舞台裏は大波乱!
東雲まいか
第1話 プロローグ
―5年前―
春うららかな日を迎えた。ここはゴブレン王国の王立カレッジ。王国で最も古い伝統校である。国中から優秀な若者たちが集い、それぞれの知識や技能を磨き合う。今日は、学生たちが待ちに待った卒業式を終え、彼らはそれぞれの道へ巣立っていく日だ。ここの学生たちは在学中は全員が、いくつかの寮に分かれて寄宿生活を行う。5年間寝食を共にすることで、彼らの結束は卒業後も強固なものとなる。
ゴブレン王国の第二王子フレデリックも、そんな学生たちの一人だった。歴代の王家の子息達もみなここで学んできた。彼はすでに、十九歳の誕生日を迎えていた。同じ寮で生活し、趣味も同じで何かと気が合い、あらゆる場面で行動を共にしてきた親友のジョージとも別れの時が来た。
「ジョージ! 今日でもう卒業だなんて、早いものだ!」
「フレデリック様、あっという間でした! 一緒に過ごすことが出来て、本当に楽しゅうございました!」
「おい、おい、学園では敬語を使うなと言っただろう。フレデリックでいい。必ずまた会おう!」
「おっ、嬉しいことを言ってくれます、フレデリック様! あっ、いえフレデリック! 必ずや、会いしましょう。明日から別々の生活をするなんて、信じられない」
「寂しいのは俺も同じだ……お前の舞台は必ず見に行く! 一日も早くステージに立ってその雄姿を見せてくれ!」
「早くステージに立てるようにこれから猛練習しますよ!」
「おう、その意気だ!」
フレデリック王子と、ジョージは、学園の合唱隊で一緒に歌を歌った仲だった。二人は並外れた歌唱力を持ち、プロのオペラ歌手にも引けを取らないのではないか、と学園中で噂される程だった。しかし、卒業後は、フレデリックは王子としての責務を次第にこなさなければならなくなる。一方の、ジョージ・オズワルド家は、貧乏男爵家。音楽をやりたければ、やればよいと言われて、歌劇団に入ることになっていた。二人は別々の道へ進み、これからの人生にはほとんど接点はなくなる。
フレデリック王子は、緑色の瞳を潤ませ、寮の友人たちと別れを惜しんだ。男子だけの寮生活と別れを告げ、社交の場へ出て行く。これから女性たちのあこがれの的となるだろう。しかし彼の生活は常に家臣たちの監視下に置かれ、自由に外出することはままならくなる。ここでの寮生活では、自由が謳歌でき、監視の目も最小限で、最高の時間を過ごすことができた。
親友のジョージにとっては、親元を離れどこの子弟とも同じ寮で生活できるのは、自分の家のことをあまり意識せずに生活でき、有難かった。これからは、もっとも爵位の低い男爵家、しかも貧乏ときている。おいそれとはフレデリック王子に会うことは叶わなくなる。これから、さらに歌に磨きをかけ、一日も早く歌手として自立したい。荘厳な、石造りの学園を後にするとき、再び、二人は再会を固く誓い合った。
「ステージに立てるようになったら、必ず連絡してくれ! 絶対に見に行く!」
「もちろんです! 真っ先に、御連絡します。一番先に見に来て欲しい人だから……」
「元気でな! 我が親友!」
「一緒に過ごせて最高でした! お元気で!」
二人を乗せた馬車は、別の方向へ走り去っていく。窓に身を乗り出した、二人は見えなくなるまで手を振り合った。
♦ー-♦--♦―ー♦ーー♦
ところ変わって、ここはカールトン男爵家。当主はラムジー・カールトンだ。男爵家とは言え余り裕福とは言えない。ラムジーには二人の娘がいた。姉はイザベラ、妹はソニアと言った。イザベラは十七歳、ソニアは十五歳になった。二歳違いの姉妹で、顔の造作はそっくりなのだが、体型たるや似て非なるものだった。
「イザベラ、わしは、お前の嫁入り先がの事が心配で夜もおちおち眠れん。この間もさるお方から、婚約の打診があったのだが、お前の姿をちらりと見かけた途端断られてしまった」
「お父様、どうしてでしょう。その方は私の魅力に気がつかないのでしょうか? 私、美人のお母さまに瓜二つ、こんなに可愛いのに!」
「……う~ん、可愛いことは可愛いのだが、何せその体型では……」
それを聞いていた妹のソニアは、すかさず突っ込みを入れた。
「お姉様、はっきり言いますけど、お姉さまは、私の二倍は幅がありますわ! それではおちおち椅子にも座れません」
「なんてことを言うの、妹の分際で!」
「だって、椅子もベッドも特注品じゃありませんか! 男の方たちも、圧倒されて隣に座ることも遠慮されてしまいます」
「そんな……馬鹿な……」
「しかも、お姉様にぶつかられたら、跳ね飛ばされてしまいますわ!」
「酷いわ、ソニア! 何とか言ってください、お父様!」
「何とも言いようがないなあ。可愛いことは可愛いが、その通りなのだから……」
「お父様までそんなことを言うのね。二人とも、何とでも言ってちょうだい! 妹にだけは絶対に先を越されないように頑張りますわ!」
そう言いながらも、朝に夕に、パンにはたっぷりのジャムとバター、ジャガイモに、サツマイモ、パンケーキにもたっぷりのバター。毎日食べたいだけ食べ、ほとんど体を動かさない生活。太らないはずがない。毎日ふくよかな体を揺らせながら、家の中を歩き回っている。
「何とかなるわ。年頃になれば! 私はまだ十七歳」
「そうだといいが、お前の年でもう結婚を申し込まれている娘もいるらしい」
「え――――っ! そんな娘(こ)がいるの!」
「このままでは、ソニアの相手が先に決まってしまう」
「そんなことはないわ――――っ、絶対に私の方が先に、素敵な人を見つけて見せる!」
カールトン家では、そんな会話がしょっちゅう繰り返されている。すらりとした体形に明るい茶色の髪の毛、丸くくっきりとした目鼻立ちからすらりと伸びた鼻梁(びりょう)。妹のソニアは、生まれ持った魅力をいかんなく発揮している。そのうえ、声がこの上なく美しく、カナリアのような声と例えられることもよくある。
カナリアがどのようにさえずるのかは、ソニアにはよくわからないのだが。そして彼女には特殊な能力を持っていた。それは、未来が見えること。具体的な出来事まではわからないのだが、良いことが起こりそうなときは明るい色が、悪いことが起こりそうなときは暗い色が頭の中に現れる。それは、かなりの確率で当たるのである。それを証拠に、彼女の能力のおかげで、一家は今まで何度も危機を乗り越えてきた。ただし、その能力を知るのは姉のイザベルのみ。うっかり口にしようものなら、魔女として扱われてしまうかもしれないから二人だけの秘密になっていた。
それに対して姉のイザベルは、前から見ても横から見ても妹の二倍の幅がある。決して誇張などではない。顔立ちがそっくりなだけに、いつも残念がられていた。
幼い頃には、ぽっちゃりとしてかわいいとかいいようがあったのだが、体の幅も年とともに貫禄がついてしまい、もう褒めようがなくなってきていた。しかし、イザベラからおやつをねだられると断るわけにもいかず、食事係は仕方なく差し出してしまう。父親のラムジーも娘たちをついつい甘かし、気がついた時にはすでに娘たちに言うなりになっていた。
二人の姉妹は、数年後にフレデリック王子とオズワルドに出会うことになるのだが、そんなことはその時の二人には知る由もなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます