第12話 ジョージの提案

 今回で四度目の逢瀬になる。イザベラとソニアは、募る思いを胸に秘めながら再開を待ちわびた。ようやくやってきた公演の日。二人とも慣れたもので、幕間の時間になると素早く行動した。ソニアはいつもトイレに行くと言ってさっと席を立ち移動する。イザベラの方が動き出しが遅いので、廊下に出た時にはソニアの姿は見えなくなっていて、疑われることはなかった。


 ソニアは、いつもの扉から廊下をぐんぐんと進み、素早くノックをして中からの反応を待つ。息を切らしたジョージの姿が見えると、嬉しさで一週間会えなかった苦しみは吹き飛んだ。二人は再会を喜び、抱き合った。

 もはや二人の気持ちに疑うすべはない。ソニアは、じっとジョージの瞳を見つめる。


「いつもこんなところでしか会えなくて、申し訳ない。どこかでちゃんとお会いして、ご両親にもご挨拶したいものです」


 心待ちにしていた言葉が聞けて、胸の中の仕えが取れていくのがわかった。


「嬉しい……です。そんなお言葉が聞けるなんて、私も同じ気持ちです」


「婚約して、正式にお付き合いできるようにしましょう」


「はい」

「あなたはご心配なさらずに、僕を信じて待っていてください。決して悪いようにはなりませんので」


「感激です。結婚するなら、ジョージ様しかいないと、心に決めていましたから」


 その言葉を聞くと、再びジョージはソニアを抱きしめ、そっと額にキスした。ほんの少し触れるだけの暖かい口づけだった。苦しさが嘘のように溶けていく。ジョージの姿を見たその瞬間、頭の中にキラキラとした星が見えた。私の予感は当たるはず。この結婚は必ずうまくいくと、ソニアは確信した。


 ジョージの茶色い髪の毛にも、汗が滲み光っていた。緑色の瞳は生き生きと輝いている。ステージ用の化粧が落ちている部分に、鏡を見ながら塗り直している。ソニアは邪魔にならないように、隅の椅子に腰かけその作業を見守っていた。


「ジョージ様のお父上も私の父も男爵。きっとうまくいきますよね」


「そうだといいですね。断られないといいですが」


「そんな断るだなんて。いつも早くお嫁に行くように言われておりますので、二つ返事で了解してくれるはずです」


「そうなることを祈っています。僕を信じてください」


 今の言葉は、二度目だったような気がして少し気になったが、念を押されたのだと思い頷いた。


「信じていますとも。でも、楽屋で出会うなんて何てロマンチックなのかしら」


「ロマンチックですか? 僕も、素敵な人が迷い込んできてドキドキしていました」


「そうですよね。秘密の出会いですから」


「ところで、あなたも歌手としてステージに出ることは考えていませんか?」


「お父様に訊いたのですが、許してくれませんでした。そんなことよりも早くお嫁に行くようにと言われました」


「そうですか。残念です……結婚したら、もうお父様に禁止されたりしませんね」


「あっ、そうですね。まあ、そうすれば舞台に出ることができるでしょうか?」


「はい、一緒にステージに出ても、誰にも文句は言われない」


「確かにそうですね」


 二人は顔を見合わせて、微笑み合った。ここではジョージはステージ用の化粧を施している。素顔のジョージに会ったのは、フレデリック王子と共に王宮の馬車に乗っていた時だけだ。素顔も肌が美しく、すがすがしい顔をしている。化粧をしないで、外で再び会いたいものだと思っていた。でも、あと少しの辛抱でそれも叶う。もう苦しい思いはしなくてもいいのだ。ソニアは、幸せな気持ちで楽屋を後にした。


 そのころイザベラもカウンターで王子の取り巻きと一緒にいた。イザベラのダイエットもだいぶ功を奏してきた。顎(あご)のラインや、ウエストが見た目でもわかるほど細くなり、ドレスが緩くなっている。緩くなった部分は、ベルトを締めて調節しているので、ドレスにしわが寄っている。


「おお、あなた本当にイザベラさんですか。ここ数週間の間に、見違えるようになりましたね」


「痩せて、ほっそりしてきましたか? この方がいいでしょう?」


「は、はい。以前より遥かに美しくなりました。その調子です。あと少しで妹さんのようなスタイルになりますよ」


 ソニアのようなスタイルになるにはまだだいぶ痩せなければならないが、フレデリック王子はお世辞交じりにそう言った。実際は、まだかなり痩せなければ妹のようなほっそりとした体つきにはならない。しかし、この言葉がイザベラの闘志をさらにかきたてることになった。この頃には、自分が特別に声を掛けられているような気がしていた。


「殿下、私これからも頑張ります。妹よりも美しくなるように……殿下が認めてくださるように」


「あなたの頑張りは、もうすでに私にも伝わってきますよ。この間だって、一生懸命歩いていらっしゃったんでしょう?」


「あら……お分かりになったのですね」


「妹さんもそれにお付き合いされているのではありませんか?」


「……まあ、お恥ずかしい。実はそうなのです」


「仲の良い姉妹ですね」


「えっ、ええ、まあ。それほどでもないですけど」


「またどこかでお会いするかもしれませんね」


「はいっ、ぜひお会いしたいです」


「では、また」


 取り巻きの女性たちの敵意に満ちた目つきをしり目に、イザベラは幸せな気持ちで座席へ戻った。第二幕の始まる五分前ぐらいにソニアが戻ってきた。


「ソニア、あなた今までずっとトイレにいたの?」


「いいえ、トイレに行ってからホールの当たりを散歩していたのよ。素敵な方がいらっしゃらないかと思って」


「あらそうなの。私は、いつも陛下とカウンターで親しくお話をしているのよ。私だんだん特別な人になっていくような気がするわ」


「へーっ、凄いのね、お姉さま。私にはそんな身分違いな恋は無理だわ」


「あら、そうなの。この間は身分違いでもいいって言ってなかったかしら?」


「いえいえ、今ではやはり同じ男爵家同士の方がぴったりだと思っているの。ストレスがないというか、大体生活ぶりがわかるじゃない」


「そうお。私は今では愛はどんな障害も乗り越えると思ってる」


「ふーん、変われば変わるものね」


 再び静寂に包まれ、幕が開いた。現在公演している題材は一応この日で終了し、一か月後にまた別のタイトルで公演が始まることになっている。それまでの一か月間は、見ることが出来なくなる。寂しい気持ちでこの日の舞台に見入っていた。

   

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