第10話 やるせない気持ち
ソニアは、ようやく一週間ぶりにジョージに会えたのに、座席へ戻ってくると苦しい気持ちがさらに増してしまった。一人のファンとして憧れていたころとは自分の境遇が一変してしまったように感じられる。現実の人として会うことが出来ても、ほんの少し一緒にいられるだけですぐまた自分だけの世界へ取り残されてしまう。このままではいけない。何とかしなければ、という焦る気持ちが湧き上がってきた。
イザベラの方は、まだカウンターに座り、取り巻きの女性たちとフレデリック王子のそばにいた。イザベラが少しだけ痩せたことに気がつくだろうか、と遠巻きに様子をうかがっていた。流石に前回話が出来なかった女性たちが王子の近くを占領してしまい、彼女たちとほとんど話をしていた。しばらくたって、ほんの少しの間があり、その隙にイザベラが口をはさんだ。
「王子様、私先週と違うところがあるんですが、お気づきになられましたか?」
「ふ~ん、どこでしょうか。……ああ、少しお痩せになりましたか。悩み事がお有りなのですか? やつれたように見えますが」
「いえ、いえ、ダイエットして体重を減らしたんです。これでも、だいぶ減ったんです」
「ああ、健康のためにはその方がよろしいでしょうねえ。まだまだ痩せても大丈夫ですよ」
「えっ、ええ。私も妹のような体型になろうと思って、頑張っています」
「まあ、あまりご無理をなさらず。ほどほどに」
フレデリック王子はクスリと笑った。
「あのう、こんなことを聞くのも不躾なのですが……陛下はどのような女性にときめかれるのでしょうか?」
周囲からは、何こんな質問をしてという表情をする女性たちが睨んでいる。しかし、答えを聞こうと聞き耳を立ててもいた。
「どのような女性……難しいご質問ですねえ」
「ああ、失礼なご質問でした。申し訳ございません」
「いいですよ。ご自分の魅力に自信を持っている方がいいですね。なかなか自分の良いところに気がつきませんので、それに気がついて磨いていらっしゃる方は、魅力がありますね。こんなお答えでよろしかったでしょうか」
「ありがとうございます。十分でございます」
またもや、周囲からは、生意気ねえ、引っ込んでよ、という声がちらちらと聞こえている。
―――自分の魅力! 私の魅力って何かしら
イザベラは、ますます痩せなければならないと決心した。この日は、これ以上の会話をすることが出来なかった。座席へ戻り、悲しげな様子のソニアと椅子に腰かけ、後半に見入った。オペラが終わり、帰る時間になった。ソニアは、すぐには席を立とうとせず、物思いにふけっている。
「ソニア、もう終わったのよ。遅くなるから、帰りましょう」
ソニアは、もうこれ以上自分の胸だけにこのお思いをしまい込んでおくことに耐えられなくなってきた。イザベラだって同じ女性だ。自分の心情を理解して味方になってくれるかもしれない。いや、やはりイザベラに話すのはやめておこう。父親にすぐさま話して、会うこともできなくなってしまったら、元も子もない。ここは、二人の間で話が進んでからの方がいいだろう。そう結論付け、じっとこの思いを胸にしまい込み、やおら立ち上がった。
「行きましょう。遅くならないうちに。お父様が心配なさるから」
戻ってからのイザベラのダイエットは、さらにエスカレートしてきた。何としてでもフレデリック王子の意中の人になろうと必死だ。食べ物の制限だけではなく、体を動かしたり、散歩したりは毎日の日課になった。そのたびにソニアも散歩に付き合わされていた。毎日、家から石畳の道を通り、店の並ぶ街角や街路樹の生い茂る道を通り、王宮の方へ向かう。運が良ければまたフレデリック王子に会うのではという期待も込めて。イザベラの努力は涙ぐましいものがあった。
「ねえ、お姉さま、そんなに夢中になって、フレデリック王子様のどこが好きなの?」
「どこって……すべてよ! あのさらさらとした金色の髪の毛、緑色の瞳、話し方、お声、身のこなし、すべてがきらめいていて、見ていてドキドキしてしまうの」
「それだったら、魅力的な人はほかにもいらっしゃるでしょう?」
「あの方でなければダメなの! あの方に変わる方は他にはいないわ。あなたは好きな人がいないからわからないのよ!」
「いないからわからない? そんなことはないけど」
「へ、誰か好きな人がいるっていうの?」
「い、いえいえ、別にいないけど……そういう気持ちはわかるわよ」
「ふ~ん、怪しいわねえ」
「怪しくなんかないわよっ」
イザベラが、疑いの目でソニアの眼をじっと見ている。
「もう、おしゃべりは終わりにして、これから散歩に行きましょう」
「何よ、あなたが言い出すことないのに……。まあいいわ、行きましょ」
ソニアは、この話を早く切り上げたかったので、散歩に行くことを提案した。案の定、イザベラは大喜びでそれに同意した。
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