第36話  イザベラの役割

 自分の企みがばれてしまったかどうかを確かめようと思い、ソニアは小声で王子に訊いた。


「フレデリック様、私眠っている間に何か言いませんでしたか?」


「何かって? 気になることでもあるの?」


 これには答えようがない。答えてしまったら探りを入れたことがばれてしまう。


「……いえ、そういうわけでは……」


「寝言を言っていたような気がしたけど……」


 ソニアはまた不安そうに、王子の顔をじっと見ている。ソニアの企みはすべてお見通しの王子は話を聞くのが愉快で仕方ないのだが、それはおくびにも出さないで真面目な顔をして答える。


「じゃあ、はっきりとは聞こえなかったのですね」


「良くは……聞き取れなかった……残念だが」


 ソニアはそれを聞きほっとして、今までの不安そうでこわばった顔にようやく赤みがさした。そんなに聞かれては困ることだったのか……全くおかしくてしょうがない。


「……よかった」


「そうですか……」


 顔を見合わせて、満足げに納得している。薬の事はばれなかったと、安心しきっている。


「余程疲れていたんだな。毎日練習していては、無理もない」


「……まだ夕方で……よかった。本当に寝過ごしたかと思ったんですよ。もう、からかわないでくださいね」


「わかったよ、ソニア」


 王子は、ソニアの肩を軽くたたいた。


 それから数日後、いよいよソニアがデビューする日がやってきた。その日はそわそわ朝から落ち着かない。公演は夕刻から始まるのだが。この日のためにイザベラに重大な提案をし、協力を取り付けるという大仕事があった。ソニアがステージに上がっている間、婚約者としてフレデリック王子の横に座っているということだ。公表してしまった以上、仲の良いところを客席にいる人々にもアピールしなければならない。王子が来ていることは、常連客にとっては周知の事だったからだ。

 ソニアは、自室にイザベラを呼び、念のため鍵をかけた。重大な話があると部屋へ呼び出し深呼吸する。


「イザベラお姉さま! これから話すことはとても重大なことなの。決して口外しないで! 秘密は絶対守ってね!」


「な~にい、血相変えて。何の話なのよお」


 余裕のある態度でソニアに対面する形で座っているが、これから聞いた話は王子の命令のようなもの。断るわけにはいかないのでさぞかし慌てることだろう。しかも責任重大な仕事だ。


「あのね、本当に驚かないでね。今度見に行くオペラ、私も出演することになっているの。妖精役なので主役ではないけど。それでね、いつもフレデリック王子が座っている席の隣に、お姉さまに座っていて欲しいの。婚約者のソニアとして。完全になり切ってね」


 要点だけを一気に説明し、イザベラの反応を待った。すぐには理解できないようで、しばらく考え込んでいる。


「……はあ! それ、どういうことなの?」


 イザベラは、あっけに取られて口をあんぐりと開けている。今までソニアが時間をかけて一つ一つ秘密を知り、ようやく慣れてきたことが、イザベラにはいっぺんに知らされた。驚くのも無理はない。むしろ驚かないほうがおかしい。呆れたような顔をしてソニアの方を見ている。


「あんたがっ! オペラの舞台に出演するですって! そんなことありえないじゃない! なぜっ! 練習する時間だってなかったじゃないの! しかも陛下の隣に私が座るだなんて、ばれたらどうするつもりなの! ソニア――――! どういうこと―――っ!」


 パニックになって陥ってしまった。


「だから、このことは誰にも言わないで! フレデリック王子様が出演しろとのご命令だったの。それで、王宮に呼ばれた時にずっと練習してきたのよ。だから王子様もご存知の事なの! お姉さま、私とフレデリック王子様のお願いなの。それから、秘密の話だから、大声を出さないで!」


 ソニアは、口元に人差し指を付け、シーっと合図した。イザベラは、ソニアの話を一言も聞き漏らすまいと目を大きく開け、ソニアの口元を見据えている。


「痩せて私と同じ体型になったお姉様なら、私のドレスを着ていれば決して見破られるはずはない。そう思わない?」


 それで、しきりに痩せた方が美しいと言っていたのか。イザベラは口をとがらせて抗議している。


「そのために痩せた方がいいってしきりに言っていたの! もう陛下ったら、何よ! 私あんなに喜んで、損しちゃったわ。じゃあ、私がソニアのドレスを着て出かけるとして、お父様やお母さまにはどう説明するつもり?」


「別にドレスを交換することぐらい、どうってことないわ。スタイルが同じになったから交換してみたんだ、とでも言っておけばいいわ」


 それについては、イザベラは納得している様子だ。スタイルが同じになったと言われてまんざらでもないようだった。


「じゃあ、やってみようかしら。座っているだけでいいんでしょう。あんな特等席に座るチャンスなんて一生巡ってこないでしょうから……やってみるわ」


 ということで、ようやくイザベラをおだてて説得し、ソニアの代役をやることになった。


 公演当日になった。計画通りイザベラがソニアの服を着て家を出て、劇場に入り、イザベラは偽の王子、ジョージとともにボックス席に納まった。ソニアは、王子と共にステージで初共演する。

 まだ、幕は下がったままだが、あの向こうに何百人もの観客の視線があるのかと思うと、自分の体を、自分の意志で自由に動かせなくなるのではないかと、気がかりになる。

 あと三十分もすると本番が始まる。息を整えて、衣装に身を包み、胸に手を当てた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る