外出した。これならばどこの誰かはわからないだろう。もっとも顔を見てソニアだとわかるのは近所の人々だけなので、離れてしまえば気づかれる心配はないのだが。その格好で、医院へ行ってみた。昼休みを狙っていったのだが、医師のパトリックは丁度うまい具合に診察を追えるだろうか。窓の外から患者の様子をうかがう。まだ診察は終わっていない様子だ。待合室へそっとドアを開けてはいる。患者はまだ二人いて、じっと座っていた。怪我をして足首を手拭いで縛った若者と、母親に抱きかかえられた赤子だった。赤子はぐったりと赤い顔をしていた。ソニアは、部屋の隅の方へ行って座り、顔を隠して俯いていた。これは時間がかかるかもしれない、とうずくまるようにしていた。じっと目をつぶっていると、ソニアの頭の中には、ブルーの色が現れ、それは次第に透明な色に変わっていった。今までわからなかったことがわかる前兆なのだろうか。そのまま目を開けずに考えた。一人呼ばれ、もう一人呼ばれ、だいぶ時間が経ってから患者は誰もいなくなった。


「こんなところにいないで入ってください。ソニア様」


 パトリックに声を掛けられて、目を開けた。


「は――っ、もう終わったのですね」


「婚約を発表されてからは、さぞかし大変でしょう?」


 彼はソニアの頭に乗ったショールを見て同情した。


「……ええ、まあ。素性がばれないように、歩いています。可笑しいでしょう?」


「ふ~む、そうでもしないと街の人にじろじろ見られますからね。仕方ないでしょう。今日来たのは、この前僕が言っていた妙案の事ですね」


 パトリックがにんまり笑った。


「……ふふふ、僕がある薬を用意しましたよ。あのね、お耳をお貸しください」


「はい」


「それはね……私が様々な薬草から処方した眠り薬なのですが、眠っている間に質問すると本心を言ってしまいます。痛み止めや、睡眠薬を様々な薬草を使って作っている間に、偶然見つけ出した薬です」


「そっ、そっ、そんな薬が……あるのですが。でも大丈夫なのでしょうか」


「ご心配なのでしょう? 後で、おかしくなってしまうのではないか、最悪目が覚めなかったら殺人になってしまいますから。でも、ご心配なく。これは既に使用したことがある薬です。勿論公にはなっていませんが、相手の本音が知りたいと思う方が訪ねてくることがあるのですよ」


 パトリックが、魔法使いのように見えてきた。にんまりと笑っている口の端が上がっているのが不気味ではあったが、ブルーから透明に変わった頭の中の色を信じてみることにした。

 パトリックは、診察室の机の後ろの戸棚を開け、中に並んでいる薬瓶の中の一つを慎重に選び出し、机の上に慎重に置いた。


「これです」


 そう言って、薬を包む紙を出し、小さなスプーンで秤(はかり)にかけそれを二つ作り、さらに紙の袋に入れソニアに手渡した。


「念のため二包ご用意しました。それでは、くれぐれも王宮の方に気付かれないようにご使用ください。よい結果が聞きだせることをお祈りしています」


「なんだか怖いです。こんな薬を使って、何かよくないことが起きたらどうしよう」


「疑っていらっしゃるんですか。僕の作った薬を」


「いえいえ、違います」


「信じるか信じないかはあなた次第です。質問が終わったら相手の方の名前を呼んで差し上げればすぐに目が覚めますので、ご安心ください」


 ソニアは、薬の袋をかばんにしまいしっかり握りしめて医院を後にした。ショールをかぶり顔の半分を隠すことは忘れなかった。

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