第22話 ガーデンパーティー①
そんな折、ソニアの家に王宮から一通の招待状が届いた。届けてくれたのは、いつもソニアを王宮に送り届けてくれる執事だった。執事はいつものように、目立たない馬車に乗り、地味な服装で訪れた。書状は丁寧に王家の紋章で封印されている。ラムジーが恭しくそれを受け取りソニアに手渡した。
「お父様、王宮からの招待状です。園遊会(ガーデン・パーティー)が開催されるようで私たち一家全員が招待されています。こんなこと初めてです。どうしたらいいのかわからないわ」
「いいか、慌てるな。これは喜ばしいことなのだぞ。私たちを認めてくれた証拠だ。四人で参加して、王宮では失敗しないように気を付けよう」
「失敗しないようにとは」
ラムジーも、どのように振る舞ったらいいか本当はわからない。知ったかぶりをして答えたものの、何をどのように気を付けたらいいのかは分からない。
「失礼のないように気を付けていれば……まあ……大丈夫だろう」
「ええ。よくわからないけど、行かなければなりませんね」
「そりゃあ、行かなければならない。何せ、お前は婚約者なんだからな」
知らない人たちに囲まれて、どんな話をしたらいいのか。まだ公表されていない婚約者として、自分はどう振る舞えばいいのか。一家全員で参加して、父母やイザベラは大丈夫なのだろうか。貧乏な男爵家のメンバーとして、嫌な思いをするだけなのではないか。ソニアには、またしても心配事が出来た。フレデリック王子と婚約したら、何が起きても前途多難だ。いっそのこと婚約破棄しようかと、心の中でもう一人の自分が囁く。しかし、あれほど王子のことに夢中だったイザベラでさえ、ソニアが王宮に入れば自分も注目してもらえるのではないかと乗り気だ。ソニア以外の三人は、結婚に大賛成だ。
「は~あ、行かなければなりませんね。私は婚約者ですから」
「何だ、浮かない顔をして。今に他の女性たちの羨望の的になる。その時まで王子様に嫌われないようにしなければ。わしらも精いっぱい努力する」
「ありがとう……お父様……」
そんな家族の期待も重荷だ。もはや、自分一人の意志で断ることもできなくなってしまった。
ソニアは、自室へ入り、招待状を開いた。そこには六月某日某時と書かれていた。後十日ほど先の事だが、何の心構えもないソニアにとっては、あっという間にその日が来てしまいそうだ。普段着でおいで下さいと書かれているが、招待されている人にとっての普段着とはどのようなものなのかがわからない。この文面を信じてラムジー一家が普段着ている服を着て行ったら、笑われてしまうかもしれない。あら、これは誰の文章? 不思議に思っていると、招待状の下に手書きの文が記されていることに気がついた。フレデリック王子が書いたものだろうか。
『園遊会でお会いできるのも楽しみです』
フレデリック王子様。始めてもらった手書きの文字を指でなぞった。その言葉を支えにするしかない。
ガーデン・パーティ―の話を聞き、イザベラは大はしゃきだ。ダイエットを始めてはや一か月が過ぎ、成果は着々と表れていた。体重が減ると、パンパンで丸かった頬の肉が減り、顔が引き締まり卵型になってきた。体全体が一回り細くなり、始める前はソニアの腕が回らなかった胴体も、今では抱えられるようになった。
「お姉さま、これで抱きしめられても背中まで回らないってことはなくなったわ」
「全く、相変わらずソニアは生意気ね! 私が美しくなって羨ましいんじゃないの?」
「ええ、お姉さまが美しくなったら、王子様がお姉さまの方が魅力的だっていうかもしれないものね」
「そうかしら、ふ~ん。その可能性もあるわね。それでもいいのかしら、ソニア。もう少し頑張るわよ。見てらっしゃい、ソニア!」
まだまだ、ダイエットは順調に進みそうだ。自分も陛下の企みに加担しているようで後ろめたいが。
パーティー当時になり、ソニアとイザベラは、よそ行きのドレスを着て出かけることにした。それでほかの人たちの普段着と同じなのではないかと判断したからだった。ラムジーと妻のネリーも同様だった。外出する時のドレスや背広を身に着けた。
「みんな御免なさいね。私のせいで、気を使わせちゃって」
「いいのよ。娘のためにお洒落ができるなんて、こんなに素敵なことってあるかしら」
ネリーは、無理をして笑っているようだ。それでも、自分のせいで失敗しないようにと気を使っている。
パーティーは定刻通りに始まった。野外でのパーティーだし、それほど大規模なものではないので、カールトン男爵一家はほっとしていた。これなら、緊張しないで娘も話ができるだろう。テーブルには、軽食や飲み物、フルーツなどが盛られた皿が、所狭しと並んでいる。
ラムジーとネリーは控えめにテーブルの隅の方でお茶を飲んでいた。ソニアとイザベラは、サンドウィッチやフルーツを、近くにいたメイドに皿によそってもらった。美しく盛られたそれらの食べ物を見ていると、パーティーに参加したという実感がわいた。
「美味しいわねえ、ソニア。こんなにおいしいものがいつも食べられるのかしら、幸せねえ」
イザベラは、のんきにため息を吐き、サンドウィッチを次から次へと頬張っている。
「うんっ、美味しいわ! こんなにおいしいサンドウィッチ今まで食べたことがない」
と同意しながらも、周囲の人々の様子を観察した。王子は少し離れたところにいても、周囲にはドレスを着た女性たちや、ジャケット姿の男性たちが取り巻いている。皆、ソニアの知らない人たちばかりだ。
「ちょっと、王子様のいらっしゃるところへ行ってみましょうよ、ソニア」
視線に気がついたイザベラが、そちらを見ながら言った。
「そうねえ、行ってみましょうか」
二人は、皿を持ったままその集団に近寄った。イザベラがまず挨拶した。
「フレデリック王子様、お久しぶりでございます」
「良くいらっしゃいました、お待ちしていたんですよ。ソニア様、イザベラ様。随分スリムになられましたね」
「ええ、皆からそう言われますの」
「ソニア様も、こちらへおいで下さい」
やはりここでも取り巻きの女性たちは、陛下から目を離せない。
「あら、はじめてお目にかかりますね。こちらのご令嬢は?」
髪の毛の後ろを高く結って、高価な髪飾りを付けた一人の女性が、二人に視線を向けた。
「カールトン男爵家の姉妹です。これからもお招きしようと思っていますので、よろしく」
王子が、女性に二人を紹介した。二人はそれぞれ、名前を名乗った。
「あら、男爵家の方々でしたか。わたくし、リリー・サイレーンと申します。サイレーン伯爵家の長女でございます。いつもこちらのパーティーにはお招きいただいているのです」
「そうですね。お嬢様のお父上にはいつもお世話になっておりますから」
「それだけではございませんのよ。陛下とは、幼いころから親しくさせていただいていますの。お二人とも、よろしくね」
顔は笑顔を作っているが、目は鋭く二人を見つめていた。ソニアには一瞬目を閉じた時に、彼女の上にどこまでも暗い青い色が見えた。それは冬の湖のように、ソニアを引き込もうとしていた。
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