第7話 フレデリック王子とイザベラ
イザベラは大急ぎでカウンターへ向かったのだが、前回の一番乗りで王子を独り占めした格好になっていたのをやっかんだ女性たちが、彼女の通行を阻んでいた。普通の女性が通る時の二倍は隙間がないと通れないため、彼女たちがぴったりとくっついて通路をふさいでいると通り抜けすることが出来なくなる。必死に押して前方へ進もうとしたが、結局辿り着いたのは最後になってしまった。カウンターではすでに彼女たちがほとんどの場所を占拠してしまっていたが、肝心の王子はまだ来ていなかった。
「あら、王子様、今日はまだいらしてないわ!」
「せっかく私たちが、早く来たのに……」
「まあ、いいわ。お待ちしていましょう」
などと、口々に言う。
―――あんたたちには用はないってことよ
イザベラは独りごちる。一番隅で王子を待つことにして、通路をじっと見つめる。ボック席へ入るには、劇場入り口のホールの左右から階段を昇り、ステージへ向かい進んでいく。王子が降りて歩いてくるだろうと思われる辺りをじっと睨みつけるようにしてみる。するといつともなく王子の姿が現れ、こちらへ向かっていた。一番端にいたイザベラに最初に出会うことになった。女性たちはその状況に再び悔しがり、イザベラを邪魔ものを見るような目つきで睨みつけた。王子との距離は次第に狭くなる。王子はイザベラの顔を見て何か思い出したようなそぶりをした。
「ああ、この間の方ですね?」
イザベラのふっくらした頬はポッと赤くなった。
「覚えていてくださったんですね」
「印象的な方でしたから」
「まあ、そう言っていただけると光栄です」
イザベラは、周囲の女性たちに自慢げな態度で返答する。第二王子とはいえ直接会って話をする機会など、ほとんどの女性には与えられていない。羨望のまなざしを一身に受けながら、言葉を続ける。
「私、イザベラ・カールトンと申します。カールトン男爵家の長女ですの」
「ほう、カールトン男爵様のお嬢様でしたか」
「あら、ご存知でしたか?」
「存じ上げております」
「まあ…光栄です」
もうこの言葉だけで、イザベラは感激で涙がこぼれそうになった。やっかみ交じりの女性たちが後ろでひしめき合って、イザベラの方へ彼女たちの体重がかかった。ふくよかなイザベラだったが、何人もの女性たちの圧力の前には無力だった。立っていることが出来ずつんのめる形になり、王子の方へ倒れかかった。王子は、それを見てすかさず体を支えた。横幅は王子の倍ぐらいはあったが、筋肉質の王子の両腕が、イザベラの両肩を掴んだ。
「あらん、いやだわ。私としたことが」
「混んでいますからね、お気を付けください」
取り巻きの女性たちの行動の全てが、イザベラに有利に働き、彼女たちはさらに地団駄踏んで悔しがる。
「なんだか、歌手よりも僕がスターになっているみたいですね」
「王子様は、もうそこにいらっしゃるだけでスターですから」
「面白い方ですね」
「……面白い……よく言われます。この体型のせいでしょうか」
「体型だけではないと思います」
「というと、どの辺が?」
「難しいですねえ」
これ以上質問をするのもしつこいと思われるので、止めることにした。
「ジョージ様は、王子様のご学友でしたよね。わたくしの妹が大ファンなんです」
「ほう、妹さんが……彼の歌唱力は素晴らしいものがあります。持って生まれた才能というのか、ステージに出た時に独特の輝きを放っています。歌を歌うために生まれてきたと言っても過言ではありませんよ。妹さんは見る目があります」
「やはりそうですか。妹も歌が上手なので、分かるのでしょうか」
「上手な方が訊けばなおさらその素晴らしさがわかると思います」
「そういうものですか……」
「ああ、そろそろ僕は戻ります。あなたとのおしゃべり、楽しかったですよ」
「……もう、そんなことを言ってくださるなんて……感激です」
再び、感動がこみあげて、今度は本当に涙が溢れてきた。王子とこんな話までできるなんて、自分はどれだけ魅力があるのだろうと、完全に舞い上がっていた。
「では、また」
(では、また)会えるということなのだろうか。会いたいということなのだろうか。もうイザベラは、自分に都合のいいようにとらえてうっとりした。
王子は、グラスに入った飲み物を飲み干すと、さっそうとホールの方へ去っていった。そこから階段を上がり、ボックス席に昇るのだろう。
男爵家の娘だと知りながら、優しい言葉をかけてくれる。これは自分に好意を寄せているからに違いない。そう思いながら座席へ戻った。王子との会話をソニアに自慢したくてうずうずしていた。
「私と王子様、身分違いの大恋愛になるかもしれないわ」
「はあ、何を言っているの、お姉さま。夢でも見てるのね」
「違うのっ! 王子様も私のことが気がかりみたい。何より私の事を覚えていてくださったわ」
「単に記憶力がいいだけよ」
「私、本気の恋をしてしまったようだわ」
「へ――っ、よかったわね」
「もう、何とでも言いなさい。可愛くないわね」
イザベラが一方的に熱上げているのではないかと、ソニアは心配になる。結局最後は勘違いだったということで終わることが多いからだ。イザベラは、去り際に見せたフレデリック王子の何か深い思いを秘めたような表情には気がつかなかった。
「だけどお姉さま、身分違いの恋に胸を焦がすのも悪くないわね」
「あらあら、あなたまでそんなことを言って、変な子ね。あなたも何かあったのかしら?」
「まっ、まあ。……いいえ、別に。私は何もないわ。お姉さまとは違って」
「そうでしょうねえ。あなたほど計算高い女もいないものね」
「計算高いって何よ!」
「そうでしょ?」
「私は断じて違う! 私は打算で、好きでもない人と付き合ったりはしない!」
「何を急に向きになってるの。なんかあったの?」
「べ……別に何もないわよ……」
ソニアは、今の胸の内を誰かに話す気にはならなかった。自分だけの心の中に、そっとしまっておくつもりだったのだ。
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