第14話 カールトン家は大パニック
「ただいま戻ったぞ」
「お帰りなさい、あなた」
妻のネリーが、心配そうに出迎えた。
「大変なことになった。我が家始まって以来の大ごとになった。ソニア、イザベラ二人ともここへ座ってくれ」
ラムジーを待ち構えていた二人の娘たちは、緊張の面持ちでラムジーの前に座った。ラムジーの隣には妻のネリーがちょこんと縮こまっている。
「その前に水を持ってきてくれ、ネリー」
ネリーは慌てて水を取りに行き、目の前に水の入ったグラスを置いた。それをグイっと一気に飲み干すと、姿勢を正してじっと二人の娘の顔を見た。三人はじっと息をのんで見つめている。
「国王陛下から直々のお話があった。フレデリック王子様がうちの娘と婚約したいということで、ぜひ娘に伝えてほしいということだ。言葉は丁寧だったが、これは命令だと受け止めた」
イザベラの顔が喜びで打ち震えている。その後の話を早く聞きたくて身を乗り出した。
「それでお父様、お相手は……私ですか?」
「なぜおまえがそう思うのだ? ソニアと結婚したいと言われたのだ」
「フレデリック王子様自らも、そのおっしゃった。是非ソニアと婚約させてほしいと。うちが貧乏な男爵家ということをご存じの上で……てっきり側室かと思ったら、そうではないということだ」
「そんな、何かの間違いでしょ! なぜソニアなの!」
イザベラは気も狂わんばかりに、髪の毛を振り乱してラムジーに詰め寄る。ソニアもショックで、茫然自失の状態だ。
「そうよ、なぜ私なの! 私、フレデリック王子様とは、一言ぐらいしかお話をしたことがないのよ。いつも話していたのは、イザベラお姉さま。何かの間違いよ!」
「それが……間違いではないんだ」
「お父様、お断りすることはできないの。私には、私には、実は、好きな方がいるんです! 今まで黙っていてごめんなさい! だから……だから……陛下と結婚することはできないのです!」
「何だって、ソニア! 好きな人がいるとは、どういうことだ! いつの間にそんな奴が出来たんだ。わしの目を盗んで!」
「御免なさい~、あ~ん、何ということなの。お断りできないの、おとうさまあ~!」
ソニアは、目に大粒の涙を浮かべ、泣きじゃくる。その隣でイザベラが、地団駄踏んで悔しがり、やはり大粒の涙を浮かべ大声を上げて泣きじゃくる。二人の泣き声だけが部屋中に響き渡り、ラムジーも予想しなかった事態にあっけにとられるばかりだ。母親のネリーはおろおろするばかり。
「こんな良いお話なのに、どうしたらいいのでしょう? ねえソニア、あなたの好きな人というのは一体誰なの? その方もあなたのことを本当に好きなんでしょうねえ。あなたの思い違いだったら、どうするの?」
矢継ぎ早の質問に、ソニアもパニックになっていて、すぐには答えることができない。
「……ヒック、ヒック、それは、オペラ歌手のジョージ・オズワルド様です。あの方もうちと同じ男爵家の出だそうです。歌がお好きで、カレッジを卒業後、歌手の道へ進まれた方です。その方と舞台裏で偶然お会いし、公演の度に楽屋でお会いしていました。四度目にお会いしたときに、あの方がお父様に婚約の申し込みをしたいとおっしゃったのでその言葉を信じていました」
「親の目を盗んでそんなことをしていたなんて、もうあなたは何をしていたの!」
「ごめんなさ~~いっ! 許して! だから、だから……ジョージ様に確かめてください! 確かめてその通りだとおっしゃったら、フレデリック王子様とのお話は、無かったことにして下さい!」
ラムジーがその話をじっと聞いていて、つぶやいた。
「多分、陛下からの申し込みがあったとわかれば、彼はその話は撤回するだろうなあ。なんせ身分が全く違うから」
「そんな~~っ! でも、必ず聞いてください! わ~~~あん」
これまで頑張ってダイエットをしてきたイザベラもショックでテーブルに突っ伏して泣きじゃくっている。
「酷いわ! 陛下あ! ダイエットすれば妹のように美しくなれると、あれほどおっしゃっていたのに、私の気持ちをもてあそんでいらっしゃったのお! いつも私に優しい笑顔を見せてくださったのに、なぜ、なぜ、ソニアをお選びになるの!ああ、初めから妹がお目当てだったのお!」
「ああいった、お偉い方の考えることは、わしらにはわからん。お前たち、しばし待っていなさい。無駄だとは思うが、ジョージとやらのところへ行き、真意を確かめてくる。よいか、ソニア。気を確かに持つんだぞ。ネリー、娘たちの事は頼んだ!」
母親のネリーは、二人の肩を交互に撫でながら、深くうなづいた。門外不出の話、使用人たちにもまだ聞かせることはできない。どこから外部へ漏れ、大事になりかねない。この話は、一家四人だけの家に留めておかなければならない。ラムジーは、再び意を決してジョージ・オズワルドの家へ向かった。
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