第21話 振り付け

 次回は振り付けもやってみましょうと言われて、ソニアは次は何が起こるのだろうかとドキドキしていた。フレデリック王子とソニアがいつものように発声練習を終えた頃、ドアがノックされ思いがけない人物が入ってきた。何とジョージ本人だった。後ろからもう一人が続いていた。彼は、ジョージよりは年上に見えるが、すらりとした体形で、まるでバレリーナのような身のこなしで歩いている。ステージで素晴らしい歌と踊りを見せてくれた本物のジョージが目の前にいた。彼の歌を聞きに通っていたのだ。


「やあ、こんにちは。ジョージです」


「あなたが、本物のジョージ様……」


 ジョージ本人にこんな近くで接することができ、楽屋へ忍び込んだ時と同じような興奮が訪れた。その彼が、直接指導士に来てくれている。

 何時もカウンターで、金髪のかつらをかぶっていたジョージは、自分の髪の毛である茶色の髪の毛で現れた。これが本来の彼の姿だ。フレデリック王子だと思い、ちらりと見てはすぐに立ち去ってしまった。しみじみと彼の姿を見ると、鍛え抜かれた体は引き締まっていて、目はくっきりとした二重で力強さがある。ステージから見つめられたら引き込まれてしまいそうだ。顔立ちは整っていて、顔の造作はフレデリック王子とそっくりだ。髪型と髪の色が同じだったら、双子の兄弟だと言われても疑う者はいないだろう。


「ジョージ様、私は勘違いしておりました。それで、父にフレデリック王子のお望みのまま私と婚約するようにとおっしゃったのですね」


「とんだことになってしまって申し訳ありませんでした。僕だと思っていた人がフレデリック王子だったんですから。それを知らなかったソニア様は、真相を知るまでさぞかしつらい思いをして過ごされたでしょうに」


 ジョージの方は、優しげな瞳でソニアに同情していた。


「全く、陛下のすることはわかりませんな」


 王子は、ジョージを睨んで小声でいった。


「余計なことは言うな、多少強引にしなければ、事は進まない。今日は一緒に練習をして、振り付けも覚えてもらいます。ダンスはお出来になりますか」


「はい、何とか」


「少し早い動きもありますので、頑張ってください」


「何とか、付いていけるようにやってみます」


 ジョージとプロの振付師は、慣れたものでてきぱきと指示を出し王子もジョージと同じように動いている。王宮へ入るには、身元を確かめられるのだが、その二人は陛下の友人ということでかなり特別待遇をされているらしい。ピアノの置かれたその部屋はさながら、レッスンルームのようになった。

 王宮でこんなことが行われているなんて、誰も想像がつかないだろう。秘密を共有することで、ソニアはまるで彼らと同士のような気持になってきた。

 そこで前方に歩きながら悲しげな顔をして、そこで二人は手を取り合って見つめ合って、など指示がどんどん出てきて、そのたびにソニアはぐるぐると動き回る。表情やしぐさなどの指示も飛び出す。できないとか、難しいとか言い訳をする暇もない。フレデリック王子はステージで見せたような、動きでソニアをリードしていく。


「ソニア様、そちらではありません。こちらへ来てください!」


「あっ、そうですか!」


「ソニア様! 先ほども言いましたよ。そこでターンしてください!」


「ああ、そうでした……申し訳ありません」


 プロでもないのに、プロの人たちに手加減なく指示が飛ぶ。いや、これでも初めて練習するソニアのために手加減しているのだろう。物覚えが悪いのだろうかと、途中で自棄(やけ)になってくると、絶妙なタイミングで褒めてくれる。それがなければ、途中でやめてしまいたくなる。

 そうです、お上手になりました、今のタイミング良かったですよ、などの言葉が振付師から掛けられると、何とも言えないくすぐったいような気持ちになる。王子はきっとこんな気持ちを味わい、さらに上手になろうと練習にのめり込んだのだろう。

 声を出しながら体を動かし、皆の額には汗が滲んでいる。


「そろそろ休憩にしましょう」


 振付師が三人に声を掛けた。

 練習がひと段落したので、ジョージはソニアのそばへ近寄ってきた。


「僕たちの顔をよく見比べてください」


「はい」


 ソニアは、ジョージとフレデリック王子の顔を交互に何度も見比べた。始めは、髪の毛の色をじっくりと観察した。フレデリック王子の金髪はかつらの様に均一な色ではなく、生え際と毛先で微妙に色合いが異なっている。ジョージの方は、ブラウンなのでそれほど色合いの違いはなくかつらとそれほど変わらなかった。まんまと皆騙されていたわけだが、違いに気づいた人はいないということだ。ステージの上では化粧をしているので、素顔よりは見分けずらい。


「真相がわかってよかったです。イザベラはまだ知らないままです」


「イザベラさん……僕のことを王子と間違えていつもそばにいた方ですね。僕が王子でないと知ったら、態度が豹変するでしょうね。フレデリック王子だと思って近寄っていたわけですから」


「どうなのでしょうか。いつもジョージ様の事を素敵な方だとほめていましたけれど。痩せると美しくなると思い、必死になっていました」


 フレデリック王子が、悪戯っぽく笑っている。


「真相を伝えたくなりますね。イザベラさまの反応を見てみたい」


「王子様、そんな意地悪をするなんて、お姉さまもさぞかし驚くことでしょう」


「それは後のお楽しみに取っておくとして、イザベラ様には今少しダイエットをしていただきましょう」

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