第11話 ジョージと遭遇

 毎日の日課になった散歩。歩く道も毎日ほとんど同じだった。家から王宮の近くまでまっすぐ歩き、そのまま引き返す。運が良ければ王子の乗った馬車に出会うかもしれない、という計算ずくだ。


「お姉さま、そんなにうまく何度も王子様にお会いできるかどうかわからないわよ」


「あら、会える可能性はゼロじゃないわ。偶然が何度も重なるかもしれないもの。私たちの心が通じ合っていれば……」


 ソニアは、二人がいた時に現れた灰色の雲のことが、頭から離れなかった。彼女の予想はかなりの確率で、当たるからだ。


「私の予想では、本当にあの方とお姉様は、うまくいかないと思うのよ」


「あなたの予想を外して見せる!」


 やけになって、先頭を切って歩きだした。ソニアが後ろからついていく形となった。


 もう何日も歩いているが、再びフレデリック王子と合うことはなかった。まあ、きょうも何事もなく散歩は終わるのだろうと、ソニアは思いながら王宮の方へ向かって歩いていた。すると、久しぶりに王宮の馬車が今度は王宮から外へ向かって出てきた。先に気付いたのはソニアだった。


「あら、馬車が出てきたわ。誰が乗っているのか覗いてみましょう」


「あっ、本当だわ。念じれば願いが叶うものなのね」


「どうだかわからないけど……」


 二人は立ち止まって、馬車が近づいてくるのを待つことにした。馬車はたいていこのメインストリートを通るので、待っていれば必ず通るだろうと思ったのだ。待っている間、馬車をじっと見つめていると、ソニアの頭の中に再び、色が現れた。白く輝く雲と、灰色の雲の二色が見えたのだ。ソニアは混乱した。王子の頭上には、以前は灰色の雲が見えたのに、この日は、二色現れたからだ。どういうことだろう。

 馬車が横へ来る少し手前で、イザベラが思いのたけを込めて叫んだ。


「フレデリック王子様。お久しぶりでございます!」

イザベラには、既にちらりと王子の姿が視界に入り、気付いてもらおうと必死だったのだ。王子はすぐにその声に気付き、御者に馬車を止めるよう合図した。


「おや、またお会いしましたね。イザベラさま。お元気でしたか?」


「お陰様で。陛下もご機嫌麗しゅうございます。またお会いできて光栄です」


「偶然が重なるものですね。どちらかへお出かけですか」


「えっ、ええ。二人で買い物ですの。刺繍の道具を探しに」


 イザベラは、殊勝にそんな受け答えをした。


「この間は、ありがとうございました」


「えっ、ええ」


 イザベラはきまり悪そうにうなずいた。ハンカチを渡したことは、ソニアには知られたくなかったのだ。それ以上答えずに黙っていると、隣の席に座っていた男性が、身を乗り出して二人に声を掛けた。


「こんにちは、いつも劇場に足を運んで下さって、ありがとうございます」


 ソニアは、その顔を見てあっけに取られていた。それはジョージに他ならなかったのだ。


「今日は御一緒でしたか」


 ソニアは傍へ寄り、会釈した。王子が、笑みを浮かべた。


「私の、大親友なんですよ。今日はプライベートで話があって、来てもらいました」


「王宮へお招きを受けたのですか。仲がよろしいのですね」


「いろいろ募る話もありますので、久しぶりにね」


 ソニアの頭の中に現れた二色の雲は、二人が一緒にいたせいだったのだ。こんなふうにプライベートでも合うことが出来たら、どんなに楽しいだろうと思いをはせていた。いっそのことジョージから父に頼んで婚約が成立させてしまえばいいのに、と願っていた。そうすれば、晴れて堂々と会うことができる。


「ジョージ様、外でもお会いできてうれしいです」


「僕も、偶然ここでお会いできて感激していますよ」


 それ以上何か言おうとしても、イザベルとフレデリック王子の前では言葉が出てこなかった。二人が会っている事は誰にも知られてはならない秘密にしなければならないからだ。


「次の公演でまたお会いできます」


「はい、その時を楽しみにしております」


 他人行儀な挨拶になってしまったが、ソニアはジョージの瞳をじっと見つめながら言った。間に、フレデリック王子がいるので、手を握ることもできない。王子は再び、二人の顔を順番にしっかり見つめて挨拶した。


「それではお嬢様方、御機嫌よう。また、お会いしましょう」

二人は、馬車が走り去っていく方向を、見えなくなるまで無言で見つめていた。


「はあ、本当に素敵なお方……ため息が出るわ」


「本当、素敵ねジョージ様……」


 暫く茫然と見つめた後、イザベラは意を決して大股で歩き始めた。


「頑張るわ! 私、あの方のために……」


 毎日同じ道を歩き回る姉妹の姿は、しまいには町の人たちの噂にもなっていた。


「あの娘(こ)たち、気がふれちゃったのかしらね。同じ道を何度も何度も、買い物をするでもなく、ただ歩きまわってるみたい……」


 そんな声も気にならなくなった。


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